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交渉開始

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「これはどうも。

 私は麻生(あそう)さんの代理として、今回の交渉役を(うけたまわ)りました。

 久遠(くどう)除霊事務所の久遠です」

 

 名刺を受け取った沙羅は、言葉だけで自身の身分を壮前(さかざき)に伝えた。

 一応名刺も持っているのだが、反社会勢力の人間に住所や電話番号を書いた物を渡すと、何に使われるか分かったものではない。

 それに──、


「除霊? 除霊と言いなさったか?」

 

 壮前が胡散臭そうに聞き返してきた。

 こういう反応をする相手には、たとえゴミクズ一つとして与えたくはない。

 沙羅も好き好んで家業である除霊師を継いだ訳ではないが、それでもこの仕事にはそれなりに誇りを持っている。


 いや、自分がこの道でしか生きていけないことを知っているから、この仕事を好きにならざるを得なかった。

 

(胡散臭いのは、お互い様だっつーの……!)

 

 沙羅は内心でちょっと憤慨しつつも、極めて冷静につとめて答える。

 

「ええ、悪霊等を祓ったりする除霊師です。

 占いや風水とかもやりますけどね」

 

 その沙羅の答えに、チンピラの二人組が小さく笑い声を上げたが、沙羅は無視することにした。

 後で酷い目にあわせる──と、心に誓いつつ。

 

「ほう……その除霊師が一体どのようなご用件でしょう? 

 麻生さんの代理と聞きましたが、これは副業か何かですかな?」

 

 壮前は半笑いでそう言った。

 暗に除霊師みたいな訳の分からない商売では、金にならないだろう──と馬鹿にしている。

 これが癪に障った沙羅は、早速攻勢に出ることに決めた。

 最初ぐらいは穏便に話を進めようと思っていたが、それはもうやめだ。

 

「いえ、今回は除霊師云々はあまり関係ありません。

 ただ、麻生さんの土地は私共が買い取ることになりましたので、その報告に伺いました」

 

「なっ!?」

 

 沙羅の言葉を聞いて、壮前の顔色が変わった。

 

「ちょ、ちっょと待て、あの土地は我が社が買い取ることになっていたはずだ!!」

 

「それはあくまで交渉段階の話でしょう?

 どちらが先か、なんて話も関係ありません。

 要は麻生さんにとって、どちらから提示された条件が魅力的なのかどうか……ということです。

 

 ちなみに私共はあの土地の購入代金に、1億円ほどを提示しておりますが、御社ではそれ以上の条件を提示できますか? 

 まあ、私共は更に1、2億は上乗せしても良いと思っていますので、どのみち私共が土地を購入することは(くつがえ)らないと思いますが」

 

 一瞬、さざ波のようなざわめきが室内に広がった。

 その場にいる沙羅以外の全員が、驚きの声を上げたからだ。

 

「じょ、冗談はよしてもらおう。

 あの土地に億単位の金なんて馬鹿げてる」

 

「本気ですよ? 

 除霊のお仕事って結構儲かりますから、1億や2億なんて余裕で出せますし……。

 それに私はあの土地の、森が気に入ったんですよ。

 あなた達にとっては土地の造成に邪魔なだけかもしれませんが、今や豊かな自然は貴重ですから……。

 1億程度で手にはいるのなら、安い物ですね」

 

 そして沙羅は一点の曇りもない笑顔を作ってみせる。

 それを見て壮前は呻いた。

 彼女が間違いなく本気だということが、その笑顔で分かったのだろう。

 だが、彼も引かなかった。

 

「……そうか。

 だがうちも(あきら)める訳にはいかんからな。

 あんたや麻生さんには誠心誠意お願いして、考えを変えてもらうことにしよう」

 

「ん~? 脅しますか、我々を?」

 

「そうは言ってない。

 お願いするだけだ」

 

「そうですか。

 まあ、どちらでもいいですけどね」

 

 沙羅は全く臆した様子を見せずに、ソファーへ深く座ってどっしりと構える。

 このまま監禁されてもおかしくない状況に置かれてなお、何故そんなに落ち着いていられるのか──と、壮前は(いぶか)しんだ。


 状況は自分達の方がはるかに有利だと壮前は思っていたが、何故か交渉の主導権は沙羅に握られたままのような気がしてならない。

 いや、実際に沙羅が話を更に進めていく。

 今夜はもう一回更新するかも。

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