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旅の途につく。

(はぁ。まだ自分がしでかしたことの意味がわかっていないんだね)

 レムレスは、当時の記憶を曖昧にしか持っていない。

 しかしアナスターシアを蔑んで婚約破棄したことについての記憶はしっかりと残っていた。

 聖女の職を解任したことも。

 きっと、そこの部分は操られていたせいとばかりは言えないのだろう。

 本人の心の底にあったものがあの魔に操られ大胆な思考になった際に吹き出したのかもしれない。

 そうマギウスは考える。


 父王に頼まれたのもあるのだけれど、自分でもこの兄をただただ見捨てることはできずに手元において様子を見ていた。

 最初は自身の王家の影としての仕事の、それも小間使いのような仕事をさせておけば良いかとそうは思ったものの、レムレスは思った以上に使えなかった。

 まず、社会常識というものをわかっていない。

 王宮でそれも幼い頃から王太子としてチヤホヤされ、まともに諫言するものもいなかったせいか、基本の教育までもが疎かになっていたのだろうか?

 貴族としての社会常識は通常貴族院で培われる。

 ここでは身分の上下ではなく成績でのみ評価されるから、自ずと皆貴族として正く学ばなければといった意識も芽生えるはず。そういう場所であった。

 貴族とは、その血筋が尊いのではない。

 その精神が尊いのだ。

 民を想い国を想い、持てるものは持たざる者のために尽くす。

 魔力を持つ貴族は、魔力を持たない平民を正しく導き、そうして彼らを護り民の幸福のために全力を尽くす。

 それが貴族だと、貴族の役割だと、そう学ぶのが貴族院だった。



 だけれど。


(やっぱりレムレス兄様は……)


 ナリス兄様の言うように切り捨ててしまうのが正解だったのか?

 それでも。

 こんな兄でも血を分けた兄弟だと思うと、そこまで非情にはなりきれなかった。


(もう少し、様子を見よう)


 そうも考えて。



 魔道士の塔の中程にあるマギウスの私室に、血相を変え飛び込んできたレムレス。

「アナスターシアに会えさえすれば、彼女なら、今の私の状況を知れば、きっとアナスターシアなら全てを許してくれるに違いないから!」


 簡単な仕事もこなせないレムレス。

 しょうがないからと与えた単純作業が嫌になったのだろう。

 もうこんないつまで経っても終わらないような仕事は嫌だと抜け出すことしか考えないようになった兄に、マギウスは言った。

「何か目立った功をたててみせないことには父様も説得できませんよ。王族といえどあそんで暮らしているわけではありません。だいたい今まででも執務はナリス兄様に投げ軍務はロムス兄様頼り、いったいレムレス兄様は何をしてこられたというのです?」

「それは……私はまだ学生だったから」

「そうですね。僕はまだ初等科を出たばかりですし、アナスターシアさまは兄様と同い年です。それでも彼女は聖女宮の聖女の職を立派に務めていたではありませんか? どうして兄様が彼女のことをお飾りの聖女と呼んだのかはわかりませんが、もしかしたらきっと、それはあなたご自身のことの裏返しだったのではないですか? 兄様こそ『お飾り王太子』であったのでしょう?」

「っく、私は、お飾り、だったか?」

「少なくとも王太子の勤めを果たそうとしているようには見えませんでしたよ」

「そう、か……」


 マギウスに諭され、俯く彼に。


「で、兄様はアナスターシアさまに謝りたいと、そうおっしゃるのですね?」

「ああ、そうだ。せめて、彼女にはちゃんと謝りたい」

 はっと上を向くレムレス。


「許してくださるかどうかはわかりませんよ?」

「彼女なら、きっと許してくれるさ。私にはわかる。アナスターシアはどんな時も私を許してくれたのだから」


 そうお気楽に断言するレムレスに、マギウスはすこしため息をついて。

(兄様は本当に甘いな。ああ、でもそんな兄様を見捨てられない僕も相当に甘いのかも知れないけれど)

 そう心の中で吐き捨てた。


 レムレスは何度も何度もスタンフォード侯爵邸に手紙を出した。

 謝罪とそして会ってその気持ちを伝えたいと。

 もしそれが謝罪の文面だけであったら侯爵にも受け入れられることもあったかも知れない。

 しかし、会って謝罪したいと言う言葉の意味の裏に、レムレス自身が救われたいという気持ちが透けて見え。

 結局その手紙がアナスターシア本人に届くことは無かった。


 そうこうするうちに彼女は領地に向かって旅立って行った。


 レムレスは、サイラスがまだ聖都にいるうちに彼女のもとに赴き謝罪するのだと息巻いて。

 そしてそんなレムレスを一人にしておけなかったマギウスとともに、アルルカンドまでの旅の途についたのだった。

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