【短編】悪役令嬢先輩が断罪されたので、母国のために働くことをやめました。
先輩が断罪された。
侯爵令嬢で、第二王子との婚約が内定していて、成績はいつもトップ、そして誰にでも分け隔てなく優しい。
そんな完璧超人の先輩が、卒業式の前日に行われた卒業生のお披露目で断罪された。
在校生は参加できなかったその場でいったい何があったのか。情報は全く入ってこなかった。卒業式に先輩の姿がなかったことだけが確かだった。
数日後、先輩が修道院に送られたと噂になった。すぐに国中の修道院を調べたが、手掛かりはなかった。
第二王子の婚約が発表された。相手は先輩じゃない。知らない女だった。魔王を倒す聖女の力を持った伯爵令嬢らしい。しかし、知らない女だ。
先輩の姿は王都から消えた。いや、国から消えた。
やっと断罪の内容がわかった。毒薬の製造。伯爵令嬢への殺人未遂。国家転覆未遂。
「馬鹿な」
さすがに声をあげて笑ってしまった。
先輩がそんなことできるはずない。
先輩がやったら“未遂”で終わるわけがない。やり切れる。
やはり、先輩は嵌められたのだ。先輩が嵌められた? 馬鹿な。あの先輩が? それも違うかもしれない。ふと、断罪の前日に先輩に言われたことを思い出す。
「若返りたいって思ったことある?」
「ないですね、まだ若いですし」
「そうよね。じゃあ、子供は好き?」
「えぇ、人並みには」
「そう……嘘をつかなくていいわ」
流れるように出た嘘を、先輩に一蹴された。
「嫌いです」
「結構。次に会う時までに、好きになっておいて。あぁ、幼子をあやしてとは言わないわ」
これだ。
やはり先輩らしい。
******
一年後の卒業式。
成績トップを維持し、首席卒業を果たした。
ありとあらゆる手段を使い、宰相付き文官見習いのポストを手に入れた。
まだ待たないといけない。
第二王子が結婚した。婚約者が懐妊したらしい。王子としての立場も確立できていないのに、のんきなものだ。どうやら、あの王子はあまり学ばないらしい。
次の年、私は見習いを卒業した。異例の早さだと言われたが、先輩には到底及ばない。
もう限界だ。
あと一年、それ以上は待てない。頑張ったほうだろう。
第二王子の側近に欠員が出た。王子の妃に手を出したらしい。代わりに私が選ばれた。
面倒だ。
「王子、わからないことは言わなければ、教えてももらえませんよ」
側近の一人が忠告すると、王子はふてくされて、お前もあいつに手を出す気か! と意味の分からないことを言っている。
そうか、王子の妃に手を出した、とは冤罪なのか。
仕事をこなし、王子の仕事も適度にさばいているうちに、王子は勝手に私へ信頼を寄せていたらしい。
「もう、お前しかいない……離れないでくれ」
王子と二人きりの執務室で泣きそうな顔でそう言われた。
「弱いところは女には見せられない。お前がいてくれたら……心強い」
そう言って抱きしめられたが、私には王子はいらない。そんなことされても困る。
それに王子が妃の前で見せているのは、強いところではなく、強がっているところだ。
なんとか穏便に場を収めたが、問題はその場面を妃に見られていた。
怒っているのか顔を真っ赤にした妃に何やら早口でまくしたてられたが、なんとか誤解は解けた。
そして、やっと、一年がたった。
******
先輩の実家の侯爵家がある街に向かった。
念のため、侯爵家に顔を出すと、娘が修道院送りにされたわりには肌つやのいい侯爵夫妻に出迎えられる。
「先輩を迎えにきたのです」
「娘は……」
言葉を濁す侯爵に、私は笑顔で言った。
「お孫さんはかわいらしいですか?」
その言葉に侯爵夫妻は顔を見合わせると笑いだした。
「それはもう!」
******
街のはずれに、小さいが丁寧に作られた家があった。
「先輩。迎えに来ました」
ノックして、扉が開くのを待つ。今までの4年間の中で一番長く感じる10秒だった。
「よく来たわね」
扉が開き、出迎えたのは、先輩そっくりの幼い少女。
あぁ、よかった。安堵で膝から崩れ落ちた。
「先輩、よく、ご無事で」
「あなたも、あのヒントでよくここまでたどり着いたわね」
「先輩の、一番の得意教科は魔法薬でした。毒殺しようとしたのであれば、毒だとわからない毒を作るなんて造作もないはず」
「そんなことしないわよ」
小さな体で不服そうな顔をする先輩がどうにもかわいらしくて、思わず抱きしめる。
「あら、子供は嫌いじゃなかったの?」
「先輩が言ったんですよ、次会うときまでに好きになってろって」
「ふふ、そう、それならよかったわ」
「本当はすぐに迎えに行きたかったんですよ」
「いやよ、赤ん坊の何もできない姿なんて、恥ずかしいもの」
先輩が笑いながら小さな手で、頭をなでてくれる。
「どうやって、小さく?」
「薬よ、毒薬と間違われて断罪の道具にされたけど」
「あの時、なにが……あ、やっぱ言わなくていいです。どうせ、あの王子が全部悪い」
「その理解でいいわ。で?」
あなたはこれからどうするの? 先輩が挑戦的に笑う。
「そりゃ、もちろん。先輩と一緒にご家族に挨拶に行ってー、そしたら、私の実家にも行きましょう! 盛大に祭りをしてー、で最後は……あの城。大きな花火で燃やしちゃいましょう?」
先輩が嬉しそうに手をたたいた。
「燃やすのは城だけね? 人はダメよ?」
先輩に念を押されてしまった。それならしょうがない。
「できるでしょ? あなたなら」
唇にちいさな指が当たる。精一杯の大人っぽい笑顔がかわいくてしょうがない。
「そりゃもちろん」
先輩をつぶさないよう慎重に、しかし思いっきり抱きしめる。
「私、魔王ですから!」
小さな腕が背中へ回される感覚に全身が奮い立つ。
うん、やはり、この国の学園に潜入したのは間違っていなかった。
国の民は、まちくたびれているかもしれないが。
先輩に会えばすぐに手のひらを返すに決まっている。
こんなに素晴らしい先輩なのだから。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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