販促ヒーロー
プロローグ
「行くぞ!」
「「「必勝!レインボークラァーシュ!」」」
どかーん!
派手な爆発と共に、敵の一味が吹っ飛んだ。本日も無事、レインボーファイブの勝利だ。軽快なダンスを踊るメンバーの映像と共にエンディングテーマが流れていく。
「はあ~ぁ…。明日はもう月曜かぁ…。」
童心に返って特撮番組を楽しむ時間は終わった。テレビを消す。
「さぁ~て、と。」
テレビをつける前に回しておいた洗濯機から洗濯物を取り出して干す。それから、約一週間分の食料の買い出しに出掛ける日曜日。
「はぁ…。大人になるってもっといいもんだと思ってた…」
Ⅰ
プルルル…ガチャ!
営業所の電話が月曜朝イチで鳴ると身構える。
「はい…。分かりました。早速手配いたします。」
電話を受けた事務の高木さんがこっちを向いた。
「広田さん、すみません。笹カマさんが至急澱粉五袋持って来て欲しいそうです。」
…ほら、やっぱりだ。
「…了解。じゃ、早速、倉庫行ってから配達しておきます。それから、いつもの営業に行くんで…」
「行ってらっしゃい。気を付けて。」
週初めだから…と気合を入れて着て来たスーツの上着を脱いで、水産会社の名前の入ったジャンパーに着替えてから、倉庫に向かう。一袋二十五キロ入りの澱粉の入った袋を担ぎ上げて営業車に積みこむ。笹カマさんこと株式会社笹川蒲鉾に向かう営業車のハンドルを握りながら、俺はふと思う訳だ。
『俺はこんな事をやりたくて大人になったんだろうか…』って…。
幼い頃はヒーローに憧れた。悪い敵をバッタバッタとなぎ倒す無敵のスーパーヒーローに。自身は純粋に番組を楽しんでいたが、ある時、母が言った。
「地球を敵から守ってくれるのはありがたいけど…、この人達、大抵が無職じゃない?敵をやっつけ終わった後の生活はどうするのかしら?ご飯もロクに食べられないんじゃないの?」
「……っ!!」
衝撃だった。毎日おやつにカード目当てでヒーローソーセージを食べていた俺の心にえらく刺さった。
『それは困るっ!』
だから、俺は齢五にして決めたんだ。
『将来は、お父さんみたいなサラリーマンになろう!』って。そうすれば、大好きなヒーローソーセージをくいっぱぐれる事もない。
その後、地元の小中、県内の高校を経て、都内にある大学を卒業した俺はサラリーマンになった。子供の頃からの夢を叶えたわけだ。ざっくりした分類でいえば商社だが、実際は問屋に毛の生えたような会社だ。俺はその会社の宮城県のはしっこにある営業所に配属された。大手総合商社が相手にしない小規模な会社に向けて、商材を卸している。今日もそれ。「予備も含めて大目に納品させて下さい」と何度頭を下げても「うちは小さい工場で置き場が無いから…」と小口注文しかくれない取引先に追加の澱粉の配達だ。スーツを着てカッコ良く営業なんてスタイルは夢のまた夢。実際は、取引先からもらったジャンパーを粉だらけにして、自身も身を粉にして稼ぐスタイルだ。肉体労働者とそう変わらん。
「おはよーございます!澱粉お届けに上がりました~!」
勝手知ったるなんとやら…で、澱粉袋を担いで裏口から入る。社長でもある工場長が笑顔で迎えてくれた。
「おう!広田君!悪いね、いつも!助かるよ!危うく、ラインを止めるとこだった…。」
「だったら、一袋でもいいんで大目に頼んで下さいよ~。」
主張はあくまで控えめに。けれど、実際はかなり強めの要望を口にする。
「すまんね~。うちもいつまで続くか分からんからさ…。極力、余計な出費は抑えたいんだよね…。」
納品書にサインをして、すぐに手渡される。
「はい、これ。」
「毎度ありがとうございます!で、どうです?先日あげた企画書は?」
「あぁ。焼き印入れるやつ?」
「えぇ。工程の最後に焼き印入れるだけで、売り上げもアップするかと思うのですが…」
「そういうの、いい、いい…。今やってるのだけで精いっぱいだよ…。広田君が熱心なのは嬉しいけど、なかなかね~…」
「はぁ…。」
また何か思いついたらご提案させていただきますね、と営業トークをして笹カマさんを後にする。ちょっと行った所にあるコンビニでカフェオレと菓子パンを買って車に乗り込んだ時、電話が鳴った。
「はい。ひろ…」
「ユウ~!買えたぜっ!」
開口一番大きな声がした。幼稚園時代からの友人・タケこと竹本からだった。
「マジでっ!?」
「をう!マジマジ!ネットは瞬殺だったけど、やっぱ、都内にはあるんだよ!でもよ~、一緒に並んでた奴等のうち何人かは確実に転売ヤーだったと思うわ。」
「そうなんか…。でも、良かった。買えて…!マジ、竹本様々だよ。今度なんか奢るわ。」
「いいって、いいって!今回はついでだから!今日はPGスタンウェイ機の発売日だったからさ!そうでなきゃ、いくら親友の頼みつーても始発からは並ばねーよ。」
電話口の向こうで友が笑ってた。
「つー事は、タケも無事お目当てが買えたんだな?」
「おう!流石、PG!箱がデカい!帰ってから組むのが楽しみだぜ!オレは無事両方買えたけど、さっき来た奴等は店員に「売り切れです」って言われてた。開店してから買いに来るんじゃ、おっせーんだよなぁ…」
歩いて移動してるのか、風の音が結構混じる。
「じゃあ、着払いで送って…」と言いかけた時、タケが言った。
「これ渡すついでもあるし、今週末、お前んとこ泊まりに行ってもいい?」
「へっ!?別に構わんけど…。」
「決まりだな!じゃ、オレもう電車乗るから切るわ。」
プツン!と通話が切れた。何日に来るんだよ、とか何泊する気だ、とか細かい確認をしたかったが、タケはもう組み立てるプラモの事しか考えてない。長年の経験からそう分かってるので、放っておくことにした。何かに夢中になったタケはその事しか考えられないんだ。
タケは幼馴染であり、オタク友達でもある。特撮及び主にロボットアニメについて熱く語り合う仲だ。今期、自分が鬼ハマりしている特撮ヒーローのロボット玩具が出ると知った時、久し振りに迷わず買おうと思った。何故なら、過去一カッコイイ上に過去最高にデカかったからだ。男はデッカイ物が大好きだ。予約が始まったら、すぐに買おうと思ってた。
だが、しかしっ!予約開始が平日の十一時からだった。その日は外せない会議が入っていた。会議を終えてから大急ぎで駆け込んだトイレの個室で、急いでスマホを操作しサイトに繋ぐも、時既に遅し…。グレーを背景に『在庫がありません』の白文字が表示されていた。
「…ちっくしょー!あんな時間スタートじゃ、ニートしか買えねーじゃん!運営クソかよっ!」
その晩、オンライン飲みでタケに愚痴った。
「まぁ、そうクサるなよ。まだ、店頭発売があるじゃん。いつ発売よ?」
「来月九日…。でも…、それだって平日だし、サラリーマンに買いに行ける訳ねーべよ…」
「九日…?ちょい待ち!オレ、行けるわ!」
「ファッ!?マジで…?」
「ああ。その日、PGでアークウィングのスタンウェイ機が出るんよ!オレ、始発で行ってアキバのPカメラに並ぶ予定!同じプラモ二体は買えんけど、戦隊ロボなら一緒に買える筈だもんで、買ってきてやるよ!」
「マジで…!?」
「任せろ!」
「タケ…!頼んだ!!恩に着る!」
そうして、頼んだ成果であった。ありがとう、タケ!持つべきものはオタク友達だよな…。
Ⅱ
あれから連絡が無いまま、金曜の午後になった。昼飯のラーメンをすすりながら思う。
「タケ、来るのは明日かな…?」
そう呟いた時だった。ポコン!と通知が鳴った。それから、怒涛の勢いで通知が鳴り響く。
「な、なんだぁ…?」
その時、電話が鳴いた。すかさず取る。
「ユウ~!見てくれたかっ!オレのスタンウェイ機、漸く完成したんだ!」
「ちょ、ちょい待ち…」
一旦会話をやめて、送られてきた写真の数々を見る。色んなポーズで撮られたプラモの写真だった。
「おーーっ!!」
思わず、感嘆の声が上がった。流石、PG!稼働域が広い。ポージングがカッコイイ!
「いいべ?最高だべよ!」
電話の向こうのタケのテンションも高かった。
「念願のスタンウェイ機を組み終わったから、今からお前んち向かうわ!」
「えっ!?来るの、今日だったのかよ!?」
「言ってなかった?」
「言ってねーよ!」
「すまん…。お詫びに先日貰ったいいハムとか持ってく。」
「許す。」
「あと…。ユウに頼みたい事あるから、よろしく。」
「何?」
「着いたら話す。あ、お前んとこ、来客用の駐車場ってあったっけ?」
「あるよ。何?車で来るの?」
「荷物あるし。」
「なんだよ?いい歳して戦隊ロボ持って新幹線乗るのが恥ずかしい、ってか?」
「いや、それ以外がかさばるんよ…」
「?」
「ま、いーや。他に欲しいモンあるなら持ってくけど?」
「酒とつまみ位?」
「あー。お前、ポン酒派だっけ?おっけ~!まかせろ。じゃ、またついたら連絡する。今日何時上がり?」
「順当に行けば、ホワイト企業の五時。」
「りょーかい!じゃ、後でな!」
通話を終えて残りの麺をすする。今日はイレギュラーな電話がかかって来ない事を祈るばかりだ。
午後四時半。溜まっていた経費精算等をしながら、時計を見る。このまま順当に行けば、五時ピタで上がれそうだ…。
その時、電話が鳴った。嫌な予感がした。電話を受けた高木さんがこっちを見た。
「広田さん…。笹カマさんが、今から澱粉三袋と大豆五袋持って来て欲しいって…」
……。だから、いつも言ってるのにっ!!込み上げる物をぐっとこらえて立ち上がる。
「配達後、直帰します…。」
「おう。すまんがよろしくな!」
所長が右手を上げる。
「行って来ます。」
ちょっとムカムカしながら向かった先で、今日出て来たのは社長じゃなかった。
「いつもいっつもすみません!」
両手を合わせて拝んで来たのは、可愛い女性だった。
「あ、いえ…。こちらこそ、ご注文どうもありがとうございます。」
「父から聞いてます。広田さんは小口注文でも嫌な顔一つせずに持って来てくれるいい人だって。」
父…という事は、社長の娘さんか!
「社長は?」
「父は…、昨日交通事故に遭って、今入院してるんです。」
「ええっ!?大丈夫なんですか?」
「えぇ…。大した怪我ではないのですぐに退院出来ると思うんですけど、頭を打ったので念の為…。ただ…、それで弱気になったみたいで…。もしかしたら、会社を畳む事になるかもしれません…。」
「ええっ!?」
小口注文ばかりといえど、塵も積もれば山となる。継続して注文してくれるお客様がいるのといないのでは大違いだ。いなくなられては困る。
「そんな…。社長、考え直してくれませんかね…」
「どうでしょう…。震災もあって、そこから漸く持ち直したと思ったらこの不景気で…。うちの蒲鉾を買って下さるお客様も大分減ってしまいましたし…。そこに加えて、今度から始まるインボイス。更に新札が発行されたら、売店のレジも新しくしないといけない事を考えたら、そろそろ潮時なんじゃないかって…。」
「あぁ~…。」
確かに!中小企業を取り巻く環境は年々悪くなる一方だ。国のお偉い方々はお坊ちゃま育ちだから、こういう末端の人々の暮らしを考えられないんだろうなぁ…、と溜め息が出る。
「あの…。お見舞いに行きたいんで、入院先を教えてもらってもいいですか?」
「えぇ。あ、そうだ!良かったら、これ食べて下さい。」
娘さんから焼きが強くなってしまったお勤め品をもらった。
笹カマさんを出て、所長に電話する。お得意先だから、経費で果物詰め合わせでも買って見舞いに行っといてくれ、と言われる。病院に確認したところ、今日の見舞い時間は終わってた。明日は十時かららしい。
「はぁ…。」
とりあえず、今日出来る事はもう無い。タケに「仕事が終わった」と電話する。
「御疲れ~、社畜。」
「今、どこよ?」
「パチ屋。暇つぶしで打ったスロットが当たって、ダラダラ打ってた。さっき丁度ゾーン抜けたからトイレに来た所。丁度いいからやめるわ。」
「メシどうする?」
「出たから、奢る。何がいい?ピザ?寿司?中華?」
「刺身がいいな。」
「ほーん…。じゃ、お前んち行く途中のスーパーでテキトーに買ってくわ。」
「ん。イカ刺しはマストな!」
「おっけ。じゃ、お前んとこの駐車場で。」
「ん。」
営業車のまま自宅に向かう。単身者用の1DKマンションだが、田舎だから駐車場は広い。来客用もある。週末だからか、空きスペースが一つしかなかったから、自分の車をそこに停めた。車内でスマホチェックをしながらタケを待つ。暫くして、黒のワンボックスカーがやって来た。
「タケ!ここに入れて!」
車から出て、タケに大きく手を振る。
「おー!」
開けたスペースにタケが駐車する。俺はいつもの場所に車を移動した。
「ほい、これ!頼まれてたやつ!」
真っ先にPカメラの袋を渡される。中にDX虹魔神が入ってた。
「これこれっ!」
「ちゃんと初回限定メダルも入ってるから!」
「サンキュー!」
「あと、つまみ。色々持って来た。持つの手伝って。」
「あいよ。」
後部座席からデカいクーラーボックスが出て来た。ずしりと重い。
「じゃ、行くべ。ユウんち泊まるの、久し振りだな。」
「そうだな…。夏以来か?」
「だな。」
そんな話をしながらエレベーターで五階に上がる。軽くシャワーを浴びて部屋着に着替える。
「タケは?」
「オレも先に浴びるわ。したっけ、飲んだらそのまま寝れる。」
「おう。」
タケが風呂から出てからおもむろにクーラーボックスを開けると、中から入手困難な日本酒が出て来た。
「獺祭っ!十四代っ!?どうした、これっ!?」
「親父が貰ったやつだけど、すぐに飲まねーみたいだから「ユウへの土産にする」って言って、貰って来た。」
「マジで!?親父さんによろしく言っといて。」
「ん。あと、なんかもらったペリーヌとかハムとか色々。あと、こっちは買って来た刺身とか唐揚げ。」
「ご馳走じゃん!あと、ペリーヌじゃなくてテリーヌな。」
「なんでもいーじゃん。とりあえず、飲もうぜ!」
「飲む飲む!ポン酒も冷えててサイコー!!」
オンラインで飲むのもいーけど、やっぱ顔付き合わせて、つまみをつつきながら一緒に飲むのが最高だよな!気心知れてるタケ相手に、俺はついつい愚痴ってた。
「――そんな訳で、得意先がいっこなくなりそうなワケよ!あ、これ、そこで作ってる練り物。良かったら食べて。」
「ん。」
適当に切ったのを楊枝で刺して口に入れたタケが叫んだ。
「なにこれ!うめーじゃん!」
「だろ~?いいすり身使ってんだよ!添加物も最低限だしさ~!味は太鼓判なんよ!俺の得意先の中ではイチオシ商品のお豆腐蒲鉾なんだよ!だけど…、どんなにいいモノ作っても、高くてなかなか売れないんだわ…。この不景気じゃぁ、皆、スーパーで売ってる澱粉マシマシのやっすい竹輪を買っちまうからさ…。はぁ~…。どうしたもんだが…。」
立て続けにお豆腐蒲鉾を口に入れてたタケが口を開いた。
「そんなら、ユウが販促してやりゃあ、いーじゃん。」
「簡単に言うなよ。こちとら色んな販促案を持って行ってるけど、全部断られてんだよ。」
「例えばどんな?」
「可愛いキャラや、地元の武将にちなんだ文字を焼き印で入れるとか、贈答用の箱のリニューアルとか。ほら、そこにもあるだろ。京都のここのメーカーみたいに一番上に出すフタの柄で季節を表すようにすれば、通年使えるし。あと、PAとかで売れるように串刺しにしたものとかさ~ぁ…。」
「へ~…。色々考えてるんだ。そーゆーとこ、商社マンって感じだな。」
「サンキュ。でも、やってるこたぁ、丁稚みたいなもんだよ。」
「そう言うなって!でもさ…、ユウが提案したそれ全部、向こうに手出ししてやってもらう形じゃん?小さい所は余力無いから、無理っしょ。」
「…そう、なんだよなぁ…」
はぁ、という溜め息と共にポン酒を飲みこむ。美味い酒が、ちょっと苦く感じる。
「そこで!だ!」
ぐっとタケが身を乗り出した。
「ユウが体を張って宣伝してみない?」
「え?何?俺がマネキンになって試食販売しろって事?」
「違う違う~!動画サイトとか使ってやってみぃひん?」
「無理無理!余程の事がなきゃ、そんなんやったって、誰も見向きもしないよ。」
「おいおい…、やる前から全否定すんなよ。」
「だってさぁ…。」
「まぁ、聞け!オレ、ユウに頼みたい事あるって言ったやん?」
「あぁ、何?」
「それ絡みでいけそうなんで、ちょっとこれ見てくれん?」
そう言うと、タケは鞄からデカいタブレットを取り出した。
「どうよ?」と画面を見せてくる。そこには、何かのヒーローのマスクやガワが映ってた。
「へぇ!カッケーじゃん!何これ?来年やる特撮のスッパ抜きかなんか?」
「カッコイイ?」
「あぁ。」
「好きか?」
「かなりね。」
「よっしゃー!!」
そう言うとタケは大きくガッツポーズをした。
「何?」
「これさ、オレがデザインしたの。」
「マジッ!?」
「そ。で、実は既にガワも作っちゃったんだよ!」
「えー!どうやって?」
「そこはカネとネットで知り合った人脈にモノを言わせた。」
「金持ちめ…」
そう、タケんちは金持ちだ。親が地元で不動産会社をやっている。マンションも何棟も持ってて、いわゆる不労所得で暮らしてる。
「そう言うなよ。自分の意志とはカンケ―なく将来の仕事が決まってるっていうのも、つらいもんだぜ。」
「はいはい…」
タケの苦労も分かる。苦悩も知ってる。中学時代、サッカー部に所属した俺と違って、下手に金を持ってる陰キャだったタケは、カツアゲ等のイジメにあって不登校になった。「学校行こうぜ」と何度も誘うも「行かん!」と言いきったタケはそっから色んな資格の勉強を始めた。そんで、どんどん取得していった。高校は通信制を選んでた。そんな訳で、あまり顔を合わさなくはなったが、その時は既にSNSがあったので、タケとはずっとそれでやり取りしてた。特撮やアニメを同時視聴しながら、感想をチャットで言い、お互いの考察を検証しあった。好きなプラモやフィギュアが出たらすぐ買うタケのコレクションも見せてもらった。積みプラする奴も多いが、タケはすぐに組みたい派だ。集中すると他を忘れる。食べようとしたカップ麺にお湯を注いでそのまま三日放置した事もある男だ。本人は「オレ、知的グレーゾーンなのかもしんねぇ…」ってたまに悩んでる。「学校もまともに通えなかったし、ユウみたいに会社勤めは出来ないかも…」ってガックリしてたのも知ってる。
そんなタケだが、顔を合せないSNSでなら対人関係を深められたようで「こないだ趣味の合う奴等とオフ会したわ」と聞いた時はビビった、俺はそういうのが苦手だからだ。ずっとやってるオンラインゲームで同じ商会に属してる人達とも一度も会った事がない。ネットで気が合う奴とリアルで気が合う奴は違う気がして、どうもなぁ…。だって、ネット上では多かれ少なかれ、人はキャラを作ってる。そういうのがバレるのが嫌、ってのもある。
「…チャットで話してて薄々想像はしてたんだけど、会ってみたら皆いい歳したオッサンだった。バブルがはじけた後の氷河期世代?結婚もしないで趣味に精を出してる人達でさ。そん中の一人が造形会社に勤めててさ、デザイン見せたら作ってくれたんよ!マジ感動したわ!」
「へぇー…。」
「で!作ったはいいが、自分が着たら見えねーじゃん?オレ、標準より背も低いし。」
「あぁ…。」
「だから…、ユウに着て欲しいんだよ!で、ポージングしてオレに写真を撮らせてくれっ!」
「はぁっ!?」
「頼むっ!一般成人男性サイズで作ってもらったから、ユウなら着られるっ!お願い聞いてくれたら、今回の代金もいらんし、今度また出る追加ロボも買ってプレゼントするからっ!!」
土下座までしてきた…。
「ちょっと待て、タケ。とりあえず、顔を上げてくれ。」
「着てくれるのかっ!?」
ガバッと顔を上げる。その目は期待に満ち溢れていた。
「あ~…、いや…。まぁ…、うん…。それはいったん、置いといてだな。それと笹カマさんがどう繋がるんだよ?」
「お前がガワ着たCM動画を作るんだよ!」
「へぁっ!?」
変な声が出た。人間予期せぬ事が起こると予期せぬ声が出るものだ。
「知り合いに動画編集出来る奴もいるし!趣味で音楽作ってる奴もいるから任せろ!」
「いやいやいや…!」
こんな所で、急に人脈の広さを自慢するな!
「俺の一存でそんなの決められるワケねーべや!」
「じゃあ、そこの社長に会わせてくれ!許可をとる!」
「…明日、入院先に見舞いに行くから一緒に行くか?」
「行く行くっ!」
Ⅲ
かくて。社長のお見舞いに何の関係も無いタケも同行する事になった。
「スーツじゃないとまずいか?」
「いや。土曜だし、スーツだといかにも「義理」って感じだから私服でいーべや」と言うタケに従い、見舞い品を買いに行く。
「果物詰め合わせを買えばいいかな?」
「生モノは日持ちの関係があるから、ゼリーの方が無難よ」とタケが言うから、それにした。
「じゃー、俺は花でも買ってくわ。」
タケはそう言ってプリザーブドフラワーを買った。
「これなら、花瓶無くても大丈夫だべ。」
それから二人で社長の入院先へ向かった。
受付を済ます。タケはおもむろに黒縁眼鏡を掛けた。
「なんだ?視力わりーの?」
「いや…。初対面の人に会うと緊張するで、おまじないの防具みたいなもん…」
…こういうトコ、昔イジメられた時の後遺症なんだよなぁ…。
「大丈夫だよ。」
そっと肩を叩いて、病室のドアをノックした。
「はぁ~い!」
中から返事がして、ドアが開いた。昨日会った社長の娘さんが顔を出した。
「あら、広田さん!本当にお見舞いに来て下さったの?」
「えぇ。社長、大丈夫ですか?」
「おう!広田君!土曜なのに、わざわざすまんね…。」
「いえ…。これ、大したものじゃありませんがお見舞い品です。良かったら召し上がって下さい。」
それから、タケを紹介しようと振り向くとドアの所で固まってた。
「タケ。どうした?」
「び、美人おった…。ビビった…。」
「落ち着け。あの人は社長の娘さんだ。」
「わ、分かった…。あ、あの…。こ、これ、どうじょ…。」
緊張でタケが噛んだ。娘さんはそれを聞き流して、プリザーブドフラワーを受け取った。
「ご丁寧にどうもありがとうございます。」
「い、いえ…」
消え入りそうな声でタケが言う。これがコミュ症のオタクである。基本引き篭もってるタケは妙齢の女性(但し、美人に限る)に滅法弱い。
「広田君、そっちの方は?」
気になった社長が声を掛ける。
「あ、こっちは俺の地元の友人で…」
そこまで言ったら、後をタケが継いだ。
「お、お初にお目にかかります。私、こういう者でして…」
ポケットから名刺入れを出し、名刺を渡す。
「竹本譲と申します。今回、一つの提案をしたくてやってまいりました。」
そこから、スイッチの入ったオタクが熱く語り出した。制作したガワを使って御社のお豆腐蒲鉾を宣伝してみたい、と。一種の実験みたいな物だから、費用は一切貰わないことなどを滔々と語った。
「…いかがでしょう?」
一気に喋り終えてから聞いた。
「ふぅ~ん…。まぁ、こっちが一切お金を出さずにそっちが勝手に宣伝してくれる、って言うならやってみてもいいんじゃないかな…。」
社長が言った。
「マジっすか!?」
「でも…。なんで、うち?」
不審気に問う社長にタケが言った。
「昨日、ユウんちで食べた御社のお豆腐蒲鉾が旨かったからです!無くなるのは惜しい!って素直に思いました。ユウも味に太鼓判を押してたし!どうです?一回位パァーっと弾けてみませんか?」
それを聞いた社長が笑った。
「そうだな…。どうせ会社を畳むなら、その前に花火を打ち上げてみてもいいか。」
「お、お父さん…。いいの?」
「だって、勝手に宣伝してくれるんだろう?それで、注文が増えれば儲けモンだ。」
「そ、そうだけど…。」
娘さんがこっちを見た。
「あ、あの…っ!広田さんがいい人だって知ってますけど、その…本当に…後からお金を請求したりはないんでしょうね?」
念を押される。俺達は詐欺師か何かか…?
「勿論です!こちらの趣味に協力していただく形になるので、なんなら少額のお礼金を払ってもいい!」
タケが言った。スィッチの入ったオタクはもう女性に臆する事は無い。
「趣味でこういったガワスーツを動画サイトに上げても、何か特色が無いと注目されないんですよ。なら、企業アピールの一環として、商品をメインにした方が注目度が上がる。こちらは完成したばかりで、市町村や商店街に売り込むに行くのもまだですが、練り製品を扱う御社と相性のいいブルーメタリックのボディ!攻撃武器はシューティングガン!これで焼き目を付ける動画にしましょう!大丈夫!撮影もSEもBGMも映像処理も全部こちらでやります!」
「それは…お金がかかるんじゃ…」
「大丈夫!ご心配には及びません!」
眉をよせる娘さんの前で、タケは鞄からタブレットを取り出した。それから、はっと我に返って質問した。
「あの…。えーと…。この部屋はWi-Fiとか使ってもいい部屋ですか?」
「あぁ。」
「では、失礼して…。」
そう言うとタケはスマホに何やら打ち込んだ。それからタブレットを開く。何やら、操作してから、こちらに画面を向けて来た。それは、俺もオンライン会議や飲みで良く使うアプリ画面だった。但し、その分割された画面に映るのが、怪しい仮面をかぶった人だったり、立ち上がったダンゴ虫のアバターだったりでカオスだった。
「あー、あー。こちらT・A・K。急な呼び出しに応えてくれて感謝する。例のプロジェクトだが、協賛してくれる会社が見つかった。こちら、宮城県で美味しいお豆腐蒲鉾を作っていらっしゃる笹川蒲鉾さんの社長さんだ。」
「おおー!」「あざます!」「よっしゃー!」と画面の向こうがざわめいた。
「え…。こちらの方々は?」
社長が恐るおそるタケに聞く。
「オレのネット仲間です。こいつらが全面協力致します。な?」
「はいは~い!撮影ならお任せ!のカメコ46号です!」とリアルなアオウミガメが喋った。
「SE及び簡単な楽曲制作ならお任せ下さい」ダンゴ虫がお辞儀した。
「お…おおう…」
イマドキに圧倒された社長は頷くばかりだが、画面に映る人々(?)からの提案でどんどん草案が決まっていく。
商品を作る工程を映し、最後にヒーローが焼き印をつけて手に持つ。それを持って、宮城の海を背景に「おいSEA(美味しい)!ヘルSEA!」とポーズを取り、最後に笹川蒲鉾のオンライン販売のホームページを表示するという流れだ。
「いいんじゃないかな…。」
社長が言った。
「す、すごいですね…」と社長の娘さんが画面を覗き込んで言った時、画面の向こうから「誰っ!?」と複数のツッコミが入った。
「あ、すみません…。こちらにいる笹川の娘の彩です。先程から皆さんのご提案を有難く聞かせていただいてました。」
ぺこりと頭を下げる。アオウミガメが言った。
「彩さん!あんた、ワンカットでいいんで、動画に出て下さい!」
「ええっ!?私っ!?」
「ナイスアイディア!」
どこかの怪しい民族のお面をかぶった人物が喋った。
「道の駅で実証済ですが、人間は生産者の顔が見えると安心します。貴方は自社製品を持って映るだけでいいんでヨロシクお願いします!」
「は、はぁ…」
「じゃ~、いつ撮影する?」
「早い方がいいんじゃね?」
「じゃ、来週末?」
「皆、都合つく?」
「こ~んな面白い事逃すワケねーじゃん!何の為に有休があると思ってんだ?」
「そうそう!」
「うち、土日休みだから余裕♪」
トントン拍子で話は進み、来週末に工場で撮影する事になった。
「来週末なら退院出来るし、なんだか楽しみだよ。」
社長がにっこりした。
娘さんに見送られて、俺達は病院を後にした。
Ⅳ
あれから、タケの車に積まれていたガワを俺は自室で着た。憎たらしい位にジャストフィットだった。
「いいね~、いいね~!はい!次、こっち目線ちょうだい!足開いて腰もう少し落として。そう!そのポーズ!サイコーッ!!」
どこぞのエロカメラマンみたいな科白を吐きながら、タケはバシバシ写真を撮った。
「よ~し、よしよし…。ホントは屋外撮影もしたいけど、それは来週だな…。それまでにどの画角が一番映えるか、チェックしねーと…。とりま、撮ったの連中に送って背景はCG加工でもしてもらって、様子をみるか…。」
持参したPCにカメラを繋いで、今撮った写真データを映していく。
「はぁ…。すげーな、タケ…。」
頭の被り物であるマスクを取って話しかけたら「お!レアショット!」と言いながらまたタケが写真を撮った。
「ガワスーツで顔だけ出てるのいいよな!オレ、マスク割れが性癖だわ。」
「分かる!ダンガイオーで、レッドがヒロインを庇ってマスク割れたの、神回よな!」
「42話っ!熱かったよな!」
瞬時に話数が出てくる辺りがオタクだ。脳内データベースどうなってんだ?
「でもさ。オレがスゴイ訳じゃなくて、つるんでるおっさん達がすげーんだよ。皆そんだけスキルあったら仕事なんかよりどりみどりだと思うじゃん?でもさ、ベビーブームの氷河期世代だから、全然就職出来なかったんだって…。派遣でカネねーから結婚も出来なくて、一人で出来る趣味に邁進してたら色々スキルアップしたんだってさ。で、友達が欲しくなってネットで色々してるうちに知り合ったワケ。」
「へー。ちなみに何のコミュニティ?」
「アーク・ウイング。」
ニヤリと笑う。往年のロボットアニメだ。リメイクもされたシリーズモノ。先日タケが買ったスタンウェイ機みたいな高価格帯のプラモデルが近年良く発売されるのは、その年代の購入層の厚さからだろう。
「へー。なんか、皆すげーな…。俺、今の会社クビになったら何が出来るのかな?履歴書に書ける資格、運転免許しかないわ。」
「オレ、そこそこある。簿記にFP、宅建。危険物取扱とか…。」
「流石、タケ!」
「いや。持ってるだけで、内容ほぼ忘れたわ…。でもよ、いっくら資格持ってたって、肝心の対人スキルがゼロだもんで、オレに会社勤めは無理…。親の会社でスネ齧ってるのがお似合いだわ。その点、ユウはすげーよ!営業なんて、オレには無理!だって、知らねー人に話し掛けるんだろ?」
「うん。だけど、ほら、行く会社が扱う商材は分かってる訳だから、会話の糸口はあるし!」
「…あっても無理だな…。今日もオレ、娘さん見て噛んだし…。人に見られると…どうにも視線が刺さって痛いんよ…。」
「そっかぁ…。ま、ちょっとずつでいーじゃん。ネットで会った人達は大丈夫なんだろ?」
「ん。」
そんな事を話しながら、タケはまだ人が怖いんだと思った。過去のイジメがここまで尾を引いているとは、イジメた奴等は夢にも思ってないんだろうな…。
*****
そして金曜日が来た。今日は定時で上がれた。先週からずっと俺の部屋に居座っているタケは仲間を迎えに行ってる。今日は地元のホテルで落ち合う事になっている。有名人が覚醒剤を使った事で一躍有名になったホテルだが、大したホテルではない。田舎だから、数が少ないというだけだ。一度家に帰って着替えてから、そのホテルへと向かった。
「こんばんは。」
タケに教えられた部屋のドアを開けたら、おっさん達が笹カマさんのお豆腐蒲鉾を食べながら盛り上がっていた。
「おう!お疲れさん!」
「君がユウ君?よろしくな!」
フレンドリーに挨拶される。
「あ…。どうも。タケの友人の広田雄馬です。今回お世話になります。」
「いいね、腰回りがしっかりしてる。ちょっと色々チェックしたいんで、早速だけどガワ着てもらっていいかな?」
「は、はぁ…。」
こっからは残業みたいなもんだ。でも…、楽しい。昔憧れたヒーローになれるから。
「いいね!そのままファイティングポーズとってみて!」
「その状態からこのガン持ってみて。」
「う~ん…。」
「…工場内はさ、やっぱりガワの上から衛生帽子、マスク、作業用白衣を着せて撮ろう。後々クレーム案件になっても困るしな。」
「だな…。」
「あ、そうそう…。俺、焼き印作って来たよ!」
「流石、山さん!」
「どうよ、これ!」
山さんと呼ばれた人が鞄から出したのは、工程の最後に焼き目を付ける焼き印だ。
「作業しやすいように電気ゴテ式にした。押すとこうなる」と図案も見せてくる。
タケがデザインしたオリジナルヒーローの顔が可愛くディフォルメされていた。
「いいじゃん!」
「ぽりりんさんがディフォルメしてくれたんや。動画の隅っこにクレジットだけしてくれたらええって!サイズ確認してなかったんやが、この四角いお豆腐蒲鉾にちょうどええサイズやった!さっすが俺!やんなぁ!」
「ひゅーひゅー!」
このノリ…。なんか…、大学のサークルを思い出した。皆好き勝手に好きな事してるのっていいよなぁ…。社会人になってからは忘れていた感覚だ。海の波をイメージした決めポーズ(「おいSEA(美味しい)!ヘルSEA!」の二種)も無事決まった所で、俺はガワを脱いだ。
「ふーっ…」
「御疲れ、ほいこれ!」とタケに缶の菊水を渡される。
「どうも…。」
パカッと開けて、ぐびっと飲む。俺はポン酒派。ビールより断然美味い。
明日の行動予定をきっちり決めた後は、ただの飲み会に移行した。明朝合流する人達もいるらしい。十時まで飲んで騒いでから、タケと二人、代行で俺の家に帰った。
「ただいま~。」
上機嫌でタケが言う。
「お前んちちゃうぞ!」
「うん、知ってる。でも、いーやん!あ~!明日、楽しみやなぁ!」
待ちきれないって感じの満面の笑顔だった。
「だな…。」
「ユウも?」
「あったり前じゃん!仕事で蒲鉾の着ぐるみを着る事はあっても、カッコイイヒーローのガワ着るんは初めてだし!」
「え?仕事で着ぐるみなんか着るの?」
「あぁ。小学校の出張授業で地元特産品について学ぶ時があって、それの手伝い。毎年絶対キックしてくるクソガキいるし、暑いしで地味にキツイ。けど、今の営業所の一番の下っ端俺だから…」
「そっかー。ユウも色々大変なんだな…。」
「ま、それでカネ貰ってるからね。」
「社畜ぅ~!」
「うっせ!」
ごちんと軽く小突いてやった。
「ごめんごめん…。でも、ユウはすげーよ!だって、昔からの夢を叶えたわけじゃん?」
「あぁ、『サラリーマンになる』な。」
「そ!有言実行!幼稚園の時の夢を叶えてる奴なんざ、そうそういねぇ!すごいよ、ユウは!」
「他の奴等には馬鹿にされたけどな…。先生にも「ユウ君、もっと大きな夢持とうよ」って言われたなぁ…。」
「さゆりちゃんだっけ?」
「そ。さゆり先生。なっつかしーな!今頃、何してんだろ?」
「分かんね。結婚して今頃は自分の子の世話してんじゃねーの?」
「なら、いいな。」
「ん。」
「俺さ、今、さゆり先生に会えたらこう言うわ。「先生、俺、夢二つ叶えました!」って。」
「?」
「だって、俺、サラリーマンの前はヒーローになりたかったから!」
それを聞いたタケが大きく笑った。
「明日、楽しみだな!」
「おう!早く寝んべ。」
Ⅴ
翌朝。コンビニでお握りを買って食べながら、タケのワンボックスで昨日のホテルへ向かう。皆、駐車場で待ってた。昨日より人数が増えてた。
「じゃ、ついてくんで、ナビよろしく。」
「電車組はばらけて乗って。」
「あい。」
「よろしくー。」
「お邪魔します。」
皆口々に言って適当に分かれた。タケのワンボックスには二人乗って来た。
「どもども。」
「よろしく」
和気あいあいとしゃべりながら、海沿いにある笹カマさんの工場へ。
工場では社長と娘さんをはじめとする従業員一同が待っていた。
「おはようございます。社長、今日は皆さんお休みの筈じゃ…?」
「うん、そうなんだけど…。話したら、皆「見たい」って言うから…」
「はぁ…。」
参ったな。知り合いは社長と娘さんだけだと思ってたのに…。ちょっと頭をかいた。
「広田君、よろしくね!」
「はい…。」
ここまで来たらもう腹をくくるしかない。俺と同行者一同は衛生服に着替えた。カメラやレフ版を持ったおっさん達が工場内にぞろぞろと入って行く。
「それじゃ、そっちの準備出来たら、製造ライン動かすからね。」
「はい。最初の工程から録画していきます。じゃ、打ち合わせ通り、ボーさんチームは作ってる所を順番に撮ってって。カメさんチームは最終工程の撮影を気張ってヨロ。ユウはコテ持って、そこで待機しててくれ!」
コミュ症どこに置いてきた?って感じで、タケがてきぱきと指示を出す。皆が持ち場につくと、タケは言った。
「社長!よろしくお願いします!」
「あいよ!」
製造ラインが動き出す。すり身をはじめとする材料が練り合わされ、四角く成形された物がじっくり焼かれて出てくる。ヒーローのガワを着た俺は、そのうちの一つに焼き印を押す。ジュッ…と音がして、こんがりと茶色い線で描かれたかわいいディフォルメヒーローの焼き目がついた。「OK!」の声が掛かるまで、ひたすらそれを繰り返す。
「オッケーです!ライン止めて下さい。」
「あいよ。」
だが、作ってる物が一段落するまでは終わらない。暫く待って、ようやく止まった。
「どうだい?」
「どんな感じ?」
「美味しく撮れた?」
従業員の皆が持ち場から離れて一斉に寄って来る。工場にある休憩室に移動してから、各々が撮った映像をモニターに映して笹カマさんの社員一同に見せた。
「いいね。」
社長が満面の笑みで頷く。
「これ全部を使う訳ではありません。これはあくまで素材です。」
そう言うと、焼き印がついたお豆腐蒲鉾を差し出してカメさんが言った。
「じゃ~、次は彩さん。これ持って下さい。動画と写真どっちがいいですか?」
「あ…。はい…。じゃあ、写真で…」
「彩ちゃんだけなの?」と声が上がる。
「美人さんだもんで。宣伝部長になってもらおうと思って。」
「皆一緒でいいじゃない!」
おばちゃんが言った。
「作った動画は世界に向けて発信されますが…、映っても良い方はどうぞ…」
「いい、いい!」
「こんな事滅多にないもんなぁ!」
「なら、俺も記念に…」
皆ぞろぞろ集まった。なぁんだ、皆映りたかったのか、と俺達は笑った。
「じゃあ、今日は晴れてるんで屋外で撮りましょう。工場の前に皆さん固まって下さい。」
そんな訳で、カゴに入れた焼き印入りのお豆腐蒲鉾が良く見えるように持った彩さんを中心に笹カマさんの従業員一同が集まった。勿論、社長も真ん中にいる。
「じゃ、いきますよ。」
山さんの合図で、皆が声を合せる。
「せーの!」
「「「笹川蒲鉾特製、お豆腐蒲鉾だっちゃ!」」」
皆、品質に自信のある笑顔だった。念のために2テイク撮って終了した。
「ありがとうございました。」
従業員の皆さんが帰った後、休憩室でもう少し打ち合わせをした。
「焼き印付きはあくまでランダムってことで、注意書きを入れておきます。ただ、それだとこの企画に意味がなくなってしまうので、千円以上注文していただいた方に付けるポストカードを作って配布しましょう。」
「え?ポストカード?」
「あ、ご心配には及びません!こちらで用意いたします。」
まさかの経費発生?と身構えた社長の不安をタケが瞬時に打ち消す。
「今日、来られんかったけど、この焼き印のデザインしてくれたぽりりんさん、印刷所に勤めてるさかい、社割で少し安く刷ってもらえるんですよ。」
山さんが横から言った。
「そんなワケなので、動画編集をする間に良いカットと御社の製品とロゴが入ったポストカードを作ってお送りしますので、配布の方ヨロシクお願いいたします。えぇと、直営の店舗が六店と自社通販のみってことで、とりあえず一万刷っときゃいいですね。」
「い…一万っ!?」
「そ、そんなにはいらないんじゃないかしら…」
社長と彩さんが不安げに言った。この企画がコケる心配をしたのだろう。
「まぁまぁ…、こういうのは余る位でいいんです。大々的に始めたのに、すぐに配布終了じゃ逆にクレーム案件になりますからね。なぁに…!俺のカネで刷るんで、残ったら俺が全部ひきとりますよ。」
タケはそう言って笑った。
「じゃ、じゃあ…」
彩さんが頷いた。
それから俺達一行は海へと移動した。笹カマさんのすぐ近くだと大きいスーパーがある事もあって人目が気になるので、会社の営業所のある卸団地に近い海に行った。タケのワンボックスの車内で着替える。
ガワを装着して出ると、タケは一眼レフ、タケさん、ボーさんはビデオカメラを手にしてた。
「じゃ~、早速いってみよー!」
山さん達はデカいレフ版を手にしていた。照り返される太陽光が眩しい。身内のコスプレ撮影会に過ぎないのに、自分がヒーロー番組の主人公になったみたいで気分がいい。だから、屋外だけど、恥ずかしいという気持ちを捨てた。大きく腕を回す。首を左右に振って、足踏みをする。うん…、気分も体調もオールグリーンだ。グラウンドで走り回っていた高校時代を思い出した。身体も軽い気がする。これなら…。
「よっしゃ!行くぞ!」
俺はそう言うと大きく後退した。タケ達がが構えてるカメラの前で渾身のポーズを決められるように…と目測し、一歩を勢いよく踏み出す。一歩、二歩、三歩…で踏み込んで側転からのバク宙を決める。
「おおっ!」
「マジかよっ!?」
「すげっ!」
「やる~ぅ!」
歓声が聞こえた。嬉しかった。そのまま、いい気分でポーズを決めた。
「おいSEA(美味しい)!ヘルSEA!」
Ⅴ
その後、納品に行く度に社長をはじめとする社員の皆さんに「もう出来た?」と聞かれるも、動画が完成したのは三週間後だった。
「お待たせして申し訳ありませんでした。あ、ポストカードはもう届きましたか?」
笹カマさんの休憩室で、何やら機械をいじりながらタケが言う。
「来た来た!なかなかいい感じだった。一種類だけかと思ってたら、四種類あるんだね。」
「えぇ。一つに絞り切れなかったので、四種二千五百ずつの計一万枚にしました。」
目を合わさずに、タケが言う。
「あ、接続出来ました。では、皆さんあちらをご覧ください。」
タケが顔をあげた。休憩室の白い壁にパソコン画面が映ってた。
「わぁ、おっきい!」
おばちゃんが声を上げる。
「こないだみたいに皆でモニターを覗くんじゃ見づらいと思ったので、今日はプロジェクターを用意しました。折角なら、大画面で見て欲しかったもので…」
『ここ宮城県の片隅で今日も働くヒーローがいる。』
そのナレーションで、笹カマさんの工場の全景が映る。カメラロールがそのまま工場内に入り、すり身をはじめとする原材料が練り合わされていく様子を映し出す。成形、焼きまでの工程も映し、最後に焼きあがって出て来た所を「ジュワッ!」と焼き印を押す衛生服をまとったヒーローが映る。そこに「おいおい~、困るよ。勝手にそんなの押しちゃあ…」と社長の声が入る。怒られてシュンとするヒーロー。実はここは、後日撮り足した。
焼き印の入ったお豆腐蒲鉾を手になにやら力説するヒーロー。ヒーローの音声は入れてない。
「何?俺が頑張って売ってくる?馬鹿言うんじゃない。そんなんで売れたら、うちはもっと有名になってる。やれるもんならやってみろ!」
ほぼ棒読みの素人芝居だが、逆にそれが動画向きだった。社長にたきつけられて、工場を出て走りながら衛生服を脱ぎ捨てるヒーロー。
踏み込む足元からカメラロールがあがって、宮城の海を背景に側転からのバク宙で決めのポーズが入る。
「おいSEA(美味しい)!」のポーズと字幕に合わせて「上質な白身魚と大豆のハーモニー」、「ヘルSEA!」のポーズと字幕に合わせて「カルシウムも!タンパク質もこれでOK!」の字幕が大きく入る。そして最後に従業員一同が言う「笹川蒲鉾特製、お豆腐蒲鉾だっちゃ!」の場面が入り、商品一覧が映る。その後、焼き印入りはレアな事と期間限定で千円以上お買い上げ時にランダムヒーローポストカード配布(無くなり次第終了)の案内が入り、笹カマさんのHPのURLが大きく表示される。その下に動画を撮る際に協力してくれたメンバー名がクレジットされてる。最後に大きくヒーローのマスクのアップが入って終了だ。
「おお~!」
動画を見た従業員一同から、感嘆の声が上がった。
「思ったより、いいじゃない!」
「社長が大根過ぎる!」
「これで売り上げ上がったら、ボーナス下さい!」
皆、好き勝手な事を言って盛り上がってた。
「いかがでしたか?気になる所がなければ、アップロードしますけど…」
「いい、いい!」
「あげちゃって!」
「では…」
タケがクリックして、動画サイトに今見た動画が上がった。
「これで、世界中の人がこの動画を見る事が出来るようになりました。売上がアップする事を祈ってます。」
早速、自分達のスマホで見て盛り上がる皆さんに挨拶をして、俺とタケは笹カマさんを後にした。
「どうなるかなぁ…」
「さぁ?こればっかりは分かんねぇ…」
俺の家で、社長にもらった蒲鉾をつまみに飲みながら二人で話す。タケのタブレットで昼にあげた動画をチェックする。再生数は百ちょっと。おそらくこれは従業員の皆さんの身内の閲覧だと思われる。概要欄への書き込みも今の所無い。
「ま、しばらくは様子見かね…。そもそも無名の俺らの動画がそう簡単にバズるワケねーし!」
そう言ってタケが笑った。俺は少し心配になった。
「でも…。お前今回結構カネ使ってたじゃん。動画が鳴かず飛ばずだとカネをドブに捨てた気にならん?」
「なんねーよ!だって、オレ、今回すげー楽しかったもん!」
「楽しいだけで、そんなに散財出来るものなのか…」
俺には無理だ。
「まぁ、気にすんな!」
そうして、タケは帰って行った。動画の伸び具合が気になって、ちょくちょくチェックしているが、今のところバズる気配はない。当初盛り上がってた笹カマさんの皆さんも、身内以外からの反応が無くてがっかりしているのをひしひし感じて、営業及び配達に行くのに肩身が狭い今日この頃だ。
Ⅵ
動画をあげた熱が冷めた一か月後、それは突然やって来た。
「ユウ!今すぐ、動画サイトの椎野実歩のチャンネルチェックして!」
夜九時過ぎにタケからいきなりかかって来た電話は開口一番そう告げた。
「何?ちょっと待て、今、PCを立ち上げる…」
PCを起動して、動画サイトで『椎野実歩』を検索する。すぐヒットした。ライブ配信中だった。
「これがどしたん?」
「ぽりりんさん情報なんだが、笹カマさんのパッケージが一瞬見えた、って!」
「マジ?」
PC画面を見る。朝ドラでデビューした女優の飲み配信らしい。一時、出たドラマの影響でバッシングされてたが、その後のヤケ酒配信で難病の姉を持つ苦労人である事が分かり、世間の好感度が上がった。清楚に見えて実は大酒飲みな事も判明し、ストロング缶のCMに出てる。今日の配信も『一緒に飲んでほし~の』とあり、飲みながらの雑談配信っぽい。
「今、メンバーとも連絡ついたから、ユウもルームに入って!」
「おっけ。」
アプリを立ち上げ、ルームに入る。
たわしのアイコンがジャンプしてた。
「俺オレ!俺が実歩ちゃんにリプ送ったんだよ!」
「ホントに、映ったの?」
冷静にリアルなアオウミガメが聞く。
「間違いないですぅ~!」
煎餅が喋る。どうやらこれがぽりりんさんか?相変わらず、カオスな画面だ。
「まぁまぁ、皆で動画を見守ろうよ」と言うダンゴ虫に諭されて、俺達は各々の前にあるモニターで動画を見守る。
「はい、どうも~!先日までやってた舞台が無事に千穐楽を迎えまして!椎野!オフに突入致しました~!やった~!やりましたよ~!劇場に足を運んで下さった皆さん、その節はどうもありがとうございました。(ぺこり、と頭を下げる。)疲れてたのか、舞台が終わって二日間は一日十八時間寝るという生活だったんですけど!今日!無事に復活致しまして~、以前フォロワーさんから募集した情報を元にゲットした美味しいおつまみと一緒にね、楽しく飲んでいきたいと思いま~す!画面の前の皆も~、お酒の用意はいいですか~?じゃ~、タイトルコールいくよ~!椎野実歩の、『一緒に飲んでほし~の!』」
タイトル画面が出た後、画面が切り替わった。呟きアプリのリプ欄だ。
「はいは~い、先ずはこれ!最近ちょっと健康に気を付けようかと思った時に目に付いたリプ。ぼんくら~さんからの情報提供。」
「俺オレ!!!」
タワシ(声からして、どうやらボーさん?)が興奮して叫んだ。そこには『すげー美味しいけどあんまり有名じゃないお豆腐蒲鉾を仲間と全力で応援してみたので、良かったら動画を見てから食べて下さいm(__)m』と動画のURL付きのリプが映ってた。
「こう書いてさ~、エロ動画に誘導する輩もいるんでちょっと警戒したんですけど、ぼんくら~さんはリプ欄の常連なんで信用して開けたんですよ!そしたらこれが、面白かったんですよ!なので、まずは皆で動画を見ましょ~!」
そう言って、実歩ちゃんがリモコンを押すと後ろにあったテレビ画面に俺達の『味自慢だけどそんなに知名度が無いお豆腐蒲鉾をヒーローが全力で宣伝してみた』の動画が映った。
「ここの次が!すごいんだよ~!」
動画を見ながら実歩ちゃんが言う。側転からのバク宙。そして「おいSEA(美味しい)!ヘルSEA!」の決め科白とポーズを実歩ちゃんが一緒にやってくれた。
「マジかーっ!」
「女神!」
ルーム内の皆が湧いた。俺もめちゃくちゃ嬉しかった。動画内の実歩ちゃんが喋った。
「じゃん!そうして、これが通販で買ったここのお豆腐蒲鉾で~す!六個入りを買ったんですけど~、椎野持ってました!レアな焼き印入りをGETです!見て~、かわいいポストカードも入ってたの!」
そう言って見せてくれたのは、ぽりりんさんが描いたディフォルメヒーローがお豆腐蒲鉾を食べてる絵柄だった。
「きゃ~っ!私の絵がアップに!!!」
ぽりりんさんの悲鳴が上がる。
「なんかこれは全部で四種類あるんだって…。そういうの聞くとコンプリートしたくなっちゃうよね。では…、実食!」
小さくカットせずにガブリと豪快に四角いお豆腐蒲鉾に噛り付く。そのままもぐもぐと咀嚼する。ごっくんと飲み込んでから言った。
「なにこれ、うっまー!美味しいっ!あのね!名前の通り、良く知ってるお豆腐と蒲鉾が融合合体してる感じなの!中に入ってるのは…玉ねぎかな?いいアクセントになってる!塩味がちょうどいい!うん、これはいけますよ~!」
そういうと傍らにあったストロング缶を掴んでゴクゴク飲んだ。
「ぷっは~!おいっし~!これは皆にも食べてほし~の!ぼんくら~さん、ナイスつまみ情報ありがと~!動画撮った皆もこの配信見てる~?販促ヒーローカッコいいよ~!笹川蒲鉾さんも美味しいお豆腐蒲鉾作ってくれてありがと~!美味しかったからまた買いま~す♪」
商品を顔の横に持ってニコニコしながら手を振る実歩ちゃんが画面にアップになる。パッケージの笹川蒲鉾の会社名もバッチリ読み取れるのを見て、堪らずタケが投げ銭をした。
『見てます!実歩ちゃんtks!』
豪気に五万をぶち込んだ。動画のコメント欄に大きく表示される。
「俺も!」とぼーさんも投げた。
『39!ぼー』
次は山形のベーコンジャーキーの紹介だった。ライブ配信はまだ続いてるが、こうしちゃいられん!と俺は笹カマさんの社長に電話をかけた。
「社長、夜分にすみません…」
「こんな時間にどうしたんだい?」
社長にさっきの出来事を話す。
「ええっ!?椎野実歩ちゃんって、あの!?朝ドラでデビューした子?」
「えぇ、テレビじゃなくて動画サイトのライブ配信ですが、多分アーカイブは残ると思うので見て下さい。」
そんな話をしてたら、電話の向こうで社長が叫んだ。
「大変だっ!広田君!今見たら、通販の申し込みが百件以上来てる!…って言うか、どんどん増えてるよ!これ…、その動画のおかげか!?」
「た、多分…」
ポコンと通知が来たので見ると呟きアプリに、ぼーさんが切り抜きを載せてた。動画サイトだけでなく、こっちにもショート動画をあげたようだ。それがどんどん拡散されていくのを見た。花火が…あがったんだ。
Ⅶ
そこからは、怒涛の展開だった。笹カマさんに注文が殺到した。工場は夜遅くまで稼働した。最初に刷った一万枚のポストカードは早々に底をつきそうになって、笹カマさんから追加注文が入ったらしい。ぽりりんさんが「毎度あり」って喜んでた。
社長に頼まれて、地元のお祭りでガワを着て販売を手伝った。主に写真を撮られた。それらがニュースになった。そんでテレビ局から打診があった。『頑張っぺ東北』をテーマにしたドラマの題材に使いたい、と。最初タケは拒否した。予算を削りたいテレビ局にいいようにガワを使われて壊されたりしたくない、と。テレビ局は誠意を持って対応してくれた。撮影用に動きやすいガワを作ると言い出したんだ。そして、主演に椎野実歩を持って来た。マジか!?ビックリしたが、バッシングの一件以来仕事を選ぶ実歩ちゃんが「東北を応援したいし、私が紹介したのがキッカケなら嬉しいです」と快諾したらしい。
そんな訳で、俺らの動画を元にした二時間ドラマが制作された。タイトルは『販促ヒーロー』。主人公は俺みたいな弱小商社勤めではなく、地元を盛り上げたいと思っている県庁職員に変更されてた。その主人公がある日、試食販売のマネキンをしてるヒロインを見て一目惚れする。告白する勇気もなく、毎日お豆腐蒲鉾を買いに来る主人公に「蒲鉾、お好きなんですね」と言うヒロイン。「えぇ、貴方が…」なんて言える筈も無く、足しげく通う主人公。ある日、「もうすぐ、父が会社を畳むんです。蒲鉾、食べられなくなっちゃいますね…」と言われた主人公は、ヒロインの父の会社のお豆腐蒲鉾を宣伝しようと思い立つ。副業禁止で顔バレを防ぐ為にヒーローの姿になって、仲間と共に宣伝動画を作る、という流れだった。最後は主人公とヒロインが結ばれて、宮城の観光地である松島でデートをする内容になっていた。
エピローグ
「まぁ、こんなもんだろ。」
ドラマを見終わったタケが言った。
「だな。これでまた、笹カマさんの売り上げあがるかも…。」
俺は浦霞をぐびっと飲んだ。地元のポン酒だ。
「ユウの給料も上がるのか?」
「ちっとはボーナスが増えるハズ…。とりあえず、笹カマさんの売り上げが爆発的に伸びたおかげで、万年赤字のうちの営業所が赤字から抜け出せたのが一番助かるわ。」
「そっか…。そんなら良かった!オレ、ようやくユウに恩返し出来たわ。」
「恩返し!?何の?」
ビックリして聞き返した。
「あんな~、ユウにとっては大した事じゃなかったかもだけど…。オレが不登校になった時、ユウが「学校行こうぜ」って誘いに来てくれたのが嬉しかったんだ。担任は電話一本しかくれへんかった…。他の奴等はオレに奢って貰う時はほいほい来るのに、そういう時はガン無視でさ…。人間不信になりそうだったオレを社会に繋いどいてくれたんが、ユウやった…。恥ずかしくてなかなか言えんかったけど…、ありがとな。」
目を合わさずにそう言うと、照れ隠しなのかストロング缶を一気に飲んだ。
「なぁんだ…。そんなん当たり前じゃん。だって、俺ら昔からの友達じゃん。趣味も一緒だしさ。」
そう言ってから、言葉が足りなかったかな、と思って付け足した。
「でも…、サンキュー、タケ。俺さ~、ホントはこの仕事辞めようかと思ってたんだ。」
「えっ!?なんで?」
「なんで…って、笹カマさんみたいな営業先ばっかりじゃないから…。中にはさ、「おたくのは自社製品じゃないでしょ?よその商品を転売して利益を得てるんでしょ?それなのに、この金額とるの?ボッタクリだろ?」って絡んでくるトコもあるし…。結構メンタル削られるんだよね…。でもさ~、今回の事があって思った!俺は商品を売るだけじゃなくて、それによって誰かを笑顔にしたり、元気づけられるのが嬉しくてこの仕事を選んだんだ、って。」
「そっか…」
「おう!地球を救うヒーローにはなれなくても、こんな風に近くの誰かを笑顔に出来るならまだ頑張れそうだ。」
俺の名前は広田雄馬。ヒーローに憧れた後、サラリーマンになるという幼少からの夢を叶えた男。俺の仕事で誰かを笑顔に出来るなら、明日からの仕事も頑張れる!
<終わり>