迫る足音
正体不明の尋常ならざる敵の来襲に、壮前の部下達は激しく動揺した。
そんな部下達を、壮前は激しく叱責する。
「オロオロしてねぇで、さっさと迎撃しろっ!!」
「ハ、ハイっ!!」
壮前にがなられて、部下達は慌てて思い思いの得物を手にし、部屋を出て行った。
それを見届けて部屋に残った壮前は、再びモニターに視線を移す。
そこには未だに誓示の姿があった。
ドアは既に開いているのだから、壮前側の迎撃体勢が整っていない今の内に行動を開始した方が有利なはずなのだが、余裕があるのか彼は悠然とそこに立っていた。
おもむろに誓示は、カメラの方へ視線を向ける。
そしてその向こうに壮前がいることが分かっているかのように、カメラのレンズを睨め付けて、そしてニヤリと笑った。
その瞬間、モニターの映像が何故か途切れる。
誓示は笑う以外の動きを、一切していなかったはずなのに──。
「…………!?」
壮前には何か自身の理解できない事態が、着実に進行していることだけは理解できた。
だが、それは何の解決にもならない。
払拭できずにただ増大していくだけの恐怖をどうにかして和らげようと、重役向けの豪奢な机の引き出しの中を引っかき回して、拳銃を取り出した。
しかしそれでもまだ足りないとでも言うかのように、棚の上に飾っておいた担当──合口も引っ張り出す。
普通の人間を相手にするには、十分過ぎるくらいの武装だ。
この装備の前では、どんな人間でも敵ではない。
いや、そもそも拳銃やら刃物やらで武装した十数人を倒して、この3階の事務所まで辿り着ける者などいるはずがない。
壮前の装備は必要の無い物だ。
──相手が普通ならば。
下の階から銃声が聞こえてくる。
10発、20発……と、1人の人間に向けて放たれたものとは思えないような数の、発砲音が聞こえてくる。
普通ならば、最初の1~2発で十分に敵を撃退できたはずだ。
それにも関わらず、銃声はなかなか止まない。
それどころか、ついにはドドドドドドドと、自動小銃の連続発砲音まで聞こえてくる。
何故、たった1人の人間に対して、そんなものまで使う必要があるのか。
答えは簡単だ。
相手がそれを使わなければ勝てないような、化け物だからだ。
そして永遠に続くかと思われるほど長い自動小銃の発泡音が唐突に途絶え、壮前建設に静寂が戻る。
「や……やったのか?」
壮前はそうひとりごちたが、何かがおかしかった。
先程の喧噪が嘘のように、この建物は静寂に包まれていた。
それは侵入者と、それを迎撃する者との間に行われた戦闘が終息したことを示していたが、それにしても静かすぎる。
人の気配が無さすぎた。
一体十数名に及ぶ壮前の部下達は、どうなってしまったのだろうか。
重い静寂が辺りを支配していた。
いや、完全な静寂ではない。
コツコツと、足音が聞こえてきた。
それも、おそらくはたった1人分だけ。
「ひ……」
壮前は震え上がって、机の陰に身を隠した。
どうか自分の存在に気づかないまま帰ってもらいたい──と、神へ必死に祈った。
こんなに真剣に祈るのは、3年前に牡蠣にあたって酷い腹痛や下痢に悩まされた時以来だ。
あの時は1日で5kg以上も体重が落ちて本気で死ぬかと思ったが、今回はその時以上に危機的状況だった。
(神様……!! もう悪いことはしません。
この場を凌ぐことができたら、この業界から足を洗って、真面目に生きていきますから、どうか命ばかりは……!!)
それは壮前がこの世に生まれ出て以来、最も強い願いであったかもしれない。
だからなのか、その願いは天へと通じた。
彼の望みを裏切る形で──。




