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ギリギリセーフ

 破壊された窓から、鬼が侵入しようとしていた。

 しかし奈緒深(なおみ)は、恐怖のあまり逃げることも忘れている。

 このまま逃げなければ、自身の命は遠からず無くなる──それを確信していても、彼女の身体(からだ)はどうにも動かなかった。


 死の覚悟を決めなければならない──奈緒深としてはそんなことなんてしたくなかったが、そうしなければいけない状況だと言える。

 鬼は今にも、部屋の中に入り込もうとしているのだ。

 死そのものと言える存在が、着実に彼女へと迫ってくる。

 彼女の寿命は、もう殆ど残っていないと言っても過言ではない。

 だが今の奈緒深には、震えながら目を瞑り、それを受け入れるしかなかった。


 しかし奈緒深の運命が尽きるのは、今この場ではない。

 まだ運命の女神は、彼女を見捨ててはいなかったのだ。


 ドンという、激しい衝突音と同時に、鬼の身体が真横に吹き飛ぶ。


「!?」


 奈緒深が驚いてそちらを見てみると、なにか太い丸太のようなものが見えた。


(いえ……あれは足……?)


 暗くて見えにくかったが、よく目をこらしてみられば、丸太のようなものの先端に、靴らしきものが見える。

 それで奈緒深は、ようやく人の足だということを理解した。


 ただ、その足が鬼を蹴り飛ばしたというところまでは、さすがに理解は及ばなかったが。

 人間が鬼を蹴るという状況は、あまりにも現実離れしているからだ。


 そしてその鬼を蹴った本人はというと──、


「おいおい、さすがにこんなのが出てくるとは聞いてねーぞ……?」


 苦笑いを浮かべて、その男は呻く。

 目の前にいる鬼の存在が、まだ完全には信じられないようだ。


「……で、大丈夫かい?

 依頼人のお嬢さん」


「あ……あなたは……?」


「今は自己紹介の暇は()ぇ!!

 逃げるか……それが無理なら隠れていろ!」


 その言葉から、男が味方だということは奈緒深にも分かった。

 しかしそれでも彼女の顔からは、怯えの色はまだ消えない。

 鬼から見ればまだ可愛いが、現れたのは2mは超えようかという大男だ。

 見た目だって、反社会勢力風に見える。


 まあ、奈緒深のその第一印象は間違いではなかった。

 事実男は、つい先刻までは裏社会に身を置いていたのだから。

 だが、今の男は、裏よりも更に深い場所へと、足を踏み入れつつあった。


 男の名は大江左京──という。

 先程沙羅との勝負に負けて、その配下に入った男である。

 彼は沙羅からの指示を受けて、密かに奈緒深の護衛をしていたのだ。

 

 それは壮前(さかざき)の手の者が、沙羅の依頼者である奈緒深に対して、何らかの危害を加える可能性を危惧してのことだった。

 左京の身体は、まだ沙羅との勝負で負った傷も癒えていない。

 それなのに護衛とは無茶な話ではあるが、これはある種の入社試験のようなものだと沙羅は言っていた。


(それにしたって、いきなりハード過ぎるだろ!)


 さすがに鬼が出てくるのは、左京にとっても、そしておそらくは沙羅にとっても想定外の事態だった。

 荒事が専門の左京でも、こんな化け物相手の対処の仕方なんて知らない。

 

 それでも奈緒深の危機に、左京は間に合った。

 この備えには、それだけでも意味があった。


(……とはいえ、あんな化け物が相手では、あの娘を逃がす余裕があるのかどうかすら怪しいな……)

  

 内心で毒づきつつも、その一方で左京は期待に胸を膨らませていた。

 早速こんな大物と戦えるということに、喜びを感じていたのだ。


 そんな左京の前では、鬼が起き上がりつつある。

 左京に蹴られて何mも吹き飛んだのにも関わらず、大きなダメージを受けているような印象はない。

 ただ鬼は、狩りを邪魔されて、激しく怒ってはいるようだった。


(凄ぇな……!

 熊や虎なんかよりも、余っ程迫力があらぁ……!!)


 普通の人間が大型の肉食獣に襲われたら、高確率で命は無くなる。

 左京は自分ならばどうにか生き延びることができる──と、自負してはいるが、この鬼を相手にしては、むしろ何分耐えることができるのか、それすらも危うい。


 だが、だからこそ全力が出せる。

 今ならば沙羅との対決の時には出し切れなかった力も、出せるはずだ。

 そう、最初から殺す気でかからねば、死ぬのは左京の方だった。


 左京は、鬼に向かって、大きく踏み出した。

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