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禁じる男

 足音は、壮前(さかざき)がいる部屋の前で、一旦は止まる。

 誰かが中を覗き込んでいるような気配はあったが、やがて足音は通り過ぎていった。

 壮前は安堵して、机の陰から顔を覗かせて周囲の様子を探ろうとしたが、その途端、遠ざかりつつある足音が止まる。


 そして──、

 

「ん? ああ、さっきの事務所に一人隠れてる? 

 なんとなくそんな気もしたが、やっぱりそうか」

 

 誓示(せいじ)の独り言が聞こえてくる。

 その内容は誰かと会話しているかのようだが、声は一人分しか聞こえてこない。

 ならばやはり独り言だ。

 

 しもかく、足音が足早に戻ってくる。

 

「ひ、ひいいいいっ」

 

 壮前は事務室の入り口へと銃口を向ける。

 彼は恐怖のあまり、完全に冷静さを失っていた。

 だから部屋の入り口に人影が現れた瞬間、相手が誰なのか確かめることもなく、勢い良く引き金を引く。


 もしも部下だったらどうするかなんてことは、撃ってしまってから気がついた。

 思いのほか大きな発砲音が、彼にわずかな冷静さを取り戻させたのだ。

 だがすぐに彼は、先ほど以上に混乱することになる。

 

「弾丸を……禁ずる」

 

 壮前の撃った弾丸は、事務室に入ってきた男──誓示の額に命中したものの、まるで土塊(つちくれ)であったかのように弾けて脆くも砕け散った。

 

「っ!? 

 ……っっ!?」

 

 混乱した壮前は、更に誓示目掛けて弾丸を撃ち放った。

 何発も何発も、果ては弾が切れて、何も発射されなくなっても、カチカチと引き金を引いている。

 

 その結果──誓示は無傷だった。

 弾丸は全て彼に命中はしていたが、何故か弾丸の全ては誓示の身体(からだ)を少しも傷つけることなく、逆に砕け散ってしまっていたのだ。


 これは誓示の身体が、鋼鉄のような硬度を持っている──という訳ではないだろう。

 いかに硬い物質に撃ち込んだところで、弾丸はそう簡単には砕けない。

 たとえ厚い鉄板に撃ち込まれたとしても、跳弾してあさっての方向に跳んでいってしまうのが普通だ。

 

 これは誓示の仕掛けた術によって、弾丸の方が脆くなったのだ。

 誓示は呪禁道(じゅごんどう)の術を基本として使っているが、有用なものであればその術系統はこだわらずに取り入れて融合させ、更に大幅なアレンジを加えている。

 彼が今しがた使ったのは、どちらかといえば道教の術に近い。


 しかし、呪禁道や道教と言われても、一般人にはそれがなんなのかよく分からないだろう。

 呪禁道とは、現在の密教系陰陽道の源流の一つとなったとも言われる呪術の系統である。

 陰陽道ならば映画やテレビドラマ等で脚光を浴びたことがあるので、一般人でもどのようなものなのかはある程度分か分かってもらえると思う。

 つまり呪禁道はその陰陽道の親戚のようなものだと思ってもらえれば差し支えないし、素人目線では両者を区別しなければならない必要性も無い(勿論、両者とも厳密には同じ物ではないことは確かなのだが)。

 

 一方道教とは、平たく言えば仙術──つまり仙人が使う術の系統である。

 仙人は人間が神になろうと試みた結果生まれた物であるとも言われており、それだけに道教の術の中には不老不死の秘術等、神がかった効力を持つものも多い。

 

 その中に対象物の性質を禁じて、その働きを奪うことができる術がある。

 例えば、水を禁じれば熱しても沸騰せず、冷やしても凍らなくなる。

 また、刃物を禁じればその刃は全く斬れなくなり、人を禁じればその精神活動を封じて術者の操り人形と化すという。

 

 とはいえ、一体どうすればそのようなことができるのか、それは術を使っている当の誓示自身でさえも一般人に納得できるように説明することは難しいだろう。

 言うまでもなく誓示が行ってみせたのは、完全にこの世の物理法則の常識の埒外に属する現象だからだ。

 

 ただ、あえて言うのならば、かつて人々は、あらゆる物質や現象には、神や命や魂が宿るものだと信じていた。

 樹や獣や石や道具や山や雷や風──と、とにかく万物に心があるのだと信じられていた。

 そしてそこに心があるのならば、その心に働きかけて、人の望む結果を得られることも可能だと信じられていた。

 

 例えば山や川の神を祀って自然災害が起こらないように、あるいは作物の豊作を祈願するなど、実際に効果があったかどうかは別の話だが、今日でも日本全国で行われている祭事の数々は、そのような思想に基づいて行われるようになったはずだ。

 同様にあらゆる魔術・呪術の多くは、それを根元としているのではなかろうか。

 

 そのことを踏まえて誓示の行った術の原理を意訳すると、「弾丸の意識に『自分は脆い』と強烈な暗示をかけて本当に脆く変化させた」──こんなニュアンスとなるだろうか。

 人間でも只の棒を焼けた火箸だと信じ込ませた上で押しつけられれば、熱さを感じ、火傷を負うことさえあるというのは有名な話だ。


 心はそれほどまでに肉体に影響を与えるのだから、もしも弾丸にも心があるのならば、同じような現象は起こり得る。

 無論、これは概念的な例えであって、実際にはもっと常人には理解できないような複雑な法則や力が働いているのだが。

 

 ともかくだ──誓示のこの術は、彼にほぼ無敵にと呼んでも過言ではないほどの大きな加護を与えていた。

 この術の加護がある限りは、自動小銃の連射はおろか、戦車砲弾の直撃でさえも彼を傷つけることは不可能だろう。

 理論上は核兵器ですらも無効化できるのかもしれない。

 呪禁道や道教とかの説明については、かなりフィクションです。


 それと、パソコンの状態が不安定で、故障しないかと不安だ……。

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