地縛霊
「あの……。
それは私の家には、霊なんかいないってことですか?
でも私、確かに……」
「ああ……そういうことじゃなくてね。
ただ、霊の中には、活動範囲が極端に狭い連中もいるからね。
自縛霊って聞いたこと無い?」
「?」
沙羅の言葉に、奈緒深は小首を傾げる。
(ああ、ト●ロも知らないんじゃ、分からないか……)
だから沙羅は仕方が無く、ちょっと面倒くさそうに説明をはじめる。
「早い話、ある特定の場所に強い想いを残した所為で、その場から動けなくなっちゃった霊のことなんだけど……。
奈緒深さんの家にいるのも、そういうタイプなんじゃないかな。
家から一歩も外に出ないような奴なら、必然的に広範囲には霊気をばらまくことがないから、ちょっと離れた場所だと感じにくいのかもしれない」
(それに、私はあまり霊視が得意じゃないし……)
と、さすがにこれは声に出しては言わない。
勿論、あまり霊視が得意ではなとは言っても、普通の人よりはよっぽど視えるのだが、霊視とはただ霊が視えるだけの能力のことを言うのではない。
霊と意思の疎通を成立させ、その心の内までをも見通す能力のことを言うのである。
特にこの世に彷徨って出る霊というのは、他の霊の殆どが成仏して霊界に逝くことを鑑みれば、まだ成仏できていないという状態そのものが既に異常な訳で、故に正常な精神状態ではない霊がかなりの割合で存在する。
それらの霊と上手くコミュニケーションを取るには、ただ霊が視えるだけではあまり意味が無い。
つまり霊の外見的なものだけではなく、もっと霊の内面的なものまで視る必要があるのだ。
しかし沙羅には、そこまで深く霊を視る能力が無い。
だから本来は、霊の心の奥底まで視て何が問題なのかを把握し、それを解決することによって成仏させるのが理想的なのだが、そういうのが得意なのは母親の方だ。
沙羅はそれが苦手だから、どうしても力ずくで霊を排除してしまうことが多かった。
もっとも本人も、そのようなやり方は嫌いではなかったりするのだが。
どのような事情が有ろうとも、既にこの世の者ではないのに、この世にちょっかいを出してくる奴が悪い──というのが彼女の理屈である。
ともかくである、沙羅は霊視が得意ではないが、霊が潜伏していると思われる場所を目の前にして、これほどまでに全く何も感じないということも、実は珍しい。
彼女にはそこが気がかりといえば、気がかりであった。
霊がよっぽど弱いのか、それとも霊気を隠すような器用な真似ができるほど特殊な霊なのか……。
後者であれば少々厄介である。
「まあ、自縛霊程度なら対処は簡単だから、心配しなくていいよ」
「はあ……。
つまり……我が家にはひきこもりの霊がいるという訳ですね?
でも、それの対処って簡単なものなのですか?」
「ひきこもりって……。
う~ん、自縛霊にそういう解釈はちょっと新しいかも……。
ともかく、実際に家に行ってみないとなんとも言えないけど、自縛霊ならその霊が居る場所にさえ近づかなければ、なんの問題もないからね。
そうだと分かれば、さっさと家を売っちゃえばいいんだよ。
元々奈緒深さんは家を売るつもりだったから、簡単な話でしょ。
逆に今後もその家に住み続けるのなら、大変な話だけどね。
とにかくその場所に執着しているから、追い払うのは結構骨が折れるだろうし、ましてや霊と共存していくなんて普通の人はなかなかできないだろうから……」
「はあ……そうですか。
でも、家を売っても、そこに霊が残るんですよね?
それじゃあ次に家を買った人に、害があるなんてこともある訳ですか?」
「それは当然そうだけど、奈緒深さんが気にすることじゃないよ」
「でも、ちょっと後味悪いです。
只でさえ私と関係のある人の霊かもしれないのに……」
と、奈緒深はうつむいた。
確かに今回の件は、奈緒深の父の霊が関係しているかもしれないのだし、その父の霊がいつまでも成仏しないままだというのは、娘としても気がかりだろう。
「じゃ、私が霊を片づけてもいいけど……。
割高になるからね?」
「ええ……私が払える金額でならお願いします。
ただ、お父さんの霊だった場合は、なるべく穏便にしていただければ……と」
「……ま、ともかく全ては、霊の正体を確かめてからだね。
早速家の方を視てみようか」
そんな訳で、沙羅はすぐさま奈緒深の家に向かって歩を進めたが、森に入った途端、自らの判断を修正せざるを得なくなった。
どうやら事態は、自縛霊を片付けて終わるような、単純なものではないらしい。
(結界の気配……?
しかも何重にも?
何かをこの土地に封印しているのかな?
なるほど……外に全く霊気がもれない訳だ。
だけど何を封印しているんだ?
かなり古い結界みたいだけど、ちゃんと機能はしているみたいだし……。
ってことは奈緒深さんを襲ったのは、封じられている者と別口ってことかな?
それにしても結界といい、目の前のコレといい……)
沙羅は嘆息して、視線を少し上に向ける。
「奈緒深さん、ここ昔はお寺か神社だったの?」
沙羅の視線の先には、長い石段が続いていた。
あとでもう一度更新します。




