料金交渉
どうやら奈緒深の家は、急激に没落してしまったらしい。
ならば沙羅も、無い所から無理矢理に毟り取るほど鬼ではない。
が、一応確かめるべきことは、確かめておくことにする。
「それでは……報酬のお支払いの方は?」
「あ、報酬でしたら、数十万円までならなんとか……」
「でもうちは、1000万円とか、取る時はその単位で取るよ。
場合によっては、命がかかっているからね」
「い、1000万単位で……ですか?」
つまり依頼内容によっては、その数倍の額が請求されることもあるという訳だ。
常識的にいって、学生に対して提示されるような額ではない。
だが、奈緒深が目の前にしているのは、世間的には真っ当ではない職種の人間である。
奈緒深は、恐る恐るといった感じで沙羅に問う。
「参考までに、これまでの最高報酬はおいくらでしたか?」
「2億円くらいだったかな?」
「に……!?」
平然とした沙羅の答えに、奈緒深は明らかに怯んだ様子だった。
絶句して一瞬固まった彼女は、
「……ちょっと考えさせて下さい」
そう答えてから、ガックリと項垂れた。
最悪の場合、2000万円くらいなら家と土地を売ればどうにかなるかもしれない。
だが、それ以上の額ならば、たとえ分割でも風俗店に身売りするか、それとも何か非合法の手段で稼がなければ払いきれないだろう。
勿論、元より報酬額が安くないであろうことは、奈緒深もある程度は予想していた。
最近、故人に戒名を付けるだけでも、数十万円以上かかる場合があることを知って驚いたばかりである。
葬儀や墓石を用意する為にも、百万円単位の費用がかかって愕然とした。
とにかくこの手の霊に関わる商売の相場が、異様に高いことを奈緒深は身に沁みて分かっていたつもりだった。
……つもりであったのだが、まさかここまで法外だとは思わなかった。
(……どうしよう)
「…………」
なにやら激しく葛藤している奈緒深の様子を見て、沙羅は嘆息した。
「まあゆっくり考えてくださいよ。
報酬は現時点ではなんとも言えないけど……。
依頼内容の難易度によっては、数千万円の時もあれば、数万円で済む時もありますから……。
ただ、少なくとも私は、奈緒深さんからの依頼があれば、それを断るようなことは絶対しないよ。
たとえ命の危険があるような仕事でもね」
「……え?」
奈緒深は驚いたように顔を上げた。
まだ依頼の内容については一言も話していないのに、沙羅は依頼を必ず受けるという。
たとえ生命に関わる要素があったとしても、それを断る理由としては考慮しないということだ。
「そもそも私の仕事は霊感商法だ、インチキだ、詐欺だ、と一般の人達からの偏見が強い。
と言うか、うちと同業……と言うのはちょっと嫌なんだけど、それらの大半は偏見ではなく事実だし。
そんな胡散臭い業界に助けを求めてくること自体、かなり追いつめられてのことでしょ?
しかも2億円なんて額を聞いてなお、すぐに諦めないってことは、よっぽどの事態が奈緒深さんの身に起こっているという証明でしょうし。
私にはそんな人を見捨てるような真似は、できませんから」
「あ……ありがとうございます」
沙羅の言葉を受けて、奈緒深の目が僅かに潤んだように見えた。
やはり、かなり切羽詰まっていたらしい。
「……ではとりあえず、うちの最低報酬のコースで依頼を引き受けて、もしもその後に追加料金を必要とするような事態が発生した場合、依頼を更新するか否かを判断するというのはどうかな?
それならば、奈緒深さんが報酬をこれ以上払いたくないと思った時点で、いつでも止められるから、お互いに適正な報酬額となるはずですが?」
「そ……そうですか?
そうして頂けるとありがたいです」
「じゃあ……3日以内に依頼遂行で15万円──というのはどうです?
勿論、それ以上の日数を要する場合や、極めて危険な事態が発生した場合は、追加料金になりますが。
一応成功報酬だけど、途中で依頼を解約する場合はキャンセル料というか、私もただ働きする訳にはいかないので、一日当たり一万円程度の人件費さえ払って頂ければそれで済みますよ」
「あ、ハイ。
では……それでお願いしたいと思います」
奈緒深は沙羅の提示した料金に、小さく頷いた。
3日で15万円というのは、学生の感覚では──いや、一般の社会人の感覚でも、かなり高額であるように思えるが、先に聞いた2億円から比べればものの数ではない。
しかも成功報酬だ。
もしも最後まで依頼を完遂しなくても、さほど問題が無いという確証さえ得られるのならば、そこで解約して数日分の人件費を払うだけで済む場合もあるのだ。
これはかなりお得だと言っても、いいのではなかろうか。
「では、この契約書にサインしてね」
「あ、ハイ」
奈緒深は沙羅から差し出された契約書の内容を、一応よく確認しながら記入していく。
そして全てを記入し終えた頃になって沙羅は、
「ちなみに、このような段階的に金額を請求されるタイプの物は、いつでも止められると思わせておいて、いつの間にかやめるにやめられない状況に追い込まれている……ってのが、悪徳商法の常套手段だから気をつけてね」
笑顔で奈緒深に告げた。
「ハ……ハア……」
そんな沙羅の笑顔に対して、奈緒深は全く笑えなかった。
(親切心で一般的な忠告をしてくれただけなんだよね?
……ここは違うよね……?)
既に契約書にサインをしてしまった以上、そう思い込もうと奈緒深は必死だった。
そんな奈緒深の顔は、沙羅にとってひたすら面白かった。
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