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切れ味

 大江は沙羅の攻撃に押されて、ジリジリと後退していった。

 そして彼は公園に植えられていた樹木の幹に、退路を断たれる。

 

 いや、上手くいけば、この木が活路に変わる。

 彼は木の幹に背を預けて、沙羅の次なる攻撃を待った。

 おそらくこれからは、急所への攻撃は無い。


 それは木によって背後への退路を断たれ、更に下は木の根がはっているので足場が悪い。

 このように動きが制限される状況では、攻撃を避けきれないことも有り得る。

 沙羅もそんなことで大江の命を奪ってしまうという結末は、望まないだろう。

 

 それに沙羅も下手に斬撃を繰り出せば、大江の背後にある木に刃を引っかけて、最悪の場合は刀身を折ってしまうことにもなりかねない。

 そうなれば、今度は彼女の方が一気に不利になる。

 ここは適当な攻撃で大江を広い場所に逃がしてから、勝負を仕切り直した方がいい──と、彼女は判断するのではないか。


 大江はそう予測していたのだが、沙羅は微塵の躊躇(ちゅうちょ)も無く、横薙ぎに刀を振るう。

 大江は慌ててその斬撃を回避するが、その背後にあった木はそうもいかない。

 沙羅の放った斬撃は、その木の幹に吸い込まれていき、そして、引っかかることも無くすり抜けた。

 

「!?」

 

 これにはさすがに大江も、度肝を抜かれた。

 確かに日本刀の切れ味は、一般人が考えるよりもはるかに鋭い。

 かつてとあるテレビのバラエティ番組で、「日本刀に銃弾を撃ち込んで、どちらが強いのか?」という実験が行われたことがある。


 その結果、刃に正面から撃ち込まれた鉛の弾丸が真っ二つに斬り分けられ、しかも刀はまったく破損することがなかったという、驚くべき切れ味を日本刀は発揮した。

 それほどまでに日本刀は斬れるが、人が振るうとなると話は別だ。

 刀を操る技術が無ければ、木はおろか、藁束だって斬ることは難しい。


 だが沙羅の斬撃は、あっさりと太い木の幹を突き抜けた。

 大江は沙羅の刀を操る技術の確かさを、改めて思い知らされる。

 そして──、

 

(なんだぁ……その切れ味は……!?)

 

 ここに来て、初めて刃に対する恐怖心がわいてくる。

 少し刀というものをなめすぎていたと、大江は思った。


 刀ならば、その辺の貧弱な人間の手足を斬り落とすことは可能だろう。

 しかし自分ほどの鍛え込まれた筋肉を持つ人間の身体ならば、そう簡単には斬り裂けはしない──大江にはそんな自負もあったが、どうやらそれは自惚(うぬぼ)れかもしれない。

 そう思わせるには十分すぎるほどの斬撃を、沙羅は示して見せた。

 

 このことによって、大江の動きが若干大きく──つまり刀の攻撃をより余裕を持って回避しようとするようになった。

 これは慎重になったともとれるが、どちらかと言えば、やはり刀に対する恐怖心の表れだろう。

 

 そしてこれは、沙羅の狙いの内であった。

 刀の威力を見せることによって、相手に緊張を生じさせ、その動きを乱す。

 これで先ほどよりも攻めやすくはなった。

 攻めやすくはなったが、予想していたほどには大江の動きは乱れてはいない。

 彼女はその胆力に舌を巻く。

 

(ちいぃーっ! 

 じゃあ、これならっ!)

 

 沙羅の斬撃の動きが変化した。

 いや、もう斬撃ではない。

 刺突──つまり突きだ。


 突きは刀を振るよりもモーションが小さい上に速く、それが(ゆえ)に何処を狙っているのか予想を付けることが難しい。

 その攻撃の質は、どちらかといえば至近距離から銃やボウガンを撃ち込まれるのに近いかもしれない。

 当然スピードは違うだろうけれど、そう考えればこの攻撃の回避がどれだけ困難なことなのかは、容易に想像できるだろう。

 

 だが、それでも大江はその攻撃をかわした。

 脇腹を浅く斬り裂かれはしたが、動きを阻害するほどの傷ではない。

 沙羅は続けざまに突きを放つが、やはりそれもかすりはしても決定打にはならなかった。


 若干動きが乱れていてさえこれだ。

 いや、むしろ一旦は乱れた大江の動きが、元に戻り始めている。

 大江は早くも刀に対する恐怖を、克服し始めていた。

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