討 伐
鬼は追い詰められつつあった。
鬼が弱い訳ではない。
並の妖怪の類いならば、沙羅の刀の一撃を受ければ、その時点で消滅していたことだろう。
その攻撃を鬼は、何度も、何度も受けている。
それだけでも驚異的な生命力だと言えた。
しかし今の鬼の能力は、全盛期のものではなかった。
数百年にも及ぶ封印の中で、弱ったのは封印だけではない。
やはり鬼の力も、確実に弱体化していたのだ。
勿論鬼も人を食らい、魂を食らい、そして人の恐怖や憎悪などの負の念を食らえば、その力を取り戻していける。
先程も奈緒深と左京の恐怖を食らって、その力を多少なりとも取り戻してはいた。
しかし目の前の沙羅は、鬼に対して少しも恐怖しないどころか、確実にその命を削ってくる。
その上彼女は、かすかに自身と同種の気配を漂わせていたのだ。
鬼にとって、沙羅の存在は意味が分からなかった。
人はただ鬼を恐れ、ただ食われるだけの存在であるはずなのに、そんな鬼の認識を沙羅は覆してしまう。
最早鬼にとって、このような腹の足しにもならぬ戦いを続ける理由が無かった。
鬼は逃げる機会を窺っている。
だが──、
「なんだ、逃げるのかい?
たかが人間を相手に、捕食者様が?
お前、もう鬼を名乗る資格もなくなるよ?」
沙羅は煽る。
言葉が通じた訳でもないのだろうが、鬼はそれを挑発と受け取った。
だから鬼は、全力で右腕を振るう。
だが沙羅は、その腕を斬り落とした。
いよいよ鬼は、追い詰められたように見えた──が、
「おっ?」
沙羅が急に後退る。
そして先程まで彼女がいた場所を、何か長い物が通り過ぎた。
「なんだ、ありゃあ……!?」
戦いを見ていた左京が呻く。
彼の視線の先では、鬼の切断された腕の断面から、骨や肉などが飛び出したのだ。
しかしそれは、元の腕を再生させるのではなく、長く伸びて絡み合い、触手のような形状と化した。
おそらく鬼は、傷を癒やす再生能力を暴走させ、腕を鞭へと変形させたのだ。
当然その攻撃は、単に腕を振るよりも軌道が複雑となり、見切ることは難しくなるだろう。
「意外と器用な真似をする……!」
鬼の鞭は複雑に軌道を変え、沙羅へと襲いかかってくる。
正面からきたかと思えば直角に曲がり、そして背後から襲いかかってくる──という具合に。
人間ならば反応することすら、できないだろう。
沙羅とて、その攻撃を完全に躱すことはできていなかった。
沙羅の服の所々が破れ、僅かながらも血も滲んでいる。
だが、直撃すれば即死しかねない攻撃を、その程度にとどめていた。
「はああぁ────っ!!」
雄叫びを上げる沙羅の額が、より赤く輝く。
その光は、全てを見通しているが如く──。
事実彼女が、負う傷は減っていった。
沙羅は一歩、また一歩と鬼に歩み寄って行く。
鞭を躱し、時には斬り裂きながら、着実に鬼へと近づいてく。
そんな彼女に気圧されたのか、鬼は後退る。
そして、威嚇するかのように吠えた。
『グガアアァァァァァ────!!!!』
だが──、
「ただの虚勢……だな。
そろそろ消えてもらおうか。
悪鬼滅殺・破邪斬妖剣──」
沙羅がそう唱えると、彼女が手にしていた刀の刃が淡く輝く。
『ギッ!』
鬼は恐怖を感じていた。
生まれ出でてこの方、恐怖を与える側でしかなかった鬼が、本能的に沙羅を恐れた。
初めて知った感情に、鬼は身体を硬直させた。
その隙を、逃す沙羅ではない。
「斬っ!!」
『…………!!』
沙羅の下段から振り上げた斬撃は、鬼の下腹に突き刺さり、そしてそのまま脳天まで斬り裂く。
鬼は初めて知った「恐怖」という感情を理解する間も無く、消滅するのだった。




