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過去との因縁

 自身を襲ったのが、先祖の霊であることに困惑する奈緒深(なおみ)

 そんな彼女に対して、沙羅はフォローを入れる。

 

「まあ……殺害目的というよりは、警告だと思うけど……。

 もうこの霊にとっては、どちらでもいいんじゃないかな。

 霊が古すぎて、もうまともな思考能力は無さそうだし」

 

 実際、今沙羅が目にしている霊は、初めて見た時からずーっと必死の形相で何かを叫んでいた。

 もしもその姿が誰の目にも見えるものならば、十人中十人が「狂っている」と判断するだろう。

 

 しかも霊はただひたすらに何かを訴えかけようとしているが、具体的には何を言っているのかよく分からなかった。

 おそらくもう、言葉をまともに扱えるだけの知能が残っていないのかもしれない。

 辛うじて「封印」という言葉だけは聞き取れるので、たぶん「封印を解くな」と、訴えかけているのだろう。

 

 確かにこの土地が人手に渡れば、土地を造成するなどの過程で、確実に封印は壊されることになる。

 そうなると、人死にが出るような大事になりかねず、この霊が必死になるのも分かる。

 

「まあ、あんたの言いたいことは分からないでもないけどね……」

 

「え?」

 

 奈緒深は一瞬、自分に話しかけられたのかと思ったが、沙羅の視線は居間の中心へと真っ直ぐ(そそ)がれている。

 どうやら霊に語りかけているらしい。

 

「しかし、人にはそれぞれの事情というものがある。

 それを無視して、しかもあんたの存在すら知らない、他人同然の子孫に自身の都合を押しつけるというのは、身勝手な話だと私は思うけどね」

 

 沙羅は不快げに口元を歪める。

 彼女はこの手の、子孫に害をなす霊がどうにも嫌いだった。

 よくいるのだ、


『子孫に供養されずに墓が荒れて、その所為で成仏できない』


 とかいう理由で、子孫を祟る霊が。

 しかし沙羅が思うに、そんなのは単なる責任の転嫁である。

 世の中には子を成すことができずに家系が絶えてしまった者や、墓を持たない者は沢山いる。


 そもそも人間以外の殆どの生物は、死後供養をされることもなければ墓も無い。

 だが、それらの霊の全てが成仏できないのかというと、それは違う。

 そうでなければ、この世はとっくに霊が溢れかえり、霊が()える人間は満員電車さながらの状況の中で、生きることを()いられることになるだろう。

 

 結局のところ、霊が成仏できないのはその霊自身の問題であって、供養されないことや、墓が荒れることなどは直接的な原因ではない。

 この世への未練を捨てきれない心の弱さや、それを棚上げして子孫を祟るような性根の悪質さ故に、その霊は成仏できないのだ。

 

 大体、何故子孫が先祖の面倒をそこまで見なければならないのか、と沙羅は思う。

 確かに今現在、自分達が存在するのは先祖がいたからこそではあるが、だが先祖は別に子孫の為に生きていた訳でもあるまい。

 ただ自分達の人生を、自分達の為に生きた結果として子孫を残したのであって、先祖があってこそ今の自分達がいるというのは、結果論にすぎない。

 

 だからいかに先祖とはいえ、それほど大きな恩を感じるべきものではないと、沙羅は考える。

 ましてや、先祖の所為で生命に危険が及ぶような事態など、起こって良いはずがない。

 

 勿論、先祖を全く敬うなというのはさすがに道徳的に問題があるし、祖父母のように直接面識があって恩がある者は例外である。

 それでも先祖の所為で、とんでもない重荷を背負っている身の沙羅としては、あまり先祖のことを(こころよ)く思ってはいなかった。

 

(全く……。

 自分の問題は自分で解決しろってーの!)

 

 ビッと、沙羅は右手の人差し指と中指を揃えて印を作る。

 指が開いていないピースサインに似ていると言えば、分かりやすいだろうか。

 これは修験道などにおいて「刀印」と呼ばれ、魔を祓う時によく用いられる。

 沙羅はその刀印の切っ先を、霊の方へと向けた。

 

「悪いけど(はら)わせてもらうよ。

 (いど)める(つわもの)、闘う者、皆、陣(やぶ)れて前に在り!」

 

 沙羅は素早く呪文を詠み上げながら、刀印の切っ先を横縦の順で格子を描くように空を切った。

 これは俗に「九字を切る」というものであり、漫画などでもよく見られるので「臨・兵・闘・者・皆・陳・裂・在・前」と聞けば、知っている者もいるだろう(なお、これにはいくつかのバリエーションが存在する)。


 もっとも、沙羅が今使ったのは「臨・兵・闘(以下略)」を読み下して使うという少々マイナーなものなので、聞いてもいまいちピンとこない人間も多いかもしれないが、彼女はこれを「格好良いから」という理由で好んで使っていた。

 

 九字にはこの他にも、それぞれの文字に対応する印が存在し、刀印を切らずに印を結んで行う場合もある。

 このように多くのバリエーションが存在するということは、それだけこの術を沢山の人間が扱い、その使用過程でいくつもの応用が施されたことを意味する。

 つまり、非常に術の使い勝手が良かったという訳だ。


 その根拠の1つに、この九字には本地仏──つまり文字や印の本体となる神仏が存在することが挙げられる。

 例えば「臨」には、「天照皇大神」もしくは「毘沙門天」……という具合に、かなり有名かつ強力な神仏が当てはめられており、これらの神仏の力を借りて術を行うのだから、その効果が弱い訳は無いという理屈である。

 

 実際、沙羅に術をかけられた霊は、先程まであれだけ封印がどうのこうのと騒いでいたのに、まるでゼンマイが切れた玩具のようにピタリと動かなく──いや、動けなくなった。

 そんな霊に沙羅は、ゆっくりと歩み寄って行く。

 術については、様々なバリエーションやら諸説やらがあって、何が正しいのかはよく分かりません。

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