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必殺の技

 法要の準備でちょっと更新が遅れました。

 沙羅は大江が打撃で決めにくる物だと思っていた。

 事実、彼にはそれだけの実力があるし、今し方の攻撃たって少しでも沙羅の反応が遅れていれば、勝負は決まっていただろう。

 

 だから大江が組み技に出る可能性を、沙羅は途中から排除していた。

 しかし、この期に及んで彼は組んできた。

 これは完全に裏をかかれたと言ってもいい。

 

「今更組む必要なんて無いと思っていたけど……それをあえてしてくるなんて……」

 

「それが駆け引きってもんだろうが。

 さて、どうする? 

 勝敗は決まったような物だが?」

 

「ヤボなこと言わないでよ。

 勝敗なんてものは、勝負を始める前から決まっていたでしょ? 

 今更やめるくらいなら、最初からやっていないって。

 この際、あんたが気の済むまでやってみな」

 

「……それもそうだな。

 じゃあ折角だから、今まで誰にも使ったことがないやつを使ってやるよ」

 

 つまりは危なすぎて、常人相手には使えなかったということだろう。

 

「俺が編み出したものだから、あんたも初めて経験する技だぜ。

 まともに受ければ確実に死ぬと思うが……死ぬなよ?」

 

「まあ、死にはしないでしょ」

 

 沙羅はそう言うが、実際のところは彼女にも予想できなかった。

 とにかくこの後に大江がどんな技を繰り出してくるのか、それがかまったく想像できない。

 彼の右手は沙羅の奥(えり)を掴んだまま、それを離そうとはしなかったのだから。

 

 一体この状態から、どのような技がありえるのだろうか。

 このまま手首を捻るようにして、襟を絞れば絞め技にはなるかもしれないが、そのようなありきたりな技がくるるとは思えないし、衣服を掴んだ状態から関節技というのも考えにくい。

 

 それに、右手で相手の奥襟を掴むとという少々不自然な体勢からでは、打撃技は全く効果が無いという訳ではないが、本来の力は発揮しにくいだろう。

 

 となると、一番考えられるのは投げ技である。

 具体的にどんな技なのかまでは分からないが、確かに投げ技ならば相当の威力を発揮することができる。

 アスファルトの硬い路面に頭から落とされれば、たとえどんなに丈夫な人間でも高確率で死ぬ。

 

 一応沙羅は、投げ技に対しての受け身は一通りできるが、受け身を取ることができない投げ技というのも存在するので、まずは投げられないようにすることが彼女にとっての一番の課題となる。

 彼女は大江のあらゆる動きに対処できるように身構えた。

 大江も沙羅の準備が整ったのを確認して動く。

 

「じゃあ、いくぞ」

 

 まず大江は左手で、沙羅の右手を取った。

 これによって、少々変則的ではあるが柔道で組む時の形になった。

 

(やはり投げ技──!)

 

 沙羅がそう判断した次の瞬間、大江は彼女の予想を超えた動きをする。

 彼女の奥襟を掴んでいた大江の右腕が急に突き出されたのと同時に、肘が曲げられる。

 これによってその肘は、沙羅の喉元に叩き込まれた。


「ガッ!?」


 殆ど密着した状態からの肘打ちだ。

 威力はさほど高くはない。

 だが喉は、人体最大の弱点に数えられる部位である。

 沙羅は一瞬息を詰まらせ、予想外の攻撃を受けたことによる動揺もあって、姿勢を大きく崩す。

 

 そのタイミングを見計らって、大江が右足を沙羅の右足にかける。

 この時点で沙羅は、大江の技の正体を完全に理解した。

 

(ヤバッ!

 これ、まともに入ったらホントに死ぬ!)

 

 大江の仕掛けてきた技は、柔道で言うところの大外刈りの変形技だ。

 首に打撃を叩き込んで、相手の体勢が崩れたところを押し倒す。

 これでまず間違いなく致命的なダメージが生じる。

 首に入れられた肘で頭が固定されてしまうので、受け身を取ることによって頭を庇うことができないのだ。

 

 つまりこのまま倒れたら、硬いアスファルトの路面に頭を(したた)かに打ち付けることになり、下手をすれば頭蓋骨の骨折程度では済まないだろう。

 また、首にも大江の体重が乗せられた肘が落ちることになり、気管を押し潰さることでこれまた致命的なダメージとなる。

 

 これは使おうと思えば子供にだって使えるような単純明快な技ながらも、打・投が一体となった恐るべき技であった。

 まさに殺人技と呼ぶに相応しい。

 

「オオオオオオオーッ!!」


 大江の雄叫(おた)びと共に、沙羅の足にかけられた彼の足にも力がこもる。

 もしも沙羅が大江ほどではないにしろ、今の倍ほどでも体重があれば、こらえて踏みとどまることもできたかもしれないが、やはり軽い彼女の足は、あっさりと刈られてしまう。

 後方に倒れていく感覚と、首に当てられた肘に増していく大江の体重を感じながら、沙羅は諦観(ていかん)のこもった笑みを浮かべた。

 

(完璧に……負けた)

 当然だけど、技は真似しないようにお願いします。

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