予想外の事態
「もしもし?」
沙羅が小声で呼びかけると、スマホの向こうから脅えた声が返ってきた。
奈緒深の声だ。
「く……久遠さ~ん、すみませぇ~ん……。
すぐに来ていただけますか~?」
「何!? 奈緒深さん、なんかあったの!?」
「そ、それがぁ……なんか変なんですぅ……。
よく分からないけれど家の周囲がザワザワしていて、おかしな気配がして……。
とにかく怖いんですぅ~。
何だか気持ち悪いんでよぉ~」
奈緒深の声は、半分泣き声になっていた。
かなり脅えているようだ。
(まさか……あの封印に変化が?
でも、霊感がまったく無い奈緒深さんが感じているって、どういうこと?)
「奈緒深さん、なんか変わったことした?
たとえば、今まで一度も動かしたことが無いような物を動かしたとか、壊したとか。
もしそれがあの封印を形成する為に使われていたとしたら、その所為で封印が解けかけているのかも……!
でも、それを元に戻せば、解決する可能性もあるわ」
「あの……それなら、眼鏡が突然割れてしまって……」
(眼鏡……?
それは何百年も前の、封印とは無関係よね?)
沙羅がそう訝しんでいると、奈緒深は泣きながら訴えかける。
「これ、お父さんが作ってくれた眼鏡で、寝る時もなるべくかけておけって、言われていて……。
だから枕に顔を埋めて寝ても壊れたりしないくらい、凄く丈夫に作られていたみたいなのに……。
それが何故か突然壊れてしまって……。
これが原因なんですか、久遠さん……!?」
奈緒深のその言葉に、沙羅は胃が重くなるのを感じた。
これはとんでもない勘違いをしていた──と。
「奈緒深さん、その眼鏡いつ頃からかけていたの?」
「あの……物心ついた時にはもう……」
「魔除けだ……いや、制御装置かも」
「え?」
「いや、今はどうでもいい話。
とにかく、眼鏡は関係ないわ。
じゃあ、ちょっと聞いてもいい?
奈緒深さんのお父さん……死因は?」
「え……?
あの……心不全で……庭に倒れていて……」
困惑したような奈緒深の答えを聞いて、沙羅は愕然とした。
「なんてこった……。
封印はもうずっと前に、解けていたのかも……!!」
「え……?
あの……私どうすれば?」
「……そこから逃げられそう?」
「む、無理ですよぉ、外に何かいますもの。
絶対に人間じゃない、何かがいますよぉ!
獣みたいな唸り声まで、聞こえてきました~っ!!」
奈緒深の声は、かなり切羽詰まっていた。
彼女の言葉通り、家の外に何かが居ることは間違いないのだろう。
「じゃあ、一歩も外に出ないで!
それからお父さんの遺品の中に、御札とか魔除けになりそうな物がないか探してみて。
上手くいけば、少しは身を守る手助けになるわ!」
「は……はい!
探してみます!」
「じゃあ、私もすぐに行くから、待っていてっ!!」
沙羅は一方的にまくし立てて、通話を切った。
そしてすぐさま店の出口へ、いや、レジへ向かい、
「お釣りはいらないから早く会計するっ!」
店員に一万円を叩きつけた。
緊急時でも、当初の目的は忘れない沙羅であった。
それから急いで会計を済ませた沙羅は、店を出てタクシーが拾える場所まで走る。
そして彼女は走りながら、スマホでとある者へと電話をかけて、へ指示を入れる。
(これで時間稼ぎになればいいけど……。
それにしても迂闊だったなぁ)
奈緒深の父親の死因を、もっと早く聞いておくべきだった、と沙羅は悔いた。




