護身用ですよ
奈緒深は先ほどから、沙羅が手にしているその包みが、ずーっと気になっていた。
しかし何気なく沙羅に聞いてみても、彼女は「中身は釣り竿だよ」と笑って答えるだけだ。
だが「では、釣りに行くのですか?」と奈緒深が訪ねると、「交渉に行くんだよ」と、彼女は当初の目的を忘れてはいない。
それでは何の為の釣り竿なのか、まったくその用途が意味不明であった。
いや、そもそも本当に釣り竿が入っているのかは、かなり怪しい。
むしろ沙羅が最初っから相手とことを構えるつもりだったことが判明した今、彼女がその包みに釣り竿よりも、武器を隠し持っているのではないかと考える方が自然だろう。
実際、その包みは日本刀が入っていてもおかしくないような形状であったし、ここに来る道すがらも、警官に3度も声をかけられて中身の確認を求められたので、なんらかの武器が入っているように見えたのは奈緒深だけに限ったことではない。
だが、沙羅は警官に身分証明書のようなものを見せただけで、結局中身の正体を明かさずに済んでしまった。
警官が不問に付したので、特に危険な物ではないのかと奈緒深は思っていたのだが、結局のところ、中身がなんなのか分からないのが気にかかる。
仮に武器ではないとしても、一体何に使う為の道具が入っているのだろうか。
そもそも何故沙羅はああもあっさりと、警官の追求を逃れることができたのか。
2001年に起きたアメリカ同時多発テロ事件以来、日本でもテロへの警戒はされるようになったし、特に国際的な行事が近付いている時は、大都市での警備体制がかなり厳しくなっていた。
不審物を堂々と持ち歩いている人間が、何の問題もなく歩き回れるような状況ではない。
少なくとも一度警官に目をつけられた一般人が、身分証を提示しただけで簡単に見逃してもらえる可能性は小さいのではなかろうか。
だけど沙羅は、いともあっさりと警官に見逃してもらえた。
しかも3度も。
「もしかして……久遠さんって、警察となにか関係があるのですか?
そう言えばさっきも、別れ際にお巡りさんが敬礼して『御苦労様です』って言っていましたし……」
「うん……まあ、コネみたいのはあるねぇ……」
沙羅は曖昧ながらも、奈緒深の言葉を認めた。
どうやら沙羅が警察と何らかの繋がりがあることは、間違いないようだ。
しかも包みの中身が本当に武器なのだとしたら、その携帯を許可されるか、あるいは一般の警察官の干渉を排除することができるほどの強力な権限が与えられているのだろう。
しかしそこまでいくと、最早警察のみならず国家レベルの権力に関与しているということになるのではなかろうか。
奈緒深は沙羅が何者なのか、段々分からなくなってきた。
少なくとも、一介の除霊師というだけではなさそうである。
だが、沙羅と警察になんらかの関係があるのならば、今回の交渉は彼女に任せても大丈夫かな……?と、奈緒深は思う。
だけど沙羅が持っている包みの中身が本当に武器だとしたら、彼女が何をやらかすのか予測できないだけに怖い。
奈緒深としては、できれば沙羅への危険の有無に関わらず、事件になるような事態も避けてもらいたいのだ。
しかしこの土地の売買については、奈緒深にとって避けては通れない問題だ。
とにかく土地がどのような条件で売れるのか、それが早く確定しなければ、彼女は今後の生活の方針を決めることもできない。
もしも沙羅が提示した金額で土地を売ることができれば、奈緒深は今後数年は遊んで暮らすこともできるし、学校も辞めずに済むが、逆に壮前建設側の条件で交渉がまとまってしまえば、彼女は自分がどうなるのか正直分からなかった。
相手はどうやら反社会勢力の関係者であるようだ。
本当にこれまでの交渉で提示された金額を、払ってもらえるのだろうか。
払ってもらえれば、やはり数年間は問題無く生活していくことができるが、もしもそうでなければ、奈緒深はまっとうに生活していける自信がなかった。
この御時世に未成年で高校中退、しかもお嬢様育ちの世間知らずな娘を雇ってくれるような奇特な企業はそう滅多にあるはずがない。
だから何年も職が見つからないまま、父の遺した遺産を生活費に使い果たして、ついには行政の生活保護に頼るか、風俗の世界に身を投じるか、一人で淋しく餓死するか、そんなロクでもない未来のビジョンしか奈緒深の頭には浮かんでこなかった。
できればせめて専門学校や、職業訓練校で手に職をつけてから、社会の荒波に身を投じたいと奈緒深は思った。
しかしそれには、生活費とは別に数百万円は必要だ。
だから最低限、信用のおけない反社会勢力の関係者に土地を売るのだけは避けたい。
ならばやはりここは警察にもツテがあるらしい沙羅に任せるのが、一番確実で安全だと思える。
「では……久遠さんにお任せします。
だけど交渉が終わったら……いえ、終わらなくても、正午までに1回位は連絡を入れて下さいね。
もしもそれまでに連絡が無かった場合は、警察に通報しますから」
「うん、そうしてちょうだい。
まあそんなにかからないとは思うけど、大船に乗ったつもりで待ってなさいよ」
と、沙羅はさほど豊かでもない胸を張って叩く。
そして豪快にむせ込んでいるのを見て、奈緒深は一抹の不安を感じたが、もう彼女に頼るしかなかった。
「どうかお願いします。
くれぐれも気をつけて下さい」
「はい、じゃ、行ってきます。
真っ直ぐ帰るんだよ」
静かに頭を下げる奈緒深を残して、沙羅はベンツやリムジンなどの「少しは捻れよ」と突っ込みたくなるほどベタな高級外車の脇を、「帰り際に十円玉で傷つけてやろうかしら」とか考えつつすり抜けて、壮前建設の入り口へ向かった。
そして、入り口の横にインターホンを見つけ、
「こんにちは~っ。
今日お会いする予定になっていた、麻生家縁の者で~す。
土地のことについてお話を伺いにきました~」
まるで入学したての小学生のような明るいノリで、そこに呼びかけた。
すると少し間を置いて、低い男の声がインターホンごしに返ってくる。
「……2人だと聞いていたが?」
「あ、もう1人は急病で来られなくなっちゃって。
でも、私に全権を任されているので、問題はありません」
「そうか、ところであんたが手にしている、細長いのはなんだ?」
監視カメラで見ていたのだろう。
やはりと言うか、沙羅が持っていた細長い包みについて当然のように突っ込まれた。
「護身用の木刀ですよ。
最近、何かと物騒ですからねぇ」
「…………」
沙羅があっさりと武器の所持を認めたことに呆気にとられたのか、インターホンの声の主は、しばらく絶句した。
「……護身用でも、そんな物騒な物を社内に持ち込ませる訳にはいかないな」
「あ、でしたらここに置いて行きますよ。
それとも預かってもらえますか?」
「……分かった。こちらで預かろう。
今ドアを開ける」
そして、プッツリとインターホンは切れてしまったが、それからしばらくの間、なかなか入り口が開く気配は無かった。
しかし1分近く経ってからようやく、扉からガチャリと鍵が外れる音が聞こえ、扉がゆっくりと開いた。
どうやら手動でしか開かないらしい。
それだけで沙羅は、
(今回の相手は小悪党か~)
と、断じた。




