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預かった物

 そう、小悪党だ。

 監視カメラまで設置しておいて、入り口の鍵で手を抜くのは小物である証拠だ。

 というか、こういうところで手を抜くから、大物にはなれないのだ。

 何故ならば、然るべきところには相応の資金と手間暇をかけた方が、結局は得だという損得勘定ができていないからだ。


 つまるところ、大局的な物の見方ができないということでもある。

 そしてそういうタイプの人間は、一見手の込んだことをしているように見えて、その行動はどこか刹那的で、何かが抜けている。

 そして自らが「些細なこと」として(おろそ)かにしたことに、足をすくわれて自滅していくのだ。


 たぶん今回の相手も、そんなタイプなのではないか……と、沙羅は感じていた。

 だから彼女は、つまらなそうに唇をとがらせた。

 そんな小物の相手は退屈だ──折角ならもっとスリルのある相手の方が良い……という物騒なことを、仮にも反社会勢力の団体相手に考えているのだ。

 彼女もまた、一般的な社会人の価値観を持っていないようだった。

  

 しかし扉の向こうからは、沙羅にとって予想外の存在が姿を現した。

 彼女はちょっと驚いたように、その者を見上げる。

 

「おお……」

 

 扉の中から現れたのは、2メートルを超える筋肉質の青年であった。

 まだ春で涼しいのに、上は黒のタンクトップ1枚に下はスウェットという、いかにも体育会系の好みそうな恰好をしていることから察するに、もしかしなくても元格闘技関係の人間だったのではなかろうか。

 あるいはスポーツジムの常連か。


 最近の格闘技団体等は分裂・合併・消滅を繰り返しており、なかなか運営が大変らしいので、そのあおりを受けて職にあぶれたレスラーが、反社会勢力団体で用心棒をしているというのも有り得ない話ではないだろう。

 

「待たせたな。

 じゃあ、荷物を渡してもらおう」

 

 その低い声から察するに、先ほどのインターホンに出た男のようだ。

 男は威嚇するかのような鋭い視線を、沙羅に送っていた。

 その巨体に似合わず、割と整った顔つきをしているが、パーツの1つ1つが常人よりも大きいので妙に迫力がある。


 しかし沙羅はそれを気にも止めないで、笑顔を返した。

 

「ハイ、どうぞ。

 大切な物ですから、丁寧に扱って下さいね」

 

 と、沙羅は男に包みを手渡した。

 その瞬間、男の眉が(いぶか)しげにひそめられた。

 

「あんた……これ」

 

「何か問題が有りますか? 

 私の手の内に無い(・・・・・・)、それが」

 

「いや……。

 だが、これに気を向けさせておいて、別の武器を隠し持っているなんてことはないだろうな……」

 

「そんな回りくどいことをするのなら、最初から疑われないようにそっちも持ってきません。

 なんならボディーチェックしますか?

 変な所を触ったら殴りますけど」

 

 そう冗談めかして言う沙羅に、男は呆れたような表情を浮かべた。

 

(俺達がどういう人種なのか、分かっていない訳でも無いだろうに……。

 場合によっては、これを使うような状況になると脅しをかけている訳か……。

 肝の据わった女だ)

 

「いや……いい。

 武器云々以前に、あんた自身の方が危なそうだ。

 武器の携帯の有無なんて、関係無いだろう。

 そのつもりで応対するように、社長には伝えておこう」

 

「へえ……分かるんだ」

 

 男の言葉に沙羅は内心、面白くなってきた──と、笑う。

 

「うん、あなたになら、それを安心して預けられそうだわ。

 本当に大事に扱ってね。

 大切な商売道具だから」

 

「……階段を上がって、すぐ左の部屋が応接室だ。

 そこで待っていろ」

 

「そう、ありがとう」


 何の気後れした様子もなく、それどころか今にも鼻歌でも歌い出しそうなほど緊張感の無い足取りで、沙羅は階段を上っていく。

 その後ろ姿を男は険しい表情で見送った後、手にした包みに視線を移す。


(……こんなものが商売道具だって?)

 

 男が沙羅から渡された包みには、明らかに木刀以上の重さがあった。

 まるで鉄のようにずっしりとした重み。

 そう、それは丁度日本刀のような──。

 

 仮に包みの中身が日本刀だとして、それを用いてどのような商売が成り立つのだろうか。

 刀鍛冶や美術商などいくつか考えられないこともないが、どちらにせよ真っ当な商売なら、沙羅のように真剣を無造作に持ち運ぶことは有り得ない。

 即銃刀法に抵触してしまう。

 

 そして刀は敵の命を絶つ為の道具だ。

 もしも沙羅がそういう意味で、この包みの中身を商売道具だと言っていたのだとしたら──。


 勿論男の仲間だって刀を持ち出すこともあるにはあるが、どちらかと言えば脅しに使う道具で実際に誰かの生命(いのち)を奪う為に使われることなど滅多に無いし、商売道具と言うほど頻繁に使われる訳でもない。


 そもそも武器としてならば、銃の方がはるかに扱いは簡単だ。

 わざわざ刀を持ち出すなんて、酔狂にもほどがある。

 だが男は時として、そういう酔狂な人間こそが最も危険なのだということを知っている。

 この手の人間は何をやらかすのか予測がつかない──だから怖いのだ。

 

(なんだか関わっちゃいけないものに、関わってしまった気がするなぁ……)

 

 男はこれまでに感じたことのない嫌な予感を抱いたが、それでもなお彼は楽しそうに笑い、先ほどの沙羅と同様に軽い足取りで階段を上っていった。

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