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第2話 天才との激突

「どうですか? 学園生活は」


 座学での授業を終えた後、なんだかちょっと楽し気な顔しながらティアハは聞いてくる。

 レグロスがユーチア学園での日々を送り始めて数日。

 学園に付いて早々に無茶したティアハと一緒になって怒られたりもしたが今では普通に授業を受けて学生生活を過ごしている。

 正直に言って楽しいというのが感想だった。

 同世代と共に何かを学ぶという経験はレグロスのこれまでの人生ではほぼ無かったからかもしれない。


「色々新鮮で楽しいですよ、学べる事も多い」


「……その割にさっきの授業寝てませんでした?」


「勉強は苦手なもんで」


 楽しいと得意はまた別物。

 レグロスはこの数日でそれを学び一つ賢くなった。

 変な知恵をつけただけともいう。


「駄目ですよ? ちゃんと勉強もしないと……」


「ティアハさんは真面目ですねぇ……」


「真面目とかそういう話じゃ……あれ?」


 ふとティアハの視線が別の方向に向けられた後、彼女は首を傾げる。

 レグロスも同じ方へ目を向けると、そこには一人の男子生徒がいた。

 ギラついている眼が印象的なその生徒の視線の先にいるのは――レグロス。

 なんでそんな眼で見られているのか。

 困惑はしたがその生徒の名前ぐらいならレグロスも知っている。


「確か――同じ学年のヴァルクさん?」


「あぁ……ヴァルク・ディ・ティグレノだ、ちょっとばかしお前に用があってな」


 ――ヴァルク・ディ・ティグレノ。

 彼の噂はたった数日でもレグロスの耳に届いている。

 幼い頃よりその実力の高さで有名な天才。

 たしかティグレノ家というのもその強さを持って世界に名を轟かせる有名な貴族だったはずだ。


「一体僕にどんなご用で?」


 その天才児がなんの用があるというのか。

 真意を問いただすとヴァルクはニッと歯を見せて獰猛な笑みを浮かべる。


「なに、大した事じゃねえよ。オレとちょっと殴り合いしようぜ」


「――え、なんで?」


 想像以上に言ってる意味が分からずレグロスは思わず疑問を口にしてしまった。



〇●



「レグロスさん本当にやるんですか?」


 ユーチア学園には学生用の修練場が用意されている。

 その中に設置されているシンプルで大きめな模擬戦用ステージ。

 大きな学園だからお金かかってそうだな、なんて思考が少し過ぎった。

 戦闘前の準備を整えつつレグロスはティアハの疑問に答える。


「少なくとも一戦は交えないと彼は納得し無さそうですし」


 ここで断っても多分ヴァルクは諦めないだろう。

 理由は分からないがどうにも執着されているように感じる。

 流石にそれは疲れそうなので早々に受けてしまった方が気が楽というものだ。


「それに僕自身、噂にもなる彼の実力が気になるってところありますから」


 今回の相手は自分達の世代において天才と呼ばれる存在。

 その実力を直に体験出来る機会を得られた。

 少しばかりワクワクしている自分がいるという事もレグロスは気づいていた。


「……怪我、しないでくださいね」


「ちょっとそれは約束出来ないかも……勝ちは狙いますけどね」


 流石に無傷は無理と判断した。

 ヴァルクは雰囲気からして強さが感じられる。

 それでもレグロスの目には確かな自信が宿っていた。


「真の勇者を目指す以上、そう簡単に躓くわけにもいきませんし?」


「真の勇者……?」


 ステージに上がっていくレグロスの背中を見ながらティアハは不思議そうに首を傾げた。



〇●



 ステージ上でレグロスとヴァルクが対峙する。

 チラリとステージの外に目を向ければそこにはティアハを筆頭に同学年の生徒の姿がチラホラ見える。

 見た事がない人もチラホラいるのを見ると二年や三年も見に来てるのかもしれない。

 有名であろうヴァルクの応援か、あるいは研究や情報収集のためか。

 だが今レグロスが集中するべきは目の前の戦いだ。


「ところで一つ聞きたいんですが」


「なんだ? 機嫌がいいから答えてやるよ」


「なんでそんなに僕と戦いたいんです?」


 そこはずっと疑問だった。

 天才が何を持って自分と戦おうというのか。

 その明確な答えは見えないし聞いていなかったから。


「簡単だ、お前……(つえ)えだろ?」


「……え? それだけ?」


「それ以外にはねえよ! オレは刺激が欲しいんだ、幸い面白そうなやつがこの学園には多くいる……まずはお前ってわけさ!」


 思った以上にその理由はシンプルであった。

 どうやら噂の天才は戦闘が大好きであったらしい。

 いや、求めているのは戦闘というよりはそこから得られる刺激だろうか。

 気持ちが高ぶっているのか、ヴァルクは笑っているが若干怖い顔になっている。

 もしかして想像以上に厄介な相手に目をつけられたのかもしれない。

 レグロスはそう思わざるを得ない。


「……まぁいいや、それでルールは?」


「武器は互いに模擬戦用のものを使う、殺傷性はないが当たると普通に(いて)ぇぞ」


「まぁそりゃそうですよね」


「んで勝敗は片方が負けを認めるか戦闘不能になったらだ」


 要するにどちらかが倒れるまでやろうぜ!という事である。


「怪我は保健室に行けば治癒が得意な教師がいるだろう、ついでにステージ外には防御壁が展開されるから周囲の被害も心配ねえ」


 ある意味で至れり尽くせりだ。

 余計な心配をする必要はなさそうである。

 レグロスはとりあえず模擬戦用の剣を右手で握り構えた。

 ヴァルクも同様に模擬戦用の籠手を両腕に装着する。


(殴って来るタイプか……リーチ面なら僕が有利だが、さて)


 構えた二人に合わせるように近場のモニターが点滅しカウントダウンを刻む。

 5,4,3――。

 その数字が減っていくにつれて双方の間で流れる空気がピリついていく。

 そして0になったその瞬間。

 開始のブザーが響くと同時に二人は床を蹴り相手目掛けて駆けた。


「フッ!」


「オラアァッ!」


 振るわれた剣と左側の籠手がぶつかり合って大きな音を響かせる。

 拮抗する二つの力、だがそれもすぐ終わりを告げた。

 押し込まれたのは――レグロスだった。

 力負けした事を理解すると同時にレグロスは後ろへ跳ぶ。

 気づけば振るわれていたヴァルクの右腕が頬を掠めた。

 さらにヴァルクは開いた距離を詰めにくる。


(想像以上に力勝負では分が悪い……!)


 ここまでパワーに差があるとは正直予想していなかった。

 体格はそう違いはないというのに。

 その隙をついてレグロスの腹部に拳が叩き込まれた。


「ぐっ……!」

 

「オラオラァ!」


 一撃喰らわせてもヴァルクの攻撃の勢いは止まらない。

 それどころか増しているような気もする。

 腹部の痛みを堪えながらレグロスは拳の連打を剣で受け流していく。


 とにかく相手の得意分野で競っても勝機はない。

 それを理解しているからこそ受け流しつつ脚部に力を込めた。

 瞬間、レグロスの姿がヴァルクの視界の外へと消える。

 

(レグロスさん速い……!)

 

技法術(アーツ)無しでそれか……やっぱりオレの目に狂いはねえなァ!」


 ティアハは驚き、ヴァルクは獰猛な笑みを浮かべながら叫ぶ。

 凄まじいスピードでステージ上を縦横無尽に駆け巡るレグロス。

 ヴァルクはそれを目で追いつつ構えるが気づけば脇腹に衝撃がはしった。

 自身の脇腹に蹴りを叩き込まれた。

 それを理解するとヴァルクは蹴り飛ばされたのに嬉しそうに笑う。


「ハハハ! いいねぇ!」


「結構強めに蹴ったはずなんですけどね……!」


 すぐに体勢を立て直してくるヴァルクにはレグロスも苦笑いを浮かべざるを得ない。

 ついでにまともに攻撃くらったのに笑ってるのが少々怖い。

 だが言ってる場合でもなかった。

 戦いはまだ始まったばかりだ。


「こいつはどうだ!? 火炎散弾(ファイア・ショット)!」


「!」


 ヴァルクの拳から無数の火炎弾が解き放たれる。

 細かい火炎弾は一発ごとの威力は低いだが、それでも火だ。

 下手に当たれば丸焦げになるだろう。

 レグロスは再度駆けまわりその火炎弾の全てを回避していく。


(火炎……変換適性持ちだとは)


 スピリットを火や水といった属性へと変換する才能。

 それは努力では決して会得出来ない代物だ。

 こういうところもヴァルクが天才と呼ばれる所以の一つなのかもしれない。


「まだまだァ! 雷撃光線(ライトニング・レイ)!」


「……!?」


 続いてヴァルクから放たれたのは火炎ではない。

 雷撃だ。

 それも相当に速い。

 避けきれずそれを受けてしまったレグロスの肉体全体に電撃による痺れがはしる。


「ぎっ……!」


「隙ありだ!」


 しまった、そう思った時には既にヴァルクはこちらへ走り出していた。

 電撃の痺れもあり体はまだ思うように動かない。

 そこへ――。


能力強化(ビルドアップ)ゥ!!」


 ダメ押しと言わんばかりの技法術による強化。

 その凄まじい圧力はレグロスにも感じ取れる。

 防ぐ間もなくヴァルクの拳による連打は放たれた。


「ウオラアアアァァッ!」


 信じられない速度で次々放たれる拳がレグロスの肉体へと叩き込まれていく。

 一体何発放ったのか。

 それすらも分からないほどの拳が叩き込まれた後、渾身の一撃ともいえるものがレグロスの腹部にめり込みその体を吹き飛ばした。


「レグロスさん!」


「……さて終わりか」


 ティアハの叫びにも応答はない。

 ヴァルクは既に勝利を確信したのか背を向けていた。

 なにせ強化した力であれだけのパンチを叩き込んだ。

 今までこれに耐えてこれたものはいないし普通に考えて倒れるに決まっている。

 ――そう、普通なら。

 

初級砲撃(キャノン)


「は――!?」


 今日初めてヴァルクの顔は驚愕に染まった。

 背後から聞こえた声もそうだがなによりも驚くべきは――。


(なんだ、この出力は……!?)


 自身に迫って来る、まともに受ければ戦闘不能は避けられないほどの砲撃だ。

 初級砲撃(キャノン)は確かに威力に特化している。

 だがそれでもあくまで初級の技法術だ。

 これほどの出力は普通なら出ない。

 余程の量のスピリットを込めたりでもしない限り。


(やべえ!)

 

 咄嗟に籠手を装着した腕を盾にするように構えを取る。

 それとほぼ同時に砲撃が直撃してヴァルクを中心にした大きな爆発を起こした。


『……』


 ステージ周りは静まり返っていた。

 先ほどまで誰もがヴァルクの勝利を疑ってはいなかった。

 にも関わらず。


「いつつ……思いっきり殴り飛ばしてくれたもんですね」


「はっ……お互い様だろうが、とんでもねぇ一撃放ちやがって」


 ステージ上にいるのは口元の血を拭うレグロス。

 そしてボロボロになりながらも立つヴァルク。


 ヴァルクはふと腕に装着した籠手をみる。

 たった一撃であちこちにヒビが入りボロボロになっていた。

 いくら模擬戦用とはいえ頑丈に作られているはずなのに。


(なんつー威力だ……あいつどれだけのスピリットを有してやがる!)


 ちょっと多めにスピリットを込めた――ではあの威力は説明がつかない。

 しかもあんなものを放っておいて疲労の色が見えないのも驚きだ。

 ヴァルクは理解する。

 レグロスという男の真骨頂はスピードでも戦闘センスでもない。


(常人を大きく超えるスピリット総量……!)


 スピリットは生命力そのもの。

 これが尽きると下手すれば死に至る。

 ヴァルクのスピリットですら常人より多いと昔から自負していた。


(だが奴の総量は俺の二倍――いや、下手すればそれ以上はあるかもな)


 どういう理屈かは知らないがヴァルクの心は歓喜に満ち溢れていた。

 これだ、自分はこういう相手を、こういう刺激を待っていたのだ、と。


「降参……はする気なさそうですね」


「当たり前だ……! 炎雷ノ拳ブレイズ・サンダー・フィストオォ!」


 まだ負けていない。

 まだ立てる、まだまだ腕は振るえる。

 右手に炎を、左手には雷を宿してヴァルクは笑う。


「……魂ノ刃(ソウル・ブレイド)


 摸擬戦用の剣がレグロスの膨大なスピリットに飲み込まれ“スピリットの剣”と化す。

 そんなレグロスも小さくだが笑っていた。

 戦いを楽しく感じたのは久方ぶり――いや初めてかもしれない。

 なにより全力でぶつかってくる目の前の相手にはしっかりと応えるのが礼儀だ。


「いくぞォ!」


 ヴァルクはそんな叫びと同時に地を蹴ってレグロスへと迫る。

 能力強化(ビルドアップ)の効果は継続中のため信じられない速度で。

 そしてレグロスもまた構えた。


瞬動(クイック・ムーブ)――!」


 その技法術を使用した瞬間、多くの者がレグロスの姿を見失った。

 動きをどうにか追えていたのはほんの数人。


 戦ってる相手であるヴァルクもその一人だった。


 気づけば自分の懐にまで移動しているレグロス。

 ヴァルクはそれに笑いながら両手の拳を勢いよく突き出した。

 レグロスもまたそんなヴァルクに動じる事なくスピリットの刃を横薙ぎに振るう。


 気づいた時には静寂が場を包んでいた。

 レグロスとヴァルクは互いにすれ違ったかのように背を向けている。

 だが。


「次は……負け、ねぇ……」


 ヴァルクは最後まで笑みを絶やさずに倒れた。


「えぇ……とりあえず今回は僕の勝ちです」


 レグロスは背を向けたままそう呟く。

 ボロボロに崩れていく剣を握りしめながら。


 レグロスとヴァルク、二人の新入生の初戦はレグロスの勝利という形で幕を閉じた。


「……すげえ奴らだな」


 そんな二人の戦いを少し離れた位置で見ていたとある生徒。

 その呟きは誰の耳にも届いてはいなかった。

 しかしその生徒の瞳は確かにレグロスに向けられていた。

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