春を寿ぐ。
■■■■■■■■
それでも昨日は休めた方だ。
ナリス・ド・アルメルセデスは執務室にしつらえた簡易ベッドから身を起こす。
夢は、見たような気もするし見なかったかもしれない。
どちらにしても寝る前に飲んだ薬のせいか、夢を見たとしても覚えていないだけマシか。
そんなふうにかぶりを振る。
いつも見る悪夢は、アナスターシアが婚約したときの絶望。
もう自分には何も残されていない。そんなふうに深淵に落ちていく夢。
幼い頃毒殺されかけたこととか、暗殺されかけたこととか、そんなことはもうあまり気にしてはいなかった。
正直どうでもよかった。
アナスターシアとさえ共に居られれば。
だから。
(このチャンスを逃すわけにはいかなかった)
レムレスが魔に取り憑かれている可能性がある。
そうした確信を得たのは大叔父である大導師アグリッパの助言からだった。
魔道士の塔最上階で半ば引退状態である大叔父。
世俗のことには関わらないようになってもう何年も立つそんな大叔父が、レムレスに異変があると言う。
春を寿ぐ祝い。
年に一度、雪が溶け春の訪れを祝う、そんな祝い、神事。
通常王族のみが出席するその神事の場で。
今回は父ウイリアムス王と王妃マルガレッタ。
オクタビアヌス・ユリウス・アルメルセデス先代王。
大叔母、聖女エデリーン。
大叔父である大導師アグリッパ。
そしてナリスら四兄弟が一堂に会した。
王族全員というわけでもない。
先代王妃は病に臥せっているため不参加であったし、ナリスの母フランソワはマルガレッタの勘気を被るの嫌さに離宮から出ようとしない。
それでも普段よりも大人数の参加となったのは、アグリッパが久々に隠れやから出てきたせいで。
アグリッパが来るのであればとエデリーンも参加の意向を早々示していて、そんな両名に会えることをオクタビアヌス先代王も心待ちにしていたのだという。
厳しかったその顔をすっかりと緩め、好々爺然としナリスたちにも微笑むオクタビアヌス。
いつにも増して機嫌のいいマルガレッタ王妃を見て不思議に思っていると、何やらレムレスの様子が今までと変わっている。
わがままな子供でしかなかった彼が、どことなく自信に満ちおとなびてみえる。
その発言にも王太子の自覚が出てきたのだなと誉めるオクタビアヌスに、それを見て嬉々として喜ぶマルガレッタのそんな姿をみて嫌気がさしてしまったナリス。
外の空気を浴びてきますと祭壇から逃れ廊下に出たところでアグリッパに呼び止められた。
「あれは、本当にレムレスなのか?」
とそう訝しむ彼に、最初は戸惑ったものの。
「どうしてそう思われるのです?」
と尋ねて。
「魂の色が違うでは無いか」
と、そう言い放つアグリッパ。
この大叔父がここまで言うのだ。
と。
いったい何が起こっているのか。それを突き止める事をアグリッパと約束し、その為に影の、魔道士の塔の全勢力を動員したのだった。




