追い詰められた獲物
誓示の圧倒的なまでの強さは、間違いなく人間の次元には無い。
それが直感的に理解できたのだろう。
壮前は脅えきった表情で、机の陰に慌てて駆け込んだ。
勿論、今更身を隠したところで、誓示から逃れられる訳でもないが、彼と対峙しているだけでも耐え難い恐怖を感じてしまい、そうせずにはいられなかったのだ。
「……お前がここの社長か?
敬愛する所長のお嬢さんに喧嘩を売ったという、身の程知らずの馬鹿野郎の壮前とかいう奴は……」
壮前は誓示に呼びかけられて、縮み上がった。
そしてとっさに、
「ち、違う、わしはここの担当税理士だ!」
と、穴だらけの嘘をついて、誤魔化そうとした。
何処の世界に出会い頭の人間に向けて、銃弾を撃ち放つ税理士がいるのだろうか。
しかし壮前には、そんな細かいことを気にしていられる余裕はなかった。
「ん~?」
誓示は胡散臭そうに、壮前が隠れている机を眺めていたが 、
「あ、やっぱりあいつか。
分かった」
と、また独り言を言っている。
「……お前が壮前だってことは、もうバレているからよ。
さっさと出てきな」
「ば、馬鹿なっ、何を根拠に私が壮前だと言うんだ……!!」
壮前は狼狽えた声音で机の陰から反論するが、その狼狽しきった声は十分に根拠となるように思われた。
だが、それ以上に確かな根拠を誓示は掴んでいる。
「……お前に恨みを持っている霊の団体さんが、みんな口を揃えてお前が壮前だって言っているんだけどなぁ。
あくどい商売で、結構な数の人間を破滅させてるな、お前。
日頃の行いが悪いと、いざという時に命取りになるぞ。
ま……今更忠告しても遅いが」
そう呟くように言いながら、誓示はゆっくりと壮前が潜む机に歩み寄った。
近寄ると、もう殆ど壮前の姿は丸見えなのだが、それでも壮前は冬眠中の熊のように身を丸めて、身を隠そうとしている。
「な……な、霊だと?
そんなものが見えるだなんて、信じられるかっ!」
「……一応うちの表の家業は、除霊屋なんだけどな……。
しっかり見えるぞ。
なんならここにいる団体さんの名前を、読み上げてやるか?
ミシマタツヒコ……カトウマサシ……」
「し、知らん、そんな名前は知らん!」
それは本当だった。
壮前には、今誓示が読み上げている名前に、心当たりが無い。
だが、それは彼が無実だからという訳ではない。
いちいち食い物にした相手のことなど、憶えていなかっただけだ。
単なる金蔓の名前や人格など、彼にとっては興味の対象外だった。
しかし──、
「ヒロカワレイコ……オオモトサクラ……」
名前が女性名になると、いくつか心当たりのある名前が出てきた。
当然だ。
それらは、壮前が一時期愛人として囲っていた女達の名前だったのだから。
しかし彼女らは、壮前が飽きた途端に風俗業界等に売り払ってしまった。
その中には逃げられないように麻薬漬けにされた末に、禁断症状で廃人となってしまった者や、自殺してしまった者、果ては臓器としてばら売りされてしまった者までいる。
(何故、こいつがその名を知っている!?)
壮前は思わず誓示の方を見る。
そして誓示と目があった。
「心当たりがあるだろ?
ざっと17人……随分と人を死に追いやったな。
死人だけでもこれだ……被害者はこの何十倍もいるだろうな。
これはお嬢さんの頼み抜きでも放ってはおけないし、被害者の皆さんが声を揃えて代わりに仇を討ってくれ……と、俺に頼んでいる……。
……覚悟はいいか?」
誓示は笑う。
獲物を追いつめた獣のような笑みだ。
そして彼は、コートの懐に手を差し込む。
それを見た壮前は、「殺らなければ殺られる」と、反射的に手にしていた合口を引き抜き、誓示に斬りかかった。
ところが──、
「刃を禁ずる」
壮前の斬撃は、誓示が懐から出した呪符に受け止められた。
ただの紙にしか見えないのに、まるで厚い鉄板であるかのように刃を弾き、その衝撃で刀身は折れてしまう。
「ぐああああっ!?」
壮前は悲鳴を上げた。
刀身が折れるような衝撃だ。
合口を手にしていた壮前の手首も、無事では済まない。
捻挫か、はたまた骨折か、その怪我の程度は見た目では分からないが、彼は合口を取り落とし、右の手首を左手で押さえながら床に蹲った。
「なに痛がってるんだ?
そんなの、これからお前が負う傷から比べれば、かすり傷だろう……」
と、誓示は手にしていた呪符を、手近にあった机に貼り付けた。
すると、机は瞬く間に爆薬で爆砕されたかのように、原形を失った。
だが、不思議と大きな音がすることもなく、破片はさほど飛び散らずに静かに床へと散乱した。
一体何をどうすれば、こんな風に物体を破壊することができるのだろうか。
理解しがたい現象を目の当たりにして、壮前は恐怖に顔を歪めた。




