聖地巡礼
秋葉原という街がある。
かつては電機製品を取り扱う店が無数に立ち並び、世界一の呼び声も高い電気店街であったが、近年では「オタクの聖地」というイメージの方が強かった。
秋葉原にならばあらゆる電気製品、ゲーム、映像ソフト、同人誌、フィギュア、果ては盗聴器やら隠しカメラなどの法的に危うい物まで、様々なアイテムが手に入る。
ついでに、喫茶店でメイドさんを拝むことさえ可能だ。
特定の嗜好を持つ物にとっては、まさに「聖地」の名に恥じない街──であった。
まあ昨今では、それも様変わりしつつある。
伝染病の流行で人が寄りつかなくなった為に──あるいは電子書籍などの台頭によって、店舗という形態が必要無くなった為に撤退した企業も多く、結果として街の客層も変わる。
それでもまだ、「オタクの聖地」としての形は完全に失われてはいない。
いかにオタク文化の側面が衰退しているとはいえ、それでも世界屈指のオタクの街という事実は、まだ揺るがないだろう。
この分野で日本は独走しているのだから、日本で1番のオタクの街ならば、それは世界で1番と言っても過言ではないのだから──。
だから今日も今日とて、無数の信者が聖地へと巡礼に訪れる。
そんな聖地巡礼者の中に、久遠沙羅の姿もあった。
彼女は「せっかく東京に来たんだから」と、秋葉原に訪れていたのだ。
丁度その頃、誓示が壮前建設を襲撃を仕掛けていることを考えると、随分と気楽な身分である。
現在、沙羅の周囲はアニメ絵の女の子(と、男の子も少し)が、惜しげもなく痴態を晒しているような本やらゲームやらの怪しげなアイテムで埋め尽くされていた。
勿論そうではない商品もあるが、それにも少なからず「萌え」という単語が冠される商品が多数を占めている。
そこはある意味、アダルトショップであった。
俗に同人ショップとも言う。
主に素人──実はかなりの割合でプロの漫画家なども混じっている──が作った同人誌などを売っているが、その他にもパソコンゲーム(無論殆どは18禁だ)や、フィギュアなども多数扱っている。
……ただ最近は、そういう店も減ってきている。
非アダルト向けのオタク系ショップなら比較的生き残ってはいる所を見るに、アダルト向けの作品が大量にある店だと、女性や未成年が入りにくいというのが災いして売り上げを落としていったからなのかもしれない。
それでも、アダルト系作品を扱った店が消えた訳ではない。
そこに一般的に美女の部類に入る女性がいる。
しかも、「日本刀が入っていますよ」と言わんばかりの細長い形状をした包みを抱えながら、同人誌を物色している。
なんだか異様な光景であった。
実際、他の客の殆どは、彼女へと一度は胡乱げな視線を送っている。
おそらく、
(あんな美人が、男性向けの同人誌を? 必要か?
二次元のエロじゃなくても、現実での遊び相手には不足していないように見えるが。
まさか百合趣味なのか?
それなら簡単に相手が見つかる訳もないから、二次元で代用というのも納得がいかないでもない……はっ!? 実は男だとか言うオチはないだろうな!?)
という感じで、様々な疑惑を持たれていることだろう。
まあ、沙羅にとっては、おそらく二度と会うことも無いであろう相手からどう思われようが、知ったことではない。
邪魔にさえならなければそれでいい。
ただ、それでもたまにはちょっと勘違いした男が、「そういうのに興味があるのなら、僕と試してみない?」などと声を掛けてくることがある。
その時、沙羅は大抵「興味はあっても、三次元の男には興味がない」とキッパリと言い切って断る。
そんなことを堂々と言い切る女は、普通ではない。
心が少し病んでいると言ってもいい。
だから大抵のナンパ目的の男は、そんな厄介な相手とは関わりたくないので引き下がる。
勿論、沙羅も本気でそんなことを言っている訳ではない。
精々半分程度だ。
現実にも興味が無い訳ではないが、その辺にいるような俗物は、友人としてなら有りかもしれないが、恋人としてなら無しだ。
彼女の理想は無駄に高かった。
とりあえず、世界を救う勇者並みの能力とルックス(何故か勇者には美形が多い)が欲しい。
彼女の身の回りでは、長谷川誓示がこれに該当するが、彼は綾香の崇拝者なので、あまり沙羅のことを相手にはしてくれない。
それはともかく、今回の彼女の目的は、可愛い男の子──いや男の娘が出てくる同人誌であった。
それを男性向け18禁コーナーで物色している。
これを奇異に思う者もいるかもしれないが、最近は男性向きでもそういうキャラは珍しくない。
それどころか、純然たる女性キャラが一人も登場しないような作品すら存在する。
勿論需要があるからその存在が許されているのだが、おそらくは年間何百、何千という美少女物の作品が世に出さており、それらと慢性的に付き合ってきた為に既存の美少女キャラに飽きてしまった者も多いのだろう。
そして新天地を求めた結果、このような需要が生まれたのだと思われる。
しかし何故沙羅は、男性向けで物色しているのか?
可愛い男の子が出てくる作品ならば女性向けのもあるし、それらの品を専門的に扱っているような店もある。
だけど沙羅としては、そちらは彼女の嗜好から少し外れるらしい。
無論、ビジュアル的には沙羅の好みのキャラクターもいない訳ではないが、女性向けの作品だと、声をあてている声優が男性であることが多いのが、沙羅には不満なのだ。
彼女にしてみれば変声期後の声音のキャラは「男」であって、「男の子」でも「男の娘」でもない。
彼女にとってこれだけは譲ることができず、それらのキャラの二次創作を読む際、セリフが脳内で再生される時に男の声だと気に入らないのだ。
なにより、男性向けの方がHシーンが「濃い」、これがポイントである。
女性の中にはその辺を忌避する者も少なくはないのだが、沙羅はどちらかというと男性的な脳の造りをしているのかもしれない。
実際、エロゲーを嗜む際には、女の子を攻めるのも嫌いではなかったりする。
まあ、所詮、二次元のキャラクターはフィクションであり、現実に存在している訳ではない。
性別等はただの記号であり、設定に過ぎないので、こだわっても意味がないと彼女は心中で自己弁護している。
しかし実際、同人誌等で既存のキャラクターの性別が勝手に変えられてしまうことは、決して珍しくはないのだ。
結局は二次元のキャラクターの性別などは、描き手の筆加減一つで左右されてしまう。
こだわっても所詮は虚構に過ぎないので、適当に割り切った方が良い。
「あ、あったあった」
周囲からの生暖かい視線で見守られる中、沙羅はお目当ての本を発見したようだ。
その具体名は省略しよう。
と言うか、淫猥すぎて書けない。
勿論、その表紙イラストもかなり劣情を煽るようなものである。
お見せできないのが非常に残念だ。
その本を沙羅が手に取った瞬間、沙羅のスマホが振動し始めた。




