新たな夜明け
空が白み始めてきた。
もう少ししたら、鳥のさえずりが聞こえ始めるだろう。ぼぅーとした思考回路でそんなことを考える。
結局、昨晩はあまり良く眠れなかった。
少し寝付けたと思っても、頭が冴えているせいか何度も目が覚めてしまう。
目を瞑っても、昨日保井先生に言われた事がリフレインしてしまう。
目を瞑ると先生の声が頭に響く。
『毎日、部活動をして練習してるつもりかもしれないけど、客観的にみても頑張ってるとは思えない。平日の10時から13時まで部活動として旧体育館にいるけど、そのうちの1時間は昼休憩という名目でお弁当やお菓子、ジュースの飲み食いをしたり、喋ってるだけやんな?あとの2時間はボールに触れてるようには見えるけど、笑って駄弁りながらダラダラとパスをしてるだけ。実際、体育館に居るだけやんな。練習試合の一週間前に部ができた吹山高校との差は何処でできたと思う?』
先生の言ってることは的を得ていた。
先生は無駄話やしょうもない話で笑いながら、ダラダラと練習していた俺達に気づきつつ、何も言わなかっただけだった。
何故、その場で注意しなかったのかは分からない。
先生には先生の思うところがあったに違いない。
俺は寝るのは諦めてベッドから降りた。
いざ起きたとしても、夏休みの早朝からすることなんてない。
宿題をすればいいのだが、昨日のボロ負けが尾を引いて集中できそうになかった。
『ちょっと外にいくか』
俺はジャージに着替えて、スニーカーを履く。
中学生の時は陸上部だったので、夏休みや休日には、よく早朝に走っていた。
なので準備に関しては、心ここにあらずでも簡単にできた。
中学から愛用しているジャージは、少し小さくなっていたが、元々大きめのを使っていたので、今ではぴったりになっていた。
走って行くとある場所で足を止める。
違うな。
足が勝手に止まり、自然とそちらに吸い寄せられる。
そこは車3台くらいが止めれそうな、小さな公園だった。小さな滑り台が1つしかない。昔は咲良とよくここで遊んでいた。俺が幼稚園の年中の時、近所に大型遊具付きの大きな公園ができた。それ以来、この公園には閑古鳥が鳴いている。
俺は公園の中に入ると、場違いなようにポツンとアウトドア用のしょぼい椅子が目に入る。
「フッ」
俺は苦笑いをした。
今朝、携帯を見たら咲良から連絡があった。
『秘密基地に椅子置いておくから』
たったそれだけの短い文章で試合には全く触れていなかった。
秘密基地というのは、この公園のことだ。昔、咲良と共に、閑古鳥の鳴いているこの公園を秘密基地にして遊んでいた。
「……まだ持ってたんだな」
俺は年季の入った椅子に腰掛け、誰ともなしに独り言を呟く。
この椅子は咲良とお小遣いを出し合って、辛うじて買えた折りたたみ式の一脚の椅子だ。
○円均一の店で買った500円の安物ではあるが、園児にとっては高価な買い物だった。その一脚だけの椅子を2人背中を合わせて半分ずつ座っていた。そうやってお互いの悩み事とか話したもんだ。
あの頃の悩み事なんか『ピーマンが苦くて食べれない』とか、今となってはどうでも良いことだが。
今では体も成長し、2人で座ることは到底無理な椅子に腰掛け自嘲気味に俺は笑った。
懐しい場所に来たからだろう。感傷的な気持ちになった。
「フッ、あはっ」
笑っているはずなのに、目から雫が落ちる。
俺は肩を落とし、無言のまま、静かに雫を何滴も滴らせた。
新たな決意と共に……
AM8時半
今、俺は高校の校門前にいた。
いつもよりもずっと早い時間なので、灼熱の暑さが落ち着いているように感じられる。チャリで学校に向かう時にすれ違ったのは、出勤途中の人や近所の人だけだった。
俺はある決意を胸にここに立っている。
決意というような大袈裟なものではないが、衝動的に動いていた。
小走りで美術室へ向かう。
朝、公園でたどり着いた答えは『練習しよう』その1点のみだった。
皆にはしばらく部活動は休みだと伝えている。
『やっぱり今日も部活動をやる』とコロコロ方針と変えるのも申し訳ない。
なので今日に限っては、俺一人で練習するつもりだった。いつも一緒に行動していた勇士や隼平にも声をかけていない。
思えば、初めて登校時に一人きりで校門をくぐった。
先生に練習したい旨を告げると、意外とあっさりと承諾された。
先生曰く、『やっぱ、そうきたか』と何か含みのあるような言い回しをしていたのが引っかかる。
ともあれ、俺は一人で練習するはずだった。
俺は旧体育館の入口で立ち止まって、口をあんぐりと開けた。多分呆けた顔をしているだろう。
開け放された入口扉と窓からは、埃とむーんと立ち込めた熱気が放出され、新しい綺麗な空気が送り込まれている。
俺の首筋を涼やかな風が通り過ぎた。
夏に涼しいというのは変かもしれないが、実際にそう感じたんだから仕方ない。
空気が入れ替わるのは涼しいことだったんだな。
いやいや、突っ込むところはそこじゃないだろっ!!
その涼しさ原因は山岳部だったんだから。
何を思ったのか、山岳部のメンバーである須藤先輩を始め、卓也、晃平が山岳部の荷物を整理し、体育館を掃除していたのだから。
最初に俺の存在に気付いたのは卓也だった。
卓也も俺の存在に少し驚いた表情をしていたが、それもほんの一瞬で、すぐに笑顔をみせつつ掃除をする手を止め、片手を振って声をかけてくれる。
「陽斗おはよう〜。あ~あ、バレちゃたじゃん。早く来すぎだって〜。そういや、部活時間より早く来て一人で何するつもりやったん?」
反対の手は照れくさそうに頬をかきながら、疑問を口にする。
「それはこっちのセリフだよ。お前らこそ何してるんだよ?」
とっさに質問をなげかける。
『早く来すぎてるのはお前らだよ。しかも、部活は休みだと伝えたはずだが?』
心の中で蛇足を加える。
卓也への質問は代わりに須藤先輩が教えてくれた。
「今日は山岳部として体育館使用許可を貰ったんだ。ほら、山岳部の備品で体育館の半分を占拠してしまってるだろ?流石に、半分コートを使えないのはパッスパの練習にも支障がでるからさ。ほら山岳部の荷物ぐらいなら、壇上でも充分事足りるから、コートの半分を空けて、壇上に移動させようと思ってな。もっと早くやってれば良かったよな。」
先輩は半分恥ずかしそうに、半分申し訳無さそうに苦笑した。
「俺、ぶっちゃけ悔しかったんだ……」
卓也がいきなり、地雷を投げかける。
ドクン
俺にとっては地雷のような発言だよ。
心臓が地雷のスイッチを押したようにドクンを跳ね上がる。
いきなり話をすり替えるなよ。
掃除の件からだと、ギャップがでかすぎるだろ!
卓也はいつもの明るさはなく暗い顔だ。
いつものにこにこしている卓也がこんな思い詰めた表情をするところなんて、見たことがない。
いつもニコニコで明るさが取り柄のムードメーカーの名が廃れていた。




