ご先祖様のお仕事
「ど、どういうことでしょうか……」
「さっき祓った霊だけど、たぶん奈緒深さんの先祖で、ここでお寺の住職をしてたと思うんだけどね……。
その人、おそらく普通の仏教系のお坊さんじゃないね」
「え……?」
沙羅の言葉に、奈緒深は混乱する。
普通のお坊さんではない?
また、分からないことが一つ増えた──と。
それは一体、どういう僧侶のことを言うのだろう。
所謂、破戒僧と呼ばれるような、道義的に問題がある人物のことだろうか。
それとも隠れ切支丹のように、裏で別の宗教に手を染めていた人物のことだろうか。
沙羅が「普通の仏教系じゃない」と言っていたので、おそらくは後者なのではないかと奈緒深は予想したものの、先祖がそんな人だったとは全くの初耳である。
「たぶんね、私と同業さんだったと思うのよ」
「久遠さんと……?
私の先祖が……?」
「うん、普通のお坊さんって、霊を供養したりはするけど、あんまり除霊みたいなことはしないでしょ?」
「そういうものなのですか?」
宗教にはあまり詳しくない奈緒深は、軽く首を傾げた。
「そういうものなのよ。
だって、そこら辺にあるお寺の坊さんが、みんな霊を視たりすることができると思う?」
「……思いませんねぇ」
寺の住職の全員がそんな能力を持っていたとしたら、世の中はもっと霊の存在を認知していることだろう。
そしてそんな能力も無いのに、除霊ができるなんて言う者がいたら、それは詐欺師だ。
お経を唱えればそれで除霊できるほど、物事は簡単ではないのだから。
「でしょ?
だから、思想や教義はどうあれ、霊にまつわるトラブルに対しては、殆ど何の手立ても持たないのが大半……ってのが、現代の宗教の実態じゃないかな?
まあ、だからこそ私らみたいな商売が、成り立つんだけどね。
でもね、その一方で、霊的な能力の体得に重きを置いて、霊や魔を祓ったり封じたりする術を、未だに伝えている宗派が有るのも事実だよ。
例えば、密教とか、道教とか、修験道とか、陰陽道……は宗教とはちょっと違うけど、とにかく色々ある中の一部の流派にはね。
奈緒深さんの先祖は、普通にお寺の住職をしている傍らで、これらの系列の流派に属して、副業として除霊師みたいなことをやっていたと思うんだ。
そして彼が倒した何かを、この土地に封じたようだね。
もしかしたら奈緒深さんの家が代々この土地に住んでいたのは、その封じた何かをこの世に再び解き放たないように見張る為だったのかもしれない。
だけど奈緒深さんは、この土地を人手に渡して離れようとしている。
そうなってしまえば、誰も封印を守る者がいなくなるし、封印が解けて中に封じられている者が外に出てくることにもなりかねない。
だから──」
「だから、ご先祖様は私のことを、怒っていたのですね……」
「そういうことだと思うよ。
これが今回の事件の真相ってところかな」
「…………」
先祖が除霊師で、しかも自分の家の敷地内に何かとんでもない物が埋まっているかもしれない──奈緒深にはそんな話を、俄に信じることができなかった。
だが、そもそも霊に殺されかけるという、今回の事件の発端からして信じ難いことなのだから、沙羅の言うことも全く受け入れられないという訳ではない。
「でも、一体何がこの土地に……」
「封印したからには、性質の良くない物だということは間違いないね。
しかも本来なら、完全に無害なものとなるように成仏させるか、消滅させるべきところを、封印にとどめざるを得なかったってことは、よっぽど強力な何かだということは確かだよ。
勿論、今は封印されているから、無害だけどね」
「じゃあ……私は一体どうすればいいのでしょうか?
この土地を手放せば、何か悪いことが起きるかもしれないんですよね?」
「そうだね。
誰かに何らかの災厄が降りかかることになるのは、確かだと思うよ。
まあ、その規模までは現時点では予測もできないけれど」
「……では、久遠さんにお願いして、その良くない物を祓ってもらうということはできないのでしょうか?」
奈緒深の言葉に、沙羅は腕組みして唸った。
「何が封印されているかによるね。
その辺の悪霊や妖怪レベルなら、わざと封印を解いて祓っちゃう手もあるけど、万が一私の手に余るようなのが封印されているのなら、更に強力な封印をかけて放って置いた方が安全だろうし。
どのみち、封印されているのが何なのか、調べるのにかなり時間がかかるんじゃないかな。
下手したら何ヶ月もね。
その間の依頼料を払い続けるのは、奈緒深さんにとってかなりキツイと思うよ」
「そうですか……」
奈緒深は沈鬱な表情でうつむいた。
この土地を人手に渡して、誰かが犠牲になってしまうようなことになるのは避けたかったが、この土地を完全に安全な物にする為には、かなりの時間と費用がかかるらしい。
だけど現在の奈緒深には、金銭的な余裕は勿論のこと、時間的な余裕もあまりないと言っていい。
地上げ屋からしつこく土地の売却を迫られているので、いつまでもそれを断り続けることはできない。
しかし自身の安寧の為に、誰かを犠牲にはしたくない。
そんな葛藤が、奈緒深の内で続く。
ところが沙羅は、そんな奈緒深の葛藤など何処吹く風な調子で明るく、
「だからね、私がここを買い取ろうかと思うんだ」
と、とんでもないことをあっさり提案した。
だから、奈緒深は一瞬聞き間違いかと思って、目を白黒とさせる。
「……え?」
「だから、私がこの土地を買い取るって」
「……ええぇ?」
沙羅に念を押されてもなお、その言葉の意味を奈緒深はなかなか飲み込めずにいた。




