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おでかけ前の朝

 久遠沙羅の朝は早い。

 現在、午前7時30分。

 いつもは正午近くまで惰眠を貪っている彼女にしては、本当に早い。


 沙羅は寝起きの所為か(うつ)ろな視線でテレビを眺めつつ、トーストをパクついていた。

 彼女は朝食を食べるのが、随分と久し振りであるかのように感じた。

 この時間帯に食事をすること自体は珍しくないが、それは大抵の場合、徹夜でゲームをした後で、食事をしてすぐ仮眠に入ることが多かった。 

 それはどちらかというと、夜食に近い。


 だが、今日は午前中に予定があるので、ちゃんと夜は寝て朝起きるという、一般人にとっては当たり前の、しかし沙羅にとっては酷く不規則な行為をしている。

 

 朝の報道番組は、相も変わらず気が滅入るような話題が多数報じられていた。

 最近は冗談としか思えない動機で人が殺される事件も多く、日本の犯罪も行きつく所まで行ってしまった感がある。

 

 他にも国民を舐めているとしか思えないような政治と、それを更に舐め腐った態度で叩くマスコミの醜態や、特定の野球チームとメジャーリーグの話題に偏ったスポーツ情報、たまに「誰それ?」と突っ込みたくなるような有名人とされる者を扱った芸能情報、よく外れる天気予報や占い等が続く。

 

(昔は良かった……)

 

 テレビを観ながら沙羅は、しみじみと古き良き時代に想いを馳せる。

 かつて、この時間帯に放映されていたテレビ番組には、アニメ等の子ども向け番組が多く、こんなに殺伐としたものではなかったはずだ。

 しかし現在では、それらの子ども向け番組は一部の例外を除いて、朝の時間帯からは殆ど駆逐されてしまい、平日には全くといってよいほど放送されていない。

 

 いや、それは朝の時間帯に限ったことではなく、全ての時間帯にもいえることではあるが。

 かつては再放送などを含めれば、1日に10本以上のアニメが当たり前のように放映されていた時代もあったが、今ではその数もめっきり減った。

 

 (いな)、アニメの制作本数自体は減っている訳ではない。

 むしろ過剰気味だとさえ言ってもいい。

 深夜の時間帯には、全てのアニメ番組を網羅するのが困難なほど、放送している場合もある。


 しかし、ローカルテレビ局は、それらの深夜アニメを扱っていない場合が多い。

 テレビ東●系列やBS・CSチャンネルが映らない環境では、観たいアニメが1日に1本も無い日も珍しくないという惨状すらある。

 

 嘆かわしいことだ、と沙羅は思う。

 アニメも楽しめないほど現代人の心は、余裕を無くしてしまったのだろうか。


 だけど、アニメは日本が世界に誇れる数少ない技術であり、芸術であり、娯楽であり、文化だと沙羅は思うのである。

 実際、世界各地で日本のアニメは多数放映されているし、「オタク」や「萌え」や「ポケ●ン」も今や世界の共通語となりつつある。

 

 それほどまでにアニメには多大な影響力があるのだから、日本はもっと国家レベルでアニメに取り組むべきなのだ。

 そして世界を日本のアニメ一色に染める──そうすればきっと、ある意味での世界征服だって夢ではない。

 万歳! オタク文化!!

 

 ……そんな世迷い言はともかく、ゲーム大好き人間の沙羅にとっては、アニメもまたその嗜好の琴線に触れるものであり、かつて沢山のアニメ番組に触れることのできた黄金時代が彼女には懐かしくてならないのだ。


 もっともその頃はまだ、沙羅も生まれていなかったので、昔のことは殆ど人から聞いた話であり、あまり実感の伴わない感傷ではあったが。

 それでもこう世相が暗いと、よく知りもしない過去に現実逃避をしたくもなる。

 

「……気分転換しようか」

 

 と、沙羅はテレビのリモコン手にして、例の怪しげなハードの前に座った。

 そして「ピッ」とテレビのリモコンのスイッチを押すと、どういう設定をしているのか、テレビ画面がパソコンのデスクトップ画面に切り替わる。

 

 沙羅はおもむろに、例のハードに繋がれているコントロールパッドを手に取った。

 今現在最も世界で流通していると思われる、家庭用据え置き型ゲーム機のパッドである。

 そのパッドのアナログスティックを彼女がグリグリと動かすと、それに連動して画面上のカーソルが移動し、とあるアイコンの上で止まる。


 そして、沙羅がパッドのボタンを押すと、何故かマウスでダブルクリックをしたのと同様にアプリが起動して画面が切り替わり、ちょっと切なげな音楽とともにタイトルが浮かびあがった。

 彼女が起動したソフトは、一般に「恋愛シミュレーション」と呼ばれるジャンルのゲームであった。

 

 しかしこのジャンルは、パソコン用ゲームに限っていうと、全く別のジャンルとして扱われることが多い。

 即ち、「ギャルゲー」、もっと直接的な呼び方をすれば「エロゲー」などと呼ばれるものだ。

 つまるところ、18才未満はお断りなゲームなのである。

 

 近年では衰退著しいエロゲー業界だが、まだ絶滅した訳ではなく、そもそも過去の名作は山のように存在しているので、プレイ環境さえ整っていれば、遊ぶ作品には事欠かないだろう。

 それこそ同人作品を含めれば、選択肢は無限にあると言ってもいい。

 

 また、エロゲーの中には男性向けばかりではなく、美少年同士の恋愛──いわゆる「ボーイズラブ」を扱った女性向けの作品も存在する。

 とはいえ、今沙羅がプレイしているのは、紛れもなく男性向けであったが。

 

 だが、男性向けとはいえ、攻略可能なキャラには可愛い男の子もいたりするので、女性にとっても有りといえば有りである。

 しかも、今画面に映っているキャラは性別が男でも、見た目は完璧な美少女なので、「ボーイズラブ」系の少年らしいキャラとは一味違う魅力があった。

 所謂(いわゆる)「男の娘」と呼ばれる存在である。

 

 ゲーム内で繰り広げられる、可愛くて元気なキャラクター達との会話は、砂漠のように荒んだ沙羅の心を潤すオアシスとなった。


「うぃ~、可愛いねぇ。

 実際にこんな子がいたら、

 連れて帰っちゃうにゃ~(問題発言)」

 

 自然と沙羅の顔がニヘラと緩む。

 が、不意に彼女の顔が、緊張で強張った。

 

「おお……!」

 

 ゲームは今まさに、エロゲーをエロゲーたらしめているシーンに突入しようとしていた。

 可憐な美少女にしか見えない容姿の少年が、中年男の毒牙にかかろうとしている。


 この禁断かつ倒錯的なシチュエーションに、沙羅は燃えた。

 否、萌えた。

 彼女は画面上のカーソルを少年の危険な部位に()てがい、そこをクリック──、

 

「なに朝っぱらから不健全なことをしてるのよ、アンタはっ!!」

 

 突如、沙羅の後頭部から「スパーン!」 と、小気味良い音が鳴り響いた。

 彼女は慌ててテレビのリモコンを手に取って、モニターの電源を落とす。

 そして、振り返ると予想通り、

 

「か、かっ、母さん!?」

 

 先日と同様に、母綾香がスリッパ片手に仁王立ちしていた。

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