幼さ故に許されないこと
「あんた……あいつらを本気で斬るつもりだっただろう?
というか、一人は本当に斬っちまったし。
命までは取るつもりはなかったようだが、やりすぎじゃないか?
あいつらはまだ未成年者だぜ?」
大江は沙羅の容赦の無さが理解しがたかった。
「私はむしろ未成年者だから、斬ったんだけど?」
「何?」
沙羅の返答に、大江は訝しげに眉根を寄せる。
「人間、普通に生きていれば、人の命を奪うことなんか、一生に一度あるかないかよ。
なのにあいつらは未成年なのに、もう人を死に追いやっている。
わずか十数年生きただけで人を殺すような危険極まりない奴等なら、腕の1本や2本を斬り落としてやるぐらいの罰を与えてもいいんじゃない?
むしろそれでも、生ぬるい対応なんじゃないかしら」
「何だと……?
あいつらが殺人だなんて話は、聞いたことは無いが……」
「でも、私には霊が見えるもの。
あいつらのことを恨んでいる霊が、その背後に何人も憑いていた。
まあ、直接殺しをしていないのかもしれないし、生き霊も混ざっていたから、まだ死んでない被害者もいるけどね。
たぶん遊び半分で女の子を集団で強姦して、自殺に追い込んだりしたってところじゃないかしら?
憑いてるのは若い女の子ばっかりだったし」
「……それが本当なら、助けに入らなくてもよかったかな」
大江のその言葉に沙羅は微笑む。
あのチンピラ達もそうだが、壮前の社長にも、やはり彼の犠牲になったと思われる人間の霊が憑いていた。
他の関係者もみんなそうだ。
皆、霊感が無いから気付いていないが、その調子で背負う怨霊が増えていけば、いずれは物理的な影響力を持つようになるだろう。
だが、それで彼らが報いを受けるまで野放しのままでは、犠牲者達が浮かばれない。
沙羅が壮前建設を潰そうと考えた真意はそこにあるのだが、この大江という男だけは例外である。
彼には彼を憎悪する霊は一体たりとも憑いてはいない。
彼の場合は反社会勢力の団体に所属をしてはいるが、悪行よりも組織の犯罪を抑えるような役割をしていたのではなかろうか。
そう思ったからこそ、沙羅は彼に刀を預けることもできたのである。
「しかしだからと言って、本当に日本刀で人を斬るかよ……」
「うちは治外法権みたいなものだもの。
まず罪には問われないから平気よ」
「それでも本当に人を斬る度胸のあるやつなんか、滅多にいねぇよ。
……強いな、色んな意味で。
京野をやった時だって、あれでも手加減してただろう?」
「……!
あれが手加減だって分かるんだ。
そんな奴が、身内以外にいるとはねぇ……」
沙羅は心底感心したように大江を見る。
壮前建設で京野という名のチンピラを蹴り倒した時に、確かに彼女は手加減をしていた。
普通の人間の目から見れば、あれはまさしく「必殺技」──つまり必ず殺す技と呼ぶに相応しいものであっただろう。
だが、あの技には相手を死に至らしめないようにする為の、手加減が入っている。
それは二発目の蹴り。
これもまた普通の人間には、攻撃力を伴った純然たる攻撃のようにしか見えなかったであろうが──、
「二発目の蹴りが入らなかったら、京野はあの回転の勢いのまま、頭や首から床に落ちて、下手すれば死んでいた」
大江が言う通り、沙羅は二発目の蹴りを入れることによって、相手の身体が致命的な形で床に落下しないように体勢を変えたのである。
無論、それは最低限の生命を保障する為だけで、その他の生命に関わらない部位へのダメージは一切考慮していないので、ある意味では全く手加減していないとも言えるが。
「そっかぁ、あれがそこまで分かるのか……。
じゃあ…………私は刀を持ったままでいいよね?
さすがにあんた相手に素手だと、分が悪そうだし」
と、沙羅は唐突に刀を構えた。
それに対して大江は、唇の端をニィっと吊り上げる。
「別にあいつらを助ける為に、わざわざここに来たんじゃないんでしょ?
勝負がしたくてたまらないって……まるで飢えた野獣のような目をしているわ」
「ああ……勝ち目があるとは思えないが、だからこそ本気でやれると思ってな」
「いいね、そういう少年マンガの、ライバルキャラみたいなノリは好きだよ。
どうせヒマだし付き合ってあげる。
それにしても本気か……。
なるほど……あんたと互角にやり合えそうな人って、そこら辺の格闘家でもいなさそうだもんね。
さっきの蹴りとかも、手加減していたでしょ?」
「ああ……!」
大江は笑う。
やはり沙羅も気付いていたか──と。
今晩はもう一度更新します。




