皇太子に婚約破棄された令嬢、スローライフをしたいのに邪魔者が多過ぎる
勢いだけで書いた、テンプレのようでテンプレではなくなってしまった短編です。
悪しからず。
「フィリッパ・トンプソン伯爵令嬢! 俺は真実の愛を見つけたんだ。よってお前との婚約を破棄する!」
――とあるダンスパーティーにて。
突然告げられたその宣言に、参加者たちが騒然となった。
宣言したのは、この国の皇太子であるアンソニー殿下。
その腕には、胸元がざっくり開いた薄紅のドレスを纏った、輝く金髪の可憐な少女を抱いている。
「真実の愛、ですか……?」
わたしは目の前に立っている二人を見つめながら、困惑しているかのように問いかけた。
顔だけは整い過ぎるほど整ったアンソニー殿下と、外見だけは愛らしい男爵令嬢。近頃社交界で大人気――もちろん悪い意味で――の彼らは、今日もお似合いだ。
二人とも、公衆の面前でベタベタ身を寄せ合うという愚かな行いを恥じないバカップルなのだから。
「そうだ。真実の愛だ。
お前はこのイヴリンに嫉妬し、虐げたそうだな。イヴリンが勇気を出して報告してくれたぞ。
おかげで完全にお前への情は消えた。故に、婚約破棄の上、罰として辺境の地へ追放してやることにした」
――。
わたしは、俯き、黙っていた。
アンソニー殿下には、そしてその他参加者たちには、突きつけられた処分が受け止められず呆然としているように見えただろう。
しかし実際は、まるで違った。
(やったぁぁぁぁぁ――! ついに、ついにこの時が来た――!!!)
だって、何年も待望していたことが、やっと叶ったのである。これが喜ばずにいられるだろうか?
婚約破棄、大いに結構。辺境への追放なんて大歓迎。
これでやっと性に合わない妃教育から逃げ出せるし、社交に出なくて済む。
そのことがわたしは何よりも嬉しいのだから。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
名門貴族であるトンプソン伯爵家の四女として生まれながら、優秀な姉たちと違ってわたしは幼い頃から貴族の娘らしくなかった。
キラキラした宝石より、屋敷の書庫の本を読む方が好き。
豪華なドレスや煌びやかなパーティーよりも、家でのんびりしていたい。
当時は見た目も平凡で、華がなかった。
そんなわたしがアンソニー殿下の婚約者になったのは、殿下が十三歳、わたしが十歳の時だった。
当然わたしは驚いたが、それより驚愕したのは両親だったろう。
それまで両親はわたしを下級貴族に嫁がせるつもりだったようだ。おかげで上等な教育を受けておらず、急に皇妃になるための教育が始まってついていけなかったのを覚えている。
勉強と、美貌を磨くことに明け暮れる日々で、好きだった本が読めなくなった。
多くの令嬢たちを顔見知りにならなければならず、社交が苦手なわたしは相当苦労した。
なのに婚約者のアンソニー殿下は勉強嫌いで、しかもわたしのことはもっと嫌いで。
「可愛げのないお前のような女は俺に相応しくない」だとか、「お前には脳みそくらいしかないのだから使っておけ」などと意地の悪いことを言う。
そのうちに彼を婚約者として支えようという気は失せた。そもそも、皇太子になっても一向にアンソニー殿下は王族らしい教養をつけなかったから、わたし一人で支えるなんて不可能だったのだ。
――皇妃なんて、やっぱりわたしには無理。
気づけばわたしは、静かな場所でのスローライフに憧れ、心から求めるようになっていた。
誰もいない辺境で畑を耕し、一人で本を読んで過ごす。想像するだけでニヤニヤが止まらなくなる。
どうにかしてこれを実現させたい、そう思った。
そのためには皇太子の婚約者という立場から解放されなければ。しかし、そう簡単に婚約解消できようはずもない。
そこで考えついたのが、アンソニー殿下に対してハニートラップを仕掛けるというもの。
そんな単純な作戦でいいのかと躊躇いながら実行してみたら、案外、うまくいった。
浮気相手は、明らかに玉の輿狙いだった男爵令嬢イヴリンを見つけて、アンソニー殿下と二人きりになる機会をわざと作ることでハニートラップを実行させた。
イヴリンはすぐにアンソニー殿下と仲良くなり、婚約者同士であったとしても未婚の男女がやってはいけない行為にすら及んだ。
そして彼女は都合のいいことに悪知恵を働かせてくれて、丁寧にも自作自演でわたしに冤罪を着せることまでしてくれたのである。
おかげでわたしは無事に婚約破棄され、追放という形でスムーズに辺境へ行けることになった。
侍女に頼んで辺境にお気に入りの本を届けさせることになっているから、何の心配もなく皇家の馬車に乗ればそれでいい。
あとはスローライフが待っているだけだ。
……しかし、一見完璧なその計画には穴があった。
完全に浮かれ切っていたので気づかなかっただけで、想像をめぐらせればわかることだった。
伯爵家の娘であり、皇妃教育を受けているわたしを欲する者がいることくらい。
「彼女を捨てるというなら、私が貰い受けても良いだろうか」
そんな風に言いながら、わたしとアンソニー殿下の間に割り込むように立ち塞がった人物がいた。
それは――。
「お前は……いや、貴方は隣国の王弟ではないか!」
「いかにも。私は王弟ストルアンと申します。フィリッパ・トンプソン伯爵令嬢に求婚したく、出てきた次第です」
再びパーティー参加者たちがどよめき、同時にわたしは悲鳴を上げて失神しそうになった。
順風満帆だったわたしのスローライフ計画に初めて影が差した瞬間である。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
隣国の王国は、領土はこの国の二倍、軍事力は劣るが経済力は三倍以上 という大国である。
王弟ストルアン様は帝国との交流のために、しばらく前から帝都に滞在していた。
当然ながらわたしはストルアン様と皇太子の婚約者として話をしたし、付き合いで一曲だけ踊ったこともある。
なかなか温厚そうで、その上色々な知識を蓄えている方だった。王国のためを考え、外交しようとしていることがよくわかる。おまけにダンスはアンソニー殿下と比べ物にならないほど上手い。同年齢なのにすごいなと感心したものだ。
その上、アンソニー殿下と同じくらいの美丈夫だから、彼に求婚されて喜ぶ令嬢は多いはず。だが……。
――わたしはちっとも、嬉しくない!!
「あ、あの……ストルアン様」
「はい」
ストルアン様は眩しいほどの笑顔を向けてくる。
それでもわたしの心は動かなかった。わたしの心を虜にしているものはたった一つ、愛しのスローライフだけ。
「助けてくださるのは嬉しいのですが、ええと、その、わたしは罪を犯したので、ストルアン様などには相応しくありません。ストルアン様、ですから婚約は、お受けできかねます」
実際は追放されたいだなんて言えない。言ったら終わる。
言葉を選びながら、慎重に拒絶すると、ストルアン様は青い瞳を思い切り見開き、固まった。
今しかない。わたしはドレスの裾を摘むと、そそくさと駆け出す。パーティー会場の出口へと。そして、スローライフへと向かって。
「待ってくださいフィリッパ嬢! 私は貴女のことが……!」
背後からストルアン様の叫び声が聞こえたが、もう遅いというもの。
わたしは走り出してすぐに近衛兵に捕まり、腕を縛り上げられていた。
しかし抵抗はしない。元々それが狙いだったから。
そのままわたしは皇家の馬車に乗せられ、辺境へと送られることになった。
(ふぅ……。無事に馬車に乗れて良かった)
ストルアン様の求婚をなんとかかわして安泰と思ったわたしは、甘かった。
しかし誰が想像できただろうか。辺境へ向かう馬車の中の空間が突如として歪み、その歪みから幼い少年が姿を現すだなんて。
「誰っ!?」
「ボクは魔王だよ。お姉さん、キミを花嫁として向かえに来た」
(え……? ちょっと待って魔王? え?)
魔王と名乗る少年は、十歳ほどだろう。
濡羽色の髪に漆黒の瞳をしていて、顔立ちは可愛さがありながら口元から牙が生えていて少し凶悪そうにも見える。
そして何より異様だったのは、少年の頭部にある二本の角。グネグネとうねったそれは、明らかに彼が人間ではないことを示していた。
「さあ、ボクと共に来てよ。花嫁の訪れを、魔界で皆が待っているんだ」
少年がグイグイわたしの手を引っ張って、歪みに引きずり込もうとする。
(やばい)と思ったわたしは、慌ててもう片方の手で少年を掴み、引き離した。
「なんなのっ? 花嫁とか魔界とか魔王とか聞いてない!」
「ひどいな……。ボクははるばるキミを探してここまでやって来たというのに。キミこそボクの花嫁に相応しい女性なんだよ、お姉さん。キミは弱小な帝国の妃になるはずだったんだよね? 帝国では妃も仕事をしなきゃいけないらしいけど、魔国での妃はボクの隣にいるだけでいいんだ。贅沢だって好きなだけできる。――それでも、ダメかな?」
うるうるした瞳で見上げられても、可愛らしいと思ったがそれ以上の感情は抱かなかった。
わたしは歳下を愛するような変態ではないのだ。
「ストルアン様はまだしも、あなたに求婚される謂れは全くありません。初対面で花嫁とか、失礼にも程があるでしょう。お互いの名前だって知らない仲なのに。
わたしはこれからのんびり生活を始めるの。邪魔しないで!」
「待っ――」
少年魔王の言葉を遮り、わたしは彼を空間の歪みの方へ突き飛ばした。
年相応に軽く、簡単に倒れ込んだ魔王は、叫びを上げながら歪みの向こうへと消えていく。
そしてすぐに歪みは閉じ、まるで何事もなかったかのように静かになった。
(……隣国の王弟の次は魔王だなんて、本当に油断も隙もない。今度こそ何もなければいいのだけど)
深くため息を吐いて、馬車の座面に背を預けたわたしは、心からそう願った。
しかし大抵そういう願いは叶わないものである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
辺境の地に着くと、馬車を乱暴に降ろされる。
転んで、着ていた青いドレスを泥だらけにしてしまった。
これから着るつもりはないが、これからの生活資金に変えるためにドレスは必要だ。
洗って泥汚れが落ちるといいのだけれど、と思いながら、わたしは一人歩き出した。
「よし、まずは住む家を見つけないと! そのためにも……」
第一村人を探さなくては、と言おうとしたその時だった。
背後から突然、声がかけられたのは。
「そこのお嬢さん」
「……!」
振り返ると、そこに立っていたのは目深にフードを被った人物。
年齢も性別もはっきりとはわからないが、声からして男性なのではないかと推測する。
「あなたは」
「ああ、なんて綺麗な声だ。
眩しいほどの鮮緑の髪、静かな森を思わせる濃緑の瞳。肌は桃のように白く美しい。
何より君のその甘く魅惑的な香りがオレを一秒ごとに深く深く虜にしていく……」
彼がまともな人間ではないことは、名前を聞く前にわかってしまった。
わたしは呪われてでもいるのだろうか。初対面の男性に見初められる呪い? そんなのいらない。というかそんなのを持っていたら今まで社交界で散々発動しているはずなのだが。
「急いでますので、失礼しま……」
「待つんだオレの番。世界の隅から隅まで旅をして、ようやく見つけた番だ。絶対に離さない」
「きゃっ――!」
気づくとわたしはその男に抱きすくめられていた。
男の顔が間近に迫る。どうやら口付けするつもりらしいとわかって、冷や汗が背中を流れる。
(まずい! これはまずいっ! なんでわたしがこんな目に!?)
番と言えば、帝国にも少数存在する獣人族は、相手の香りから運命の番――つまり結婚相手――を選ぶのだという。
番は絶対で、たとえそれまで想い合っていた相手がいたとしても簡単に捨ててしまうのだとか。妃教育でそれを学んだ際、(獣人って怖い……)などと思ったものだが。
「人違いじゃないですか? わたしっ、獣人じゃないし」
「オレが獣人だとわかったのか。さすがオレの運命の番だ」
やはり会話は通じなかった。
男はフードを外し、自分の姿をわたしに見せつける。ぴこぴこ動く耳を見るに、どうやら犬の獣人らしい。
その鼻先が、わたしの唇につんと当てられようとして――。
「フィリッパ嬢に何をしているんです」
「ボクの花嫁を奪おうなんてひどいじゃないか、お兄さん」
そんな声と共に、美青年と幼い少年が現れた。
言わずもがな、王弟ストルアン様と名も知らぬ魔王だった。
犬の獣人は魔術師だったらしい。
獣人族の中には魔法という特別な力を扱う者がいると聞いていたが、まさか本当だっただなんて――などと驚いている暇もなかった。
彼が火の魔法を放つと、辺り一面が火の海になった。
ストルアン様は剣で、魔王は鋭い牙と角で応戦し、戦いが始まる。
犬人の魔術師に抱かれたままのわたしは震えながらそれを見守るしかできない。
しかし戦いの決着がついたかと言えばそれは否だ。
三者共に強過ぎて、安寧の日々を送るはずだった辺境の地が跡形もなくなりそうになったので、わたしが必死に叫んで止めたのだった。
「もうやめてください!! あなたたち、何が何だか知らないけど、わたしはこの場所でただゆっくり過ごしたいだけなの――!」
意外なことに、男たちは一旦休戦してくれた。
しかし彼らがわたしを求める気持ちは変わらないらしく……。
「それなら仕方がない。私は王弟としての身分を捨て、ここで貴女の伴侶として過ごしましょう。ですから私の求婚を受け入れてはいただけませんか」
「ボクの城の方がゆったりした暮らしが送れるよ? ボクについて来てほしい」
「運命の番、一生離さないぞ。君がここにいたいと言うのならオレはここを動かない」
三者から同時にプロポーズされたわたしは答えに窮した。
そもそも誰とも結婚するつもりはないが、そう簡単に見逃してはもらえないだろう。
その上、もし一人を選んだとしても地獄が待っているのは明らかだ。
(スローライフを望んだだけなのになんでこうなるの!?)
全くの謎である。
……それはともかく。
この場合、どうすればわたしの望む平穏な生活への道が開けるのだろう?
わたしは今まで蓄えた知識を総動員して考えた。考えて考えて考えた結果、出た答えは――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
邪魔者は排除するのではなく、利用するに限る。
社交の技術として妃教育の中で学んだことだが、それが役に立った。
「フィリッパ嬢。私の畑でほら、こんなにも農作物ができましたよ。これで認めてくださいますか?」
「ちょっと待ちたまえよ。見てごらんこの生首を! お姉さんを貶めた皇太子と男爵令嬢とやらを殺してきたんだ。これでボクがお姉さんの役に立つこと、証明されたんじゃないかな」
「幼魔王は黙っていろ。お前らとオレの番の毎日の飯を作っているのは誰だと思っている。番を支えられるのはオレだけだ」
ストルアン様は籠いっぱいの農作物を抱えて自慢げにしており、幼い魔王は血の滴る生首を抱えてこちらも誇らしげ、そして犬人魔術師は尻尾をちぎれんばかりに振っている。
それぞれ農作業担当、雑用――と言ってもたまに生首を持って来たり物騒なことをするので困る――担当、火魔法を使った料理担当となった三人は、全身全霊でわたしのスローライフに協力してくれていた。
彼らをどうやって言いくるめたかと言えば簡単な話で、「あなたたちの中で最も尽くしてくださる方に嫁ぎます」と言ったのだ。
それだけで邪魔者だったのが一転、わたしのために働いてくれるようになったわけだ。
おかげでわたしは、のんびりひなたぼっこをしながら、侍女が届けてくれたお気に入りの本を読むことができる。
「皆さんありがとうございます。ですがストルアン様、農作物がまだ足りません。そして魔王陛下、別にわたしは復讐を望んでいないのでそのおぞましい生首は帝都に返して来てください。魔術師さんは助かっていますけど、昨日火を強め過ぎて料理を焦がしてましたよね。まだわたしが嫁ぐ条件を満たしていませんよ」
にこやかにしながら、わたしは一つずつ指摘していく。
揚げ足取りに近いが、誰とも結婚したくないので仕方ない。三人は素直に頷いて、それぞれの仕事に戻っていった。
なんやかんやあったが、意外と平和な毎日を過ごせている。
いつか三人のうち誰かが耐え切れなくなって暴れ出したり、わたしが誰か一人を選ぶ気になったり、もしくは三人ともと付き合ったりするのかも知れないけれど、その時はその時だ。
今はこののどかなスローライフをめいっぱい堪能しておくとしよう。
お読みいただきありがとうございました。
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