アナスターシア。
その子はやんちゃで、男の子のような遊びを好むちょっと変わった女の子だった。
飾り物のお人形のような可愛らしい見た目に反し、木刀を持って庭を走り回ったり、トンボやセミを捕まえて見せたり、挙句の果てには木に登って飛び降りたり、と。
猫と遊びながら芝生の上をゴロゴロ転がったり、おまけにやたらとナリスにもくっついてくる。
子猫がするように頭を擦り付けてきた時には驚いた。
それが、彼女の親愛の表現だということに気がついた時は、心の中から何か温かいものが湧き出してくるようで。
王宮の茶会で出会う貴族令嬢はみなお淑やかで慎ましく、こちらを見て頬を赤らめるだけでそれ以上近づいてくることはしなかった。
もちろん、彼女らが裏で互いを牽制しあい、貴族らしく対立する姿も垣間見え。
普通の貴族令嬢は、幼い頃からそんなふうに嫌な意味で貴族らしさが身についているのだなぁと感じ。
また。
自分が王子だから。
それに釣られて寄ってくる虫のようにも見えて、あまり好きにはなれなかった。
そう。
顔に張り付いただけの貴族の笑顔というものがどれだけ虚しいものか。
そこには本心などはなく、ただ自身を貴族というガワで取り繕うための仮面に見えて。
嫌い、だった。
そして、いつの間にか自分自身にもそういった貴族らしさが身についていくにつれ。
ナリスはこの世界に諦めかけていたのだったけれど。
アナスターシアのそうした裏表のない親愛の情を肌で感じることができて。
屈託のない笑顔、猫のようなその仕草に。
引き込まれていった。
いつの間にか、ナリスの目にはアナスターシアしか見えなくなっていた。
あるとき。
そんなアナスターシアが庭の垣根のそばにうずくまって泣いているのを見つけ。
ナリスはそばによって、隣に腰掛けた。
「あたし、もうがっこう行きたくない……」
グス、ずず、っと涙を拭きつつそう呟く彼女。
(そうか、幼稚舎で何かあったのか)
そう、わかったけれどそれ以上は聞けなかった。
貴族院の幼稚舎に通い出したのは知っていた。
そして、彼女がそこで浮いてしまうだろうことも、理解でき。
天真爛漫なアナスターシアはいい意味で貴族らしさのカケラも持ち合わせていない。
いや、所作やマナーがどうこうといった問題ではなくて。
他の貴族がもつようなしたたかさからは、彼女は無縁だったから。
きっと、そのへんの貴族令嬢あたりから見れば、アナスターシアは理解のできない異物であったろう。
排除の対象になったとしてもおかしくはない。
と。
そう理解してしまっている状態で、彼女に何を聞けばいいというのだろう?
そうであったという事実を確認して、どうなると?
そんなふうに逡巡したままただただ隣に座っていることしかできなかった。
ナリスにできたのは、散々泣いて涙が枯れ果て泣き止んだアナスターシアの頭を撫でて。
「よく頑張ったね」
と、言ってあげることだけだった。




