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胡散臭い社長が現れた

 沙羅は応接室で、10分近く待たされた。

 段々と退屈になってきた彼女は、暇つぶしに調度品の1つでもうっかり破壊してやろうか──と、物騒なことを考え始める。

 相手が真っ当な職種の人間ではないのなら、別に礼節をもって接する必要もないということだ。


 むしろ相手に敵対する姿勢を明確に示しておいた方が、簡単にことが運ぶ可能性もある。

 話し合いの余地があると思わせるような曖昧なポジションの方が、実は厄介で扱いに困るということもあるのだ。

 

 しかし丁度その時、部屋の入り口のドアが開いた。

 沙羅は思わず小さく舌打ちする。

 

「待たせたな」

 

 まず先ほどの男が部屋に入り、沙羅の座っているソファーの前にある硝子張りのテーブルの上に、湯呑みを差し出した。

 彼女が湯呑みの中を見てみると、そこには無色無臭の液体が湯気を立てている。

 つまりはただのお湯──。

 

白湯(さゆ)じゃん」

 

「玉露が出るほど歓迎されると思ったか?」

 

「……いんや。

 まあ、どのみち何が入っているのかあやしい物なんか、飲まないからいいけど」

 

「なら、茶を出すだけ茶葉の無駄だ」

 

 そう皮肉るように男は呟いた後、彼は沙羅の背後に立った。

 彼女が下手な動きをすれば、すぐに取り押さえられるようにと考えたのだろう。

 

 続いて2人の男が部屋に入り、入り口の左右を守るように立った。

 おそらく沙羅が逃走を試みた時に、それを防ぐのが目的だ。

 2人は一言で言ってしまえば、チンピラ風の青年だった。


 いや、あるいは少年なのかもしれない。

 無精髭とも思えるような微妙な長さの顎髭を蓄えているので、イマイチ年齢が分かりにくい。

 まあ、青年であろうが少年であろうが、元から貫禄のない人間が髭を伸ばしたところで、小物が背伸びしているようにしか見えず、滑稽だと沙羅は思う。

 

 そして最後に部屋に入って来たのは、一見紳士風な初老で小太りの男である。

 どうやらブランド物らしきスーツで身を包んでいるが、太めの体型の所為で全く似合っていない。

 たとえどんなに高価な物であっても、中身の質が悪ければ意味は無いし、高価な物で身を包めば自身の品位が上がるという勘違いも見苦しい。

 こういう場合、かえって自らの(いや)しさを強調するだけだと、早々に気づくべきだ。

 

 その上、彼の背中には十数体の怨霊が憑いていた。

 かなりあくどいことをして、恨みを買った結果だろう。

 沙羅は一目でこの男が嫌いになった。

 

 ともかくこの初老の男が、今回の交渉の相手であるらしい。

 まあ、交渉とは言っても、既に相手はいつでも監禁脅迫に移れる布陣を取ってはいるが。

 

「なんだ。

 可愛らしいお嬢さんじゃないか」

 

 先の男からどのような話を聞いていたのかは定かではないが、初老の男は拍子抜けした表情を顔に浮かべた。

 確かに今の沙羅はスーツを身に纏い、どこかの生命保険会社の営業員のように見えなくもない。

 だから初老の男は緊張を解いて、沙羅と向かいあってソファーに座った。

 

「初めまして。

 私が壮前(さかざき)建設の代表取締役の壮前だ」

 

 と、壮前は沙羅へと名刺を手渡した。

 

(うわっ……)

 

 沙羅は名刺を見た瞬間、頬が引きつるのを感じた。

 その名刺には「壮前恒男」という彼の名前の他に、と会社の住所と電話番号等が記されていた。

 それはまあ普通だ。


 しかし、肩書きが普通ではない。

 いや、肩書き自体はありふれた物ではあるのかもしれないが、その数が尋常じゃない。

 「壮前建設代表取締役」の他に十以上の肩書きが、名刺の狭いスペースの中に小さな文字でびっしりと記されていた。

 更に裏面にもびっしり。

 

 壮前は自身がいかに有能であるのか、それをアピールする為にこれだけの肩書きをひけらかしているのだろうが、これだけ沢山の肩書きを1人の人間がまともにこなせるはずがない。

 よほど器用な人間でなければ、1つの物事に真剣に取り組めば、他の物事に手をつける余裕など無くなる。


 だから壮前のこの無数の肩書きの殆どは名ばかりの物で、まともに活動などしていないはずだ。

 そもそも反社会勢力の人間が、「●●区青少年健全成長促進委員会理事」というのはどういうことだろう。

 他にも「全日本貧困世帯支援協会会員」とか、本当に所属しているのか、そもそも存在しているのかどうかも怪しい団体の役職名が大半を占めている。

 

 ともかくこんな小さな名刺一枚で、壮前の自己顕示欲と虚栄心に満たされた人間性は露呈していた。

 このような名刺を見せられて、気分が良い人間は少数派であろう。

 事実、沙羅はこの男がより一層嫌いになったし、そんなことも分からない壮前の愚かさを彼女は呆れた。

 

(……こいつはバカだ)

 

 沙羅はこんな相手と交渉するのが、物凄く馬鹿らしいことのように思えてきたが、形はどうあれ交渉をしない訳にもいかないので、一応笑顔を作って壮前に挨拶する。


 ……内心では、交渉に入る前からゲンナリではあるが。

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