戦いの充足
大江は刀への恐怖を克服し始めていた。
いや、それも正しいのかもしれないが、実際には恐怖よりも嬉しさの方が勝ったと言うべきか。
確かに沙羅の操る刀の切れ味には驚かされたが、その切れ味も確かな技術の上に成り立ったものだ。
そしてその技術を得る為に注がれた修練と才能が、一体どれほどのものなのかは大江にも想像の域を出ないが、並大抵の物ではないことだけは確かだろう。
おそらく相応の苦行と時間という、小さくない代償を支払って得た技術のはずだ。
その技術と大江は対等に戦える。
凌駕しようとさえしている。
それは己が身につけた技術と、そこに注ぎ込んだ修練と才能が沙羅のそれよりも上回っており、そしてそれが報われていることの証明である。
これまでの行いは無駄ではなかった──これほど嬉しいことは無い。
大江の目つきが変わる。
まるで獲物に狙いを定めたような、野獣の目つきに──。
未だに攻めているのは沙羅だが、彼が攻勢に出ようとしていることは彼女にも直感的に分かった。
「このっ──!」
若干焦りが入り混じった声と共に、沙羅は渾身の力で刃を突き出す。
それはまるでは当然のことであるかのように、大江の脇をかすめて突き抜けるが、彼女は止まらない。
突きからの胴薙ぎ──殆ど触れるようにして脇腹のすぐ横を通り抜けた刃が、再び襲いかかってくるのだ。
これはまずかわせない。
勿論、殆ど振ることもできずに相手に当たってしまうので、威力の方は期待できないが、刃を相手の身体に当てることさえできれば、刃を引くだけで大江を戦闘不能にするには十分すぎるほどの傷を負わせられるはずだ。
が、沙羅が刀を振ろうとする前に大江は前に踏み込んだ。
沙羅の突き出した刀よりも更に内側へ入られては、刀を振ったところで大江には腕しか当たらない。
むしろ、ここまで大江の接近を許してしまうと、攻撃よりも防御に専念した方が賢明だ。
(読まれていた──!?)
大江は沙羅目掛けて拳を打ち下ろしたが、それはモーションが大きく、「避けて下さい」と言わんばかりのパンチだった。
そのあからさまに含みのある攻撃に、沙羅は素直にかわして良いものなのかと一瞬躊躇した。
だが、避けなければ大ダメージは必須なので、身を捻ってその拳をかわす。
「!?」
沙羅の目が驚愕に見開かれた。
大江の拳は勢いが余ったのか、アスファルトの路面に叩き込まれたのだが、普通なら壊れるのは人の拳の方だろう。
しかし信じがたいことに、アスファルトの方が割れた。
その威力を見せつけられた沙羅は、跳ねるように後方に退いて刀を構え、そのまま動かなくなる。
今は攻めようなどとは思えなかった。
(やり返された──!)
そう、大江は先ほど沙羅が刀の切れ味を見せつけることによって彼の動きを牽制したのと同様に、今度は自らの拳の破壊力を見せつけることによって、沙羅の動きを牽制したのだ。
しかも、大江は腰を深く落として構えていた。
まるで渾身の力を込めて、正拳突きを打とうというかのような構えである。
もっとも、そのしっかりと路面を踏みしめた構えでは、素早い動きは難しい。
だから沙羅は、大江の身体の何処にでも容易に刀を打ち込むことができるだろう。
だが、生半可な攻撃では、大江の渾身の攻撃を止めることができない。
おそらくそれは、頭に当たれば頭が跡形もなく吹き飛ぶし、胴に当たれば内臓が全て破裂するだろうというほどの致命的な威力を持った攻撃だろう。
それを受けない為には、大江が攻撃を繰り出すよりも先に彼を無力化するしかない。
この勝負は殺すか、殺されるかのどちらかという訳だ。
そして死を恐れない覚悟か、人を殺めることを躊躇わない覚悟のどちらかが必要になる。
これは、「その覚悟があるのなら、好きなように攻撃してこい」という、大江の挑発であり挑戦なのだ。
もしも、その覚悟ができないのなら、ここはもう降参するしかない。
「……普通ならここで白ハタだね。
でも、ここでやめて不完全燃焼ってのも面白くないか……」
沙羅は笑みを浮かべて、刀を上段に構えた。
渾身の力を込めて刃を振り下ろす、一撃必殺の構え──。
これは一切の手加減をする余裕など無い──ということを理解した上での、必殺の構えということだろうか。
しかし大江は、沙羅からの殺気を感じることができなかった。
つまり彼女は、大江を殺さずに倒すつもりなのかもしれない。
一歩間違えば自分が死ぬかもしれないこの状況で、そんなことを考えていられるのは、彼女がよほどの大馬鹿か、それとも自身の実力への自負なのか。
ともかく、これから先の沙羅の行動は、大江にも予想がつかなかった。




