鬼対──
左京は、まだ生きていた。
だが、それは奇跡的なことだ──と、自分でも思う。
鬼による攻撃は、左京に直撃こそしていなかったが、それでもかすっただけで肉が裂け、骨が折れる。
一撃でも直撃を受けていれば、その時点で左京は即死してもおかしくなかった。
しかも積み重なったダメージで、左京の動きは確実に鈍ってきている。
このままだと直撃を受けるのは、時間の問題だった。
鬼が腕を振り上げる。
そこから振り下ろされるであろう攻撃を、左京は躱せる。
躱せるはずだが、易々とは言いがたい。
ましてや反撃は難しいだろう。
だが──、
「ほいっと」
「!!」
鬼の振り下ろされた腕を、左京は躱すまでもなかった。
彼が動かずとも、その腕は彼の身体には届かなかったからだ。
そして次の瞬間、鬼の腕から大量の血液がまき散らされた。
駆けつけた沙羅が、手にしていた刀で斬り裂いたのである。
「ちっ、おせーよ!」
「むしろ早いでしょ、秋葉原から駆けつけたんだし」
沙羅の言う通り、まさにギリギリのタイミングだと言える。
あと10分遅ければ、左京の命は無くなっていたかもしれない。
車などの移動では、交通量や信号の関係で10分は誤差の範囲だろうが、実戦の中での10分は長すぎる。
「しかし刀とは言え、俺が手も足も出なかった相手へ、簡単にダメージを与えてくれるなぁ……」
「うちは元々、こういう鬼を相手にするのが本業なんよ。
つまりこの刀は、本来こいつらを斬る為の物なのさ」
「はは……納得だ」
左京は沙羅の強さの理由を理解した。
彼女と自分とでは、そもそも想定している敵のレベルが違っていたのだ。
彼女と強さで並ぶつもりならば、彼も鬼との戦い方を模索していかなければならない。
しかもそれが出発点でしかないのだ。
現状では頂上さえ見えない強さの山の麓に、左京は辿り着いたばかりに過ぎないと言える。
「じゃあ、あんたは後ろの方で見ていなさいな。
それを見た上で、ついてこれないと思うのなら、辞めるのもしゃーない」
(これが新人研修って訳か。
どう見てもブラックだが……)
沙羅の生業は、まさに命懸けの仕事だった。
この鬼のような存在と頻繁に戦う機会があるのだとしたら、命がいくつあっても足りない。
だがだからこそ左京は、自身を限界まで試すことができるこの仕事に、挑戦する価値があると感じている。
そしてこの目の前に立ち塞がった高い壁を乗り越える為に、沙羅と鬼の戦いから少しも目を逸らさぬつもりでいた。
一方鬼は、自身を斬り裂いた沙羅を明確に敵と認識したようだ。
そして鬼が次に取った行動は、沙羅を警戒して慎重にその動きを見極める──と思いきや、猛然と沙羅へと襲いかかった。
「ふん、怒り狂って暴れるとは、まるで動物だなぁ!」
沙羅は襲いかかってきた鬼の攻撃を、危なげなく躱していた。
だが左京はそれを信じられぬ想いで見ていた。
(なんだよ、あの鬼の動き……!
さっきまでより、全然速ぇじゃねーか……!!
俺の時は遊んでいたって言うのか……!?)
左京には何故沙羅が鬼の攻撃を躱せるのか、理解できなかった。
鬼の動きは、人間が反応できるものだとは思えない。
左京も第三者の立場から見ているからそう判断できるのであって、実際に今の鬼と相対した場合は、そんなことを理解する間も無くやられているだろう。
一方、沙羅の動きは鬼ほど速くはない。
ただ、鬼の攻撃を紙一重で躱し、そして隙を見て確実に反撃している。
つまり彼女は、鬼の動きを完全に見切っているということだ。
(何故あの動きが見える……?
いや、予測している……!?)
左京はそう推測したが、すぐにそうではないことを知った。
よく見ると、沙羅の額が赤く光っていた。
彼女の不自然に長く伸びた、一房の前髪に隠された額が──。
それは鬼が放つ目の光と、同じものだったのだ。
(目……そんな馬鹿な……。
だが……)
やはり左京には、それが目だとしか思えなかった。
つまりこれは、人外の存在対人外の存在の戦いであったのだ。




