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突撃、おたくの心霊スポット

 そこはそれほど段数が多くはないようだが、かなり急勾配の石段だった。

 故に石段を登り切った先に何があるのか、それは下からではまったく見えなかったが、なんとなく立派な寺社が建てられているのではないか──と、連想させる雰囲気ではある。

 

「よく分かりましたね。

 我が家のご先祖様は、お坊様だったらしいですよ。

 でも、百年位前に廃業しちゃったそうですけど……」

 

「なるほどね。

 どうやら本気で私が、この土地を買い取った方がいいみたいだ」

 

 と、沙羅は小さく呟いた。

 

「え……なにか言いました……?」

 

「ま、その話は後で。

 まずは家の方にいる霊の問題を片づけようか」

 

 そう沙羅は言い残して、さっさと石段を登って行く。

 そして石段を登り切ると、そこには古びた木造平屋建ての家があった。

 

(ふうん……やっぱり家が結界の中心じゃないな。

 ということは、封じられている者と今回の件は、直接的には関係ないのかな……)

 

「中を色々調べても?」

 

「ええ、構いませんよ。

 どの部屋にも自由に出入りしてください。

 さすがにタンスや机等の、貴重品やプライベートな物が入っていそうなところを確認したい時は、許可を取って欲しいですけど……」

 

 と、答えながら奈緒深(なおみ)は玄関の鍵を開け、すりガラスのはめ込まれている引き戸を開けた。

 すると家の中から異様に冷たく、重い空気が漏れ出てくるのを沙羅は感じた。

 

「うわ……なんだか空気が(よど)んでるよ?

 よくこんなところで、生活しているねぇ……?」

 

「え……換気ならちゃんとしていますけど?」

 

「いや……そういう意味じゃなくて……」

 

 少し心外そうな奈緒深の反応に、沙羅はカクンと肩を落とした。

 

(この子……天然な上に、霊感ゼロか……?)

 

 霊感ゼロ──おそらくそれは間違いないようであった。

 そうでなければ、これだけ濃い霊気の中で、普通に生活できる訳がない。


 霊気とは、たとえるならば霊が活動する時に生じた呼気のようなものだ。

 勿論んそれは、微量であれば何の害もないが、その濃度によっては十二分に危険な代物である。

 人間だって普段何気なく吐いている二酸化炭素でも、その濃度が高まれば呼吸を阻害し命に関わる。

 

 そして奈緒深の家から溢れ出てきた霊気の濃さは、霊を全く見たことが無いほど霊感が希薄な人間でも、「何か雰囲気が変だ」と違和感を覚えることができるレベルだ。

 そしてその違和感の正体がなんであれ、それを長期間にわたって感じ続けていれば、大抵の人間は精神か身体に変調をきたすだろう。


 その直接の原因が、「正体不明の違和感を、長期間抱き続けることによって生じたしたストレス」であったとしても、現実に影響を与えるほどの霊気は、非常に危険な物だということには変わりはない。

 

 しかし奈緒深は、その霊気を全く感じていなかった。

 それは単に彼女の感覚が鈍いのか、それとも霊に対して異常に高い耐性を有しているからなのか、その辺は定かではないが、どちらにしても感じていないと言うことは、それは彼女にとって存在していないも同然ということである。

 

 つまり存在していないものから影響を受けるということは、本来有り得ない。

 だから奈緒深は、これまでも平然とこの家で暮らしてこられたのだろう。 

 が、今回はそれが、奈緒深の命の危機を招いた原因だとも言える。

 

 霊は通常、奈緒深のように霊感の無い人間を、全く相手にしない。

 何故ならば、霊が人間に対して働きかけをする場合、大抵は何らかの要望があるからである。

 それは「ちょっと言いたいことがある」という些細なものから、「淋しいからお前も死んで一緒に彷徨いましょう」という理不尽なものまで色々あるが、それも相手に意図が伝わらなければ意味がない。

 

 それが故に、霊達が相手にするのは、ある程度霊感を備えた人間である場合が殆どだ。

 霊感の無い人間に対して霊がいくら訴えかけても、その想いを汲み取ってくれることはほぼ有り得ないのだから、当然である。


 しかし奈緒深の家に潜む霊は、どうしても奈緒深に意志を伝える必要があったのだろう。

 だから、食器棚等を動かすという、物理的で誰の目にもハッキリと分かる現象を引き起こしたのだ。


 だが実体の無い霊が、物理的な影響力を発揮する為には、並ならぬ労力が必要であったはずだ。

 並の霊ならば、力を使い果たして消滅する危険すらあったかもしれない。 

 それにも関わらず、霊が奈緒深に伝えようとしたこととは、一体何だったのだろうか。

 まあ、それは大体予想がつく。

 

(やはりあの結界が、関係しているのだろうなぁ……)

 

 ハッキリ言って、あの結界は今回の事件に関係なくとも、放置する訳にはいかない──と、沙羅は思う。

 何重にも入念に(ほどこ)された結界を見る限り、よほど危険な存在が封印されているのだろう。

 奈緒深の家に巣くう霊は、その危険性を訴えかけているのだ。

 

 が、理由はどうあれ、人に害をなすような行為をした霊を、このまま放置する訳にもいかない。

 まずはそちらを片づけるのが、先決である。

 

 沙羅が霊気の濃い方に足を進めると、居間に出た。

 そしてその居間の真ん中には、どうやらお目当ての霊らしき存在が陣取っている。

 それは和装の中年男性で、手足の末端が空気に溶け込むようにぼやけているところを見るに、どうやら人の姿を維持できなくなりつつあるらしい。


「あ~、これはかなり古い霊だよ。

 奈緒深さんのお父さんじゃないね」

 

「い、いるのですか?

 ここに?」

 

 すぐ目の前に霊が居るらしいことを知った奈緒深は、一歩後退(あとずさ)る。

 霊感が全く無い者は、霊を信じていないことが多いので、あまり怖がらない場合が多いのだが、奈緒深は既に死ぬような目に遭っているので、人並みに恐いらしい。

 

「うん、袈裟(けさ)とかしていないからよく分からないけど、お坊さんに見えなくもないかな。

 なら、奈緒深さんのご先祖様かもしれないね」

 

「ご先祖様が……私を殺そうとしたのですか?」

 

 沙羅の言葉を受けて、奈緒深の顔が強張(こわば)る。

 自身を襲った霊が父ではなかったとはいえ、それでも先祖に命を狙われるというのは只事ではない。

 たとえ先祖代々受け継いできた土地を売ろうと考えたからといって、それが生命を脅かされるような仕打ちを受ける理由になるとは、奈緒深の感覚では信じられなかったのだろう。

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