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強者の渇望

 今晩2度目の更新です。

 確かに大江も、さきほどの樫元とかいうチンピラに放った蹴りは、かなりの手加減を加えていた。

 そして手加減してなお、一撃で相手の骨を砕き、更に意識までも失わせている。

 本気でやっていれば、確実に(あや)めていただろう。

 

 つまり大江は素手の状態でも、沙羅の刀と同様の一撃必殺の武器を有していると言っても良い。

 殴打でも蹴りでも、命中さえすれば普通の人間はそれで終わりである。 

 それ(ゆえ)に大江は、これまでに本気で戦ったことが無かった。


 それは普通の人間は弱すぎて、大江の相手にならなかったからだ。

 だから格闘技界に戦う相手を求めたこともあったが、そこにも彼とそこそこ戦える者はいても、互角以上に戦える者はいなかった。

 

 しかも大江が本気を出せば、間違いなく勝てる。

 結果、試合に出ても常に八百長を()いられた。

 勝敗の決まりきっている試合は客にとっては面白くも何ともないので、たとえ勝つにしてもある程度苦戦しているフリを要求される。

 また、高度なテクニックを要する技も素人の客には理解できないので、それらは禁じ手にされて派手で単純な力任せの技ばかりを使わされた。

 

 だが、そんなものは大江にとっては格闘技でもなんでもない。

 単なる子供の遊び──格闘技ごっこだ。

 そんな格闘技界に嫌気がさして、彼は戦う相手を求めて裏の世界に踏み込んだ。


 しかし、そこにも大江を本気にさせる相手はいなかった。

 勿論、生命の危険を感じるような状況に出逢ったことは何度かあったが、そんな状況下で出逢った敵は例外なく銃器を所持しており、それらの者は銃を手放せば素人以下の格闘センスしか持たない者も少なくはなかった。


 そんな者は、やはり大江にとって本気で相手をする価値が無い。

 動きが素人だから、銃を奪うことは容易(たやす)かったし、仮に銃弾を受けて倒れても、それならば仕方が無いとも思う。


 それは運が悪かったというだけで、自分が弱い所為ではないからだ。

 銃はその使い方が分からない者が手にしても、人を殺せる強力な武器だ。

 幼児にだって大江を殺せるかもしれない。

 それはもう、格闘技の実力が云々というレベルとは次元が違う。

 

 大江がしたいのは、純然たる力と技の()り合い──真剣勝負だ。

 そしてその相手が今ようやく目の前に現れた。

 

 相手は一撃で人を死に至らしめることができる刀を手にしているが、大江の拳だって一撃で人を殺せる。

 また、2メートルを超える長身を誇る大江には、刀を持つ沙羅と比べてもリーチの差はそれほど不利なものではない。

 条件は一つの例外を除いてはほぼ互角。

 

 後はどちらの技術が優れているのかということだが、それはこれからの戦いの中で分かってくるだろう。

 大江はボクサーのごとく、軽やかにフットワークを使いながら拳を構える。

 

「……レスリングかと思ったけど、キックボクサー系だった?」

 

「いや、他に空手や柔道とか、主だった物は一通りやっている」

 

「うわ、うちと同系統か。

 ……やりにくそう」

 

「なんだと?」

 

「私のトコも、剣術以外に色々やっているよ。

 使えそうな技は一通り取り入れてる」

 

「なるほど、それであの蹴りか。

 お互いに何が飛び出すのか、分からないという訳だな」

 

 大江は楽しげに笑う。

 だが、すぐに大江は表情を引き締めて、生まれて初めての真剣勝負に集中した。

 

 一方沙羅は、大江が刀を持って初めて互角に戦える相手だということを再確認した。

 一般的に「剣道三倍段」という言葉がある。

 武器を持つ剣道と他の素手での武道が互角に戦う為には、三倍の段位が必要という意味であり、それだけ武器を扱う者は強い。

 そして沙羅は、真剣を使いこなすだけあって達人の域だ。

 

 それにも関わらず、沙羅は刀を手にして初めて大江と互角だと認識している。

 つまり大江の格闘家としての段位は、十段とか二十段とか、マンガ等のフィクションの世界でしか見られないようなレベルに達しているということだ。

 

 実際、その巨体からは考えられないほど軽やかにステップを踏む──まるで軽量級のボクサーのごとく、いや、それ以上に軽やかな大江の動きを見ると、沙羅は正直「人間か?」と思う。

 それほどに大江が強いことは、今対峙している彼の動きと、伝わってくる気迫で分かる。

 もっとも沙羅が本気を出せば、素手でだって十分に戦えるが。

 

 でも、出さない。

 出してしまえば、そこであっという間にゲームは終わりである。

 そんなのは沙羅も大江も、望んではいなかった。

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