羞恥プレイ
本日2回目の更新です。
一体いつから綾香は、沙羅の背後にいたのだろうか。
少なくとも彼女は殴られてもなお、その姿を見るまでは母の気配を感じ取ることができなかった。
「もう、なんなんだよ~!
娘のプライバシーを侵害して楽しいのかよぉ~!?」
「プライバシーの尊重も良いけど、子供がバカやっていたら、止めるのが親の役目でしょうが」
プンスコと抗議とする沙羅に、綾香は冷淡に言い放った。
母に鋭い視線で一瞥されて、沙羅は小さく肩をすくめる。
「バカってなにさ……。
このゲームはサナトリウムを舞台に生と死を描いていて、結構泣けるんだから……」
沙羅の言葉の通り、エロゲーとは言っても一概にバカにすることはできない。
質の良いシナリオやゲームシステムを売りにしていて、Hシーンが無くてもかなり楽しめる作品も多い。
そしてそのような作品は、一般向けの家庭用ゲーム機にHシーンを削除して移植され、後に名作と称されるようになる場合もある。
勿論、それらとは真逆に、「全編Hシーンのみ」という、エロゲーの本質を突きまくった所為で移植のしようもないゲームも存在するが、一般向けに移植された物の中には、テレビアニメや映画になった作品すら存在する。
なお、今沙羅がプレイしていたゲームは、舞台がサナトリウムという性質上、ヒロイン全員が確実に死亡する為、色んな意味で泣ける。
しかし──、
「そんなのは、普通の泣けるゲームをプレイすればいいだけでしょう」
「……ごもっともです」
綾香の至極まともな指摘に、沙羅は返す言葉がなかった。
さすがに「だってHシーンが見たいんだもの」と言う反論は、自分を貶めるだけなのでできない。
どうやら、この問題に関しては圧倒的不利にあるようだ。
だが、綾香がここで本当に問題にしなければならないことは、エロゲーよりも例の怪しげなハードのことだということに彼女は気づいていない。
何故なら市販されているエロゲーの大半は、世界的なシェアを占める某OSによる環境下で作動する。
つまるところ、あの怪しげなハードには、そのOSもインストールされているということになるが、あの闇鍋的にあらゆる機種が組み込まれているハードの中で、正規品のプログラムが正常に作動する可能性は限りなくゼロに近いのではなかろうか。
しかし、それでも問題なく作動しているところを見ると、そのプログラムにも大幅な改造が施されていることは間違い無いだろうし、それはある意味そのOSを踏み台にして、それ以上のOSを作り出す行為とも言える。
もしこれが公に流出すれば、不正コピーの罰則程度では済まないかもしれない。
相手はこの手の違反には厳しいことでも有名だ。
おそらく多額の賠償金を請求されるような、訴訟騒ぎに発展する可能性が高い。
それを知れば、さすがにこの母も青くなったであろう。
もっとも綾香にはその見た目に反して、パソコン等への知識は実年齢相応の物しか持ち合わせてはいなかった。
だからそんな危険な代物が、すぐ身近にあることなど気づく由も無い。
これはこの親子にとって、お互いに幸運なことであると言えた。
世の中には知らない方がいいことも、確実に存在するのだ。
「まったく……忙しくて小さい頃のあなたに、かまって上げられなかったからって、ゲームを買い与えたのがいけなかったわねぇ……。
ゲームばかりしているから、まともな人間関係を築けず、こんな不健全なゲームで自分を慰めるような娘に育ってしまったんだわ……」
「……なんか、そういうこと言われると、私が凄く可哀相な子に聞こえるからやめて……。
ゲームへの偏見も混じってるし」
母の痛すぎる言葉に沙羅は渋面となって反論したが、実際のところ幼少期の彼女は、両親が多忙な所為であまりかまってもらえなかったし、この頃には既に霊が見えていたので、なかなか普通の子供の間にも溶け込めず、友達も殆どいない状態だった。
だから沙羅にとってゲームは、寂しさを紛らわせてくれる唯一無二の友達だと言っても過言ではなかったのである。
そして現在でも、除霊師という特殊な仕事をしている為に、仕事上の付き合いはあっても、個人的に親しい人間は少ない。
やはり彼女の特殊な能力は、なかなか一般の人間には理解して貰えなかった。
当然、恋人にも恵まれず、彼女が恋愛シミュレーションゲームに逃げるのも、ある意味仕方が無い。
……最後の部分は、完全に沙羅の言い訳であるが。
「で……、結局母さんは何しに来たの?
まさか、私のささやかな楽しみを、邪魔する為じゃないでしょ?」
沙羅と綾香は別々に暮らしている。沙羅は市内にあるこの事務所の2階に住んでいるが、綾香はここから車で1時間以上も離れた山間部に居を構えて、そこに夫と次女(つまり沙羅の妹)の三人で暮らしていた。
その上、地方や海外での仕事も多い為に、月に1~2度しか、この事務所に顔を見せることはない。
そうでなければ沙羅も、親の目を気にせずに朝っぱらからエロゲーに興じることなど、できるはずがなかった。
そして綾香が珍しく、しかもこんなに朝早く顔を出したからには、それなりの理由があるのだろう。
それを察した沙羅は、猛烈に嫌な予感を覚える。
確か先日、母が姿を現した時には依頼人を伴っていた。
「…………!!」
沙羅が恐る恐る部屋の入り口の方へと目を向けてみると、そこにはやはり奈緒深の姿がある。
しかも一部始終を、見ていたのだろう。
顔がやや赤い。
「いやああああああああぁぁぁぁーっ、なんでいるのぉーっ!?」
沙羅は顔を真っ赤に染めて叫ぶ。
エロゲーを、しかもHシーンをプレイしている所を人に見られるのは、ある意味自身の自慰行為を覗かれたようなものだと言っても過言ではないかもしれない。
というか、タイミングがずれていたら、まさしくそのような惨劇に見舞われていた可能性も皆無ではなかっただろう。
沙羅は思わず頭を抱えて、床に蹲ってしまった。
相手が親ならまだ気心が知れているし、かつては一緒に暮らしていたので、このような事態への覚悟も多少はある。
だからダメージは小さくはないが、多少は軽減できる。
しかし赤の他人に見られるのは、全く想定していない事態であるだけに、あまりにも痛い。
致命的なまでの醜態であった。
エロゲーのモデルはあるけど、10年以上前の作品なので、分かる人は少ないと思う。ある一場面だけ有名だけど……。