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裏からの引き抜き

 沙羅の提案に、大江は難しい顔をする。


「確かに面白そうな話だが……。

 俺が今いる業界は、そう簡単に足抜けできないのはあんたも知っているだろ?」

 

 大江の言う通り、裏の業界からはそう簡単に抜けられるものではない。

 特に昨今では人手不足が深刻なので、その傾向はより顕著だという。

 

 たとえ表であろうが裏であろうが、楽な仕事など有りはしない。

 一見楽そうに見えても、それが法を犯して成り立っている物なら、それなりのリスクや責任がある。

 だが、最近の若者は、そのようなものを背負うことを嫌い、犯罪に近い、あるいはそのものの行為に手を染めたとしても、それを本職として行おうと思う者が少なくなっている。


 いわば裏の業界にも、フリーター志向の者が増えているという訳だ。

 無論、暴対法の改正による規制強化の影響も大きい。

 

 そんな理由もあって、業界の人材不足は深刻化している。

 そして大江ほどの実力がある者なら、壮前(さかざき)でなくても手放したがらないのは当然のことだろう。

 もしも彼が無理に抜けようとすれば、命を狙われる可能性だって十分有り得る。

 まあ、大金を払えば解決する場合もあるが、大江にそんな金は無い。


 しかし、沙羅はあっけらかんと言い放った。

 

「ああ、壮前建設なら、今日限りでこの世から消滅するから、気にすること無いよ」

 

「なっ!? 

 今日限りって、マジで潰す気なのか!?」

 

 大江は度肝を抜かれた。

 確かに沙羅のように化け物じみた実力があれば、単身で壮前建設に乗り込んでいき、構成員全員を病院送りすることも不可能ではない。

 

 だが、それが容易なことだとは、彼には思えなかった。

 確か大江の記憶では、壮前建設にはサブマシンガン等の、強力な火器もあったはずだ。

 いくらなんでも毎秒何十発の弾丸を撃ち出せるような武器の攻撃を受けて、無事でいられる人間などいるはずがない。


 魔法じみた、というか魔法そのものの技を使える沙羅でも、分が悪いだろう。

 そもそも、壮前建設を今日潰すつもりなら、わざわざ出直して壮前側に迎撃の準備を整えさせる理由が分からない。

 何処からか圧力をかけて潰す、というやり方ならばまだ分かる。

 しかしそれは手続き云々で、今日中に動くことは難しいはずだ。

 

 事実、下手に圧力をかけて追いつめられた壮前側が、やけっぱちの反撃に出る可能性を考えれば、圧力をかける方にもそれなりの防護策が必要になる。

 いくら沙羅に政府上層部へのコネがあっても、そう簡単にことは運ばないだろう。

 大江がそれを指摘すると、沙羅は出来の良い生徒を持った教師のような表情で(うなづ)いた。

 

「うん、普通に圧力をかけたら今日中にことは終わらないし、私だって単身で乗り込むほど無謀でもないよ。

 でも、問題なく今日中に片がつく」

 

 と、沙羅は上着のポケットから、スマホを取り出した。

 よく先ほどの勝負で壊れなかったものだと、ついそんなことに感心している大江の前で、沙羅は誰かを呼び出している。

 

「あ、誓示(せいじ)さん? 待機御苦労様。

 え~と、それでね、例の業者がうちに喧嘩売って来たの。

 うん、そう。

 だから依頼人に害が及ぶ可能性もあるから、今日中に跡形もなくやっちゃって欲しいのよ。

 あ、問題ない? 

 じゃあ、早速お願いしますね。

 今度、御礼に食事でも奢りますから。

 では、頑張って来てくださーい!」

 

 沙羅は手早く通話の相手と会話を済ませて、スマホを元のポケットにしまい込んだ。

 

「ど……どこにかけたんだ?」

 

 会話の内容から、かなり不穏なものを感じたのだろう。

 何処か脅えたような大江の問いに、沙羅は不敵な笑みを浮かべた。

 

「うちの最強のところ」

 

「最強って……まさかあんたよりも強いのか?」

 

「うん、私の3倍くらいは」

 

 その答えに大江は一瞬言葉を失った。

 具体的に沙羅よりもどう3倍強いのかは分からないが、その者が大江の想像を超えるような化け物じみた強さを持つであろうことだけは、なんとなく分かった気がする。

 そんな奴に襲われれば、壮前どころか米軍の一個師団でも勝ち目はないのではなかろうか。

 沙羅の冗談ではなれば……という前提ではあるが。

 

「ったく……ホント、世界は広いなぁ」

 

 そうしみじみと呟く大江に、沙羅は笑う。

 

「うちに来れば、もっと広い世界を見せてやれるわよ」

 

 確かに今日沙羅が大江に見せたのは、彼女の実力のほんの一部でしかないのだろう。

 まだ見せていない真の実力を含めて、彼女がこれから見せてくれるものがどんなものなのか、それは大江にとって興味深いものだった。

 

「……じゃあ、この大江左京(さきょう)、暫くそちらでお世話になりますわ。

 よろしく」

 

 大江は路面に大の字で寝たまま笑った。

 まだ、身体の自由がきかないほどあちこち痛むが、それよりもなんだかわくわくしてたまらなかった。

 そんな大江の心を表すかのように、彼が見上げた空は雲一つ無く晴れ渡っていた。

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