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処刑宣告

 ブックマーク、ありがとうございました。

「社長……ここは大人しく手を引いた方がいい……」


 壮前(さかざき)は大江に止められるが、引き下がらなかった。


「馬鹿野郎っ!! 

 あの物件に関わる事業には、億単位の金が動くんだぞ。

 ここでおめおめと引き下がったら大損だ!!」

 

 それに壮前は沙羅の話を全て信じている訳ではないが、万が一今回の土地買収の依頼元を本当に潰されたとしたら、甘い汁を吸わせてくれる大事な得意先を一つ失うだけでは済まない。

 もしも業界にこの噂が広まりでもしたら、取り引きのある他の団体や企業からも見放され、もうこの業界では生きていけなくなるかもしれないのだ。

 

 壮前は自身が一歩でも引き下がれば地獄行きの、危うい状況に身を置いていることを理解していた。

 だが、一歩でも前に進めば、これまた地獄行きだということをまだ理解していなかった。


「その女を五体満足のままで帰すんじゃねぇっ!!」

 

「……そう、あくまでうちに喧嘩を売る気なんだ……。

 じゃあ、後でここを潰す為に改めて来ますから。

 それまでに覚悟をしておいてね」

 

 沙羅は壮前の方を見ようともせず、ただ真っ二つになったテーブルにチラリと視線を送った。

 その瞬間、室内の温度が急に2~3度下がったように壮前には感じられた。

 思わず身を強張らせた壮前であったが、沙羅が部屋の出口の方へ歩き出したのに気が付いて叫ぶ。

 

「そ、その女を取り押さえろっ!!」

 

 壮前の号令に大江は動かない。

 その方が賢明だということを、彼は気づいていた。

 だが、入り口を固めていたチンピラ風の二人組は、大江ほどの賢明さを持ち合わせてはいなかった。

 二人組の片割れが沙羅を取り押さえようと、その前に立ちはだかる。

 いや、立ちはだかろうとしたその瞬間、何かが砕ける音が室内に響いた。

 

「!?」

 

 壮前達は先ほどテーブルが真っ二つに割られた時以上に、信じがたい光景を目撃した。

 

 沙羅がスッと低く身を(かが)め、その動作からまさに疾風迅雷のごときスピードで、立ちはだかろうとしていた男の足を刈るように蹴り払った。

 普通ならばその男は、バランスを崩して転倒していたのかもしれない。

 最悪でもそれで済んでいたはずだ。

 普通ならば──。

 

 だが男の身体は、沙羅に叩き込まれた蹴りの衝撃によって、まるで風車のように回転して、瞬時に頭と足の位置が入れ替わる。

 しかも足払いの直撃を受けた骨が砕かれたのか、足首から下がぶらりと垂れ下がるように遅れて回転についていった。


 そんな最早戦闘不能も同然の男に、沙羅は情け容赦なく追撃する。

 彼女は蹴りの動作の勢いを殺さずに、むしろ更に勢いを加えて独楽(こま)のように一回転し、未だ空中で回転していた男の横っ腹の辺りに強烈な回し蹴りを叩き込んだ。

 男は部屋の壁際まで吹っ飛んで壁に背中を(したた)かに打ち付け、そのままピクリとも動かなくなった。

 

 この間、わずか2秒足らず。

 今の沙羅の技は、格闘ゲームの中でならたまに似たような物を見かけることもあるが、その動きを生身の人間が再現することは容易ではない。


 いや、ほぼ不可能だと言ってもいいだろう。

 実際、あらゆる格闘技の試合でも、これほど鮮烈で衝撃的なKOシーンを観ることはできない。

 

 つまり、普通のプロ格闘家程度の実力では再現できない、高レベルの技という訳だ。

 そもそも技の動作が云々以前に、一撃で相手の両足を砕くような破壊力を発揮することからして困難なことである。

 

 しかし沙羅は、それをあっさりと使って見せた。

 これは沙羅が「達人」と呼ぶことさえ生易しいほどの、非常識な実力を身につけていることの証明である。

 それはこの場にいる人間を凍り付かせるには、十分すぎるほどのインパクトであった。

 

 一方沙羅は何事も無かったかのように、また部屋の出口に向かってゆっくりと歩み出す。

 その進路には、もう一人のチンピラ風の男が呆然とたたずんでいる。

 彼は間近で今し方の惨事を目撃したが故に、かえって何が起こったのか把握できていないようだった。


 だが、それだけに彼の受けた衝撃は、この場では蹴られた当人を除いては一番大きかったようだ。だからなのか、沙羅が彼のほんの数センチのところまで歩み寄ってきても彼は微動だにできなかった。


「どけ……!」

 

 しかし沙羅にそう凄まれた途端、男はトノサマバッタにでも生まれ変わったかの如く、勢い良く飛び跳ねて道をあける。

 沙羅は「ご苦労」と言い残して、扉の向こうに消えて行った。

 

 沙羅が去った後、室内はしばらくの間静寂に包まれていたが、やがてギシリという音が聞こえた。

 壮前がへたり込むようにソファーに腰を下ろした音だ。

 そんな彼の姿を見ながら大江は、

 

「追わなくてもいいんで?」

 

 と、どことなく楽しげにそう聞くが、壮前は何も答えなかった。

 いや、答えられなかった。

 ただ震えながら真っ二つになったテーブルと、部屋の隅で生きているのか死んでいるのかさえよく分からないような状態になっている部下を見比べている。

 

『これと同じ目に遭うくらいのことは覚悟しなさいよ』

  

 先ほどの沙羅の言葉が今更のように耳に(よみがえ)ってきて、もう壮前は何をどうすればいいのか分からない。

 だけどただ一つだけ確、実なことがあった。

 

 覚悟なんかできるはずがない。

 

 部下の男のような目に遭うことだけは、絶対に嫌だった。

 こんなことなら多大な金銭的損害が出ようとも、身を引くべきだった。

 

 しかし、もう悔やんでも遅い。

 いずれ再び、あの地獄の使者が訪れる。

 その時までに自分は何をすべきだろうか。

 逃げるか? 

 それとも隠し持っていた重火器を全て引っ張り出して、迎え撃つべきか?

 

 そんな葛藤に囚われている壮前を、大江は冷笑する。

 が、部屋の入り口を守っていたチンピラの片割れが、忽然とがいなくなっていることに気づき、

 

(単に逃げただけならいいが……いや、何か外が騒がしいな)

 

 大江は少し面倒くさそうに嘆息するも、何故か楽しげな笑みを浮かべてから、静かに部屋から出ていった。

 今夜はもう一回更新します。

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