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脅しという名の交渉

 今夜の更新は2回目です。

 沙羅は怒りを露わにする壮前(さかざき)を前にしても、平然とした態度を崩さない。


「信じないのは勝手ですけど、麻生(あそう)さんの土地はスッパリ諦めた方が、そちらの身の為ですよ。

 うちの機嫌を損ねたら、この国では生きていけませんからね」

 

「……っ、誰がお前のような訳の分からない小娘の、言いなりになるものか。

 そちらの方こそ、身を引いた方が今後の為だぞ。

 このままではかなり念入りに、説得しなければならなくなるからなぁ……!」

 

 壮前は下卑た笑いを浮かべた。

 明言は避けていたが、おそらく沙羅や奈緒深を拉致して性的暴行を加え、その現場を撮影してそれを拡散されたくなければ……と脅すこと考えているのだろう──と、沙羅は察した。

 

「そいつは、ちょっと勘弁してもらいたいですなぁ……」

 

「そう思うならこの件から身を引くんだな。

 いや、その前に麻生のガキに、うちへ土地を売るようにと説得してもらおうか」

 

「う~ん」

 

 沙羅は腕組みして、何かを思案しているかのように小首を傾げた。

 だがそれは仕草だけで、あまり危機感がない。

 この期に及んで、彼女にはまだ余裕があった。

 

「どうしても引かないっていうのなら、こちらも本気であることを見せなくちゃならないな。

 大江、とりあえずその小娘を動けないようにしちまえ」

 

 と、壮前は沙羅の背後に立っていた男──どうやら「大江」という名前らしい──に呼びかけた。

 

「でも、一応正午まで私が帰らない場合は、麻生さんが警察に通報することになっていますよ?」

 

「そんなものは、お前がこの社内にさえいなければ、どうにでも誤魔化せる。

 お前がここからの帰路の途中、自らの意志で失踪することも有り得ない話ではないしな。

 警察に顔が利くのはお前達だけではないぞ」

 

 壮前は笑う。

 もしも警察に通報されて家宅捜索をうけるような事態になれば、困るのは彼らの方だ。

 職業柄、沙羅の拉致とは関係がないところでも、叩けば埃はいくらでも出てくるからだ。

 

 だが、それも警察がまともに捜査すれば──の話だ。

 伊達に天下り団体と癒着している訳ではないので、多少は捜査の手を緩めさせることはできるし、そもそも家宅捜索の令状などはすぐに下りるものではないので、それだけの時間があれば、いくらでも証拠隠滅することはできる。

 

 結果、それこそ壮前の言う通り、沙羅の行方が分からなくなっても、単なる「家出」として処理されてしまう可能性は十分に有り得た。

 実際、沙羅を別の場所に移して、出入り口の防犯カメラのデータを処分し、あとは「その客ならとっくに帰った」としらばっくれてさえしまえば、本当に拉致監禁事件が起こったのか、それを証明することさえ困難になる。


 この国では毎日のように無数の人々が家出などで失踪しているのだから、さほど重大事として扱ってはもらえないかもしれない。

 

 沙羅の背後で「やれやれ……」と、億劫(おっくう)そうに溜め息がもれるのが聞こえた。

 どうやら大江という男はあまり乗る気ではないようだが、沙羅の方へと手を伸ばしてくる気配を彼女は感じる。

 その瞬間──、

 

 ガタンと、唐突に上がった大きな音に、大江は動きを止める。

 いや、この部屋にいた全員が動きを止めていた。

 沙羅以外は、皆何が起こったのか理解できずに固まっている。

 

「ん……な!?」

 

 あまりにも唐突な出来事だった。

 何の前触れもなく、沙羅と壮前の間にあったテーブルが真っ二つに割れ──いや、その断面の滑らかさを見ると、切断されたと言った方がより実態を正確に表しているだろうか。

 しかも計ったように中心からピッタリと、奇麗に二当分にされているのだ。

 

「……うちに喧嘩を売るのなら、これと同じ目に遭うくらいのことは覚悟しなさいよ!」

 

「ヒッ!」

 

 沙羅の不敵な笑みと言葉を切っ掛けにして、壮前が今更のようにビクンと身体を震わせた。

 

(なんだ、なんだ、何をやった!? 

 この小娘が割ったのか!?)

 

 沙羅以外の全員が混乱した。

 今し方の彼女の台詞から察するに、彼女がこのテーブルを意図的に割ったことは間違いないだろう。

 だが、どうやって──それが分からない。

 沙羅は腕を組んでソファーに座ったまま、身じろぎ一つしていなかった。


 そもそも防弾硝子でできた代物を人間の力で、しかもこれだけ滑らかに切断することは、何らかの道具を用いたとしても困難だ。

 となると、沙羅は何か超常的な能力を用いて、このテーブルを切ったということになる。

 そしてそれは同時に、彼女のこれまでの話があながち虚言では無いということを証明していた。


「じゃあ……私は言いたいことも言い終わりましたので、この辺で退散します。

 預けてある物を返して下さい」

 

 沙羅はおもむろに立ち上がり、大江に呼びかける。

 

「お……おう。

 部屋を出てすぐ目の前にある、ロッカーの上に置いてある」

 

「そう、ありがとう」

 

 大江は少し気圧(けお)された様子であったが、努めて平静を装って応じた。

 しかし、壮前は、

 

「ちょっと待て、大江っ!! 

 そいつを帰すんじゃねぇっ!!」

 

 未だ(おび)えの色を顔に残しつつも、怒声を張り上げた。

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