予 告
今晩2回目の更新です。
「さて、どうする?
逃げるのなら今の内だけど?
人間、一度しか死ぬことができない……とかいう言葉をシェイクスピアは残しらしいけど、確かにたった一度しかない死ねないのなら、あえて悲惨な死に方を選ぶ必要は無いと、私も思うな。
例えば斬殺とかね……」
沙羅は薄く笑いつつ、鞘を地面に投げ捨てる。
そこに生じた音に驚いたかのように、チンピラ達の包囲の輪の半径を広げる。
ちなみに彼女は、シェイクスピアの著作の類いは一冊も読んだことが無かった。
たまたま辞書に載っていたのを脅し文句として使えないかと思い、頭の中にストックしていただけで、実はそれほど大層な知識は彼女にはない。
実際、高校にさえ行ったことがないのだから──。
それはさておき、
「ぐ……」
チンピラ達は呻く。
彼らだって、できればこんな命の駆け引きをするような場からは、早々に引き上げたい。
だが、相手は壮前の組織を潰すつもりだ。
それは困る。
これまで彼らは反社会勢力という後ろ盾に守られながら、さんざん好き勝手なことをしてきた。
恨みも沢山買っている。
もしもその後ろ盾が無くなれば、自分達に恨みを持つ者達が一斉に襲いかかってくるかもしれない。
そうでなくても、壮前という雇い主がいなくなれば、やがて食うに困る。
しかし他人から暴力と違法行為によって、楽々と大金を巻き上げて来た彼らには、最早まっとうに働いて金を稼ぐという意識が頭の中に無い。
だからと言って、このまま裏社会で生きて行くことも楽ではない。
他の組に移籍するにしても、必ずしも壮前よりも条件がいいとは限らないのだ。
組織によっては下っ端は馬車馬のように働かされることもあるというから、できれば居心地のいい今の壮前から離れたくはない。
愚かしくも彼らは、現在の安寧と自身の命を天秤にかけてしまっていた。
そしてそんな風に、自身の命の価値もよく分かっていない彼らは、やはり他者の命の価値もよく分かっていない。
だから彼らは、最終手段に打って出る。
「お前こそ痛い目見たくなかったら、大人しくしていろっ!!」
叫ぶような男の声があがった。
沙羅は声が聞こえた左手の方を見ると、そこには1人だけナイフ以外の武器を手にした男がいる。
なお、彼女の中での彼はチンピラEという扱いだ。
「ん~? 銃か。
それで優位に立ったつもりなら、オメガ級に馬鹿だな。
そんなもので私は降参しないけど、あんたはどうするの?」
「……お前がどうしても抵抗するなら、死んでもらうしかない」
と、チンピラEは沙羅の頭に銃口を向けた。
「撃つのは構わないけど、射線を考えているの?
その角度だと、私が避けたら仲間に当たるよ?」
「えっ!?」
沙羅の言葉を聞いて、銃を構えた男と沙羅を間に挟んで向き合っていた男(ちなみにチンピラCである)は、慌てて横に動いた。
「全く、ロクに銃を使ったことがないのが、バレバレじゃん。
そんなんじゃ私に弾は当たらないよ。
撃ちたきゃ撃てばいい。
でも、私は絶対に弾を避けて、次の瞬間にはあんたを斬る」
そんな沙羅の言葉に嘘は無い。
銃の攻撃は一直線だから、銃口の角度と発砲のタイミングさえ分かれば、彼女には余裕で躱せる自信があった。
しかも誤射を恐れて他のチンピラ達も彼女に近づけないので、一方向からの攻撃だけを注意していればいい。
だから本音を言えば、銃よりも7人同時にあらゆる角度からナイフで攻撃された方が、沙羅にとってはよっぽど脅威だった。
銃よりも威力が劣るとは言え、ナイフの攻撃の方がその軌道が読みにくいのだ。
実際、プロの傭兵の中には、ナイフ等小型の刃物の方が、沙羅の持つ日本刀のような長剣の類いよりも対人の戦闘においては威力を発揮すると評する者もいる。
刃渡りが小さいからと言って、決して侮れるような武器ではないのだ。
だが、そんなことは当然チンピラ達には知る由もなければ、武器を操る確かな技術がある訳でもない。
所詮は組織力に頼って、弱者を獲物にしてきた連中だ。
自分よりもはるかに上の存在と戦う術など、最初から身につける必要性すら感じていなかったのだ。
正直言って、そんな連中の相手をするのは沙羅も馬鹿らしく感じる。
「俺は兎を狩るのに全力を尽くすような馬鹿な獣とは違う」──彼女はとあるマンガの中で、世界一の大剣豪が言っていた言葉を思い出した。
だが、相手が本当に銃を撃ち、他人の命を顧みないような相手ならば、手加減をする必要は感じない。
いや、そういう意味でならば、彼女には相手を斬らなければならない理由が既にある。




