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除 霊

 ちょっと前にもう1話投稿しています。

『ガアッ!!』

 

 近づく沙羅へと、霊は威嚇するように吠えるが、彼女は動じずに歩みを進め、霊を掴む。

 

「……?」

 

 奈緒深(なおみ)には、沙羅が左手で目に見えない何かを掴んだかのように見えた。

 その(てのひら)の中には何も無いようにしか見えないが、沙羅の手の動きは確かな質量を持つ何かを掴んでいるとしか思えない。

 もしこれがパントマイムだとしたら、名人レベルである。

 ちなみに右手は刀印を結んだままだ。

 

「……あまり手荒なことはやりたくないんだけどねぇ……」

 

 奈緒深には見えなかったが、沙羅は霊の首を吊し上げるように掴んでいた。

 そして──、

 

「……この土地に何が封印されているのかは知らないけど、それは私が始末するから、あなたは大人しく、自分で成仏してくれないかなぁ……。

 そうすれば、これ以上苦しい思いをしないで済むよ?」

 

 と、沙羅は鋭い視線を霊に送っている。

 しかも、口では説得しているかのような口ぶりだが、その実態は霊気を込めた刀印の切っ先を霊の胸元に突きつけており、まるで「言うことを聞かなければ刺す」と脅しているかのようだ。

 いや、間違いなく脅している。

 

 しかし実体の無い霊との戦いは、精神力の戦いである。

 このように精神的圧力をかけた方が、有利にことを運べるケースが多いのも事実であった。

 もっとも沙羅の場合は、単に「この霊が気に入らない」という私情も入りまくっているようだが……。


 だが、既に奈緒深に対して命に関わるほどの危害を加えた霊に対して、あえて情けをかける必要が無いのも事実ではある。

 

『おお……ああーっ!!』

 

 ところが結局、沙羅の説得──というか脅迫は功を奏さず、霊は更に暴れ出した。

 身体(からだ)の動きこそまだ術で封じられているが、ガクガクと頭を無茶苦茶に振り回して抵抗している。

 このままでは遅かれ早かれ、術が破られるかもしれない。

 

(やっぱり口で言っても、聞くだけの頭がないか……。

 しかし……なんて執念だ。

 私の術にこれだけ抵抗できる霊なんて、殆ど見たこと無いけど……。

 それほどヤバイ代物が、この土地に封印されているという訳か……)

 

「だけど……あんたの役目はもう終わり。

 あとは私に任せておけばいいのよ……!」

 

『はぐおっ!?』

  

 不動金縛り──その名の通り、霊を、場合によっては人体の身動きすらも封じることのできる術で、先ほどの九字切りよりも更に強力な拘束力を持つといわれる。

 沙羅が使ったのはその自己アレンジ版だ。


 事実、霊はただ身動きを封じられただけではなく、その全身を大蛇に締め上げられているかの如く、凄まじい力で圧搾されていた。

 それは生身の人間ならば、全身の骨がへし折られかねないほど圧力だ。

 たまらずに霊は、苦痛の悲鳴を上げた。

 

「さあ、大人しく成仏しなさい。

 そうしないと、もっと苦しい思いをすることになるよ!」

 

『がぐぐ……』

 

 しかし、霊は更に抵抗する姿勢を見せた。

 凄まじい執念と言うしかないが、それで結果が変わることは有り得なかった。

 沙羅にはもう、これ以上霊の悪あがきに付き合うつもりは無いからだ。

 

「……しつこい」

 

『──っ!?』

 

 ギュルリっ、と唐突に自身を締め上げている力が数倍にもなり、霊はあまりの苦痛に悲鳴すらあげることができなかった。

 だが、それ以上に霊が脅威に感じたのは、沙羅の視線であった。

 圧倒的な威圧感を伴ったその視線は、既にまともな思考能力が失われている霊にさえ、恐怖を感じさせた。


 いや、まともな思考能力を持っていなかったからこそ、霊は本能的に沙羅の恐ろしさを感じ取ることができたのかもしれない。

 

「なあ、結界の中に封印されている者と私のどちらが恐い?

 どちらにしろ、あんたには対抗できる相手ではないってことぐらいは、その色々と足りなくなってしまった頭でも分かるだろう。

 いい加減にしないと、本気になるよ……」

 

「……!!」

 

 沙羅の眼光が一層鋭くなる。

 すると霊は、ジタバタと藻掻き暴れる。

 しかし今度は沙羅に抵抗しようとしているのではなく、彼女から必死に逃げようとして暴れているようだった。


 どうやら封印への執着よりも、沙羅への恐怖心の方が勝ったらしい。

 やがてその姿は徐々にぼやけていき、ついには完全に消えた。

 それが天国なのか、地獄なのかは沙羅にも知る(よし)も無いが、霊はこの世とは違う何処かへと去ってしまった。

 

「ハイ、終わり」

 

「えっ!?」

 

 沙羅の言葉に、奈緒深は素っ頓狂な声を上げた。

 沙羅がこの家に入ってから、精々10分程度しか時間が経っていない。

 通常の除霊が一体どれほどの時間がかかるものなのか、それを知らない奈緒深には比べようもないのだが、それでも10分そこそことは、いくらんなんでも短すぎるような気がしたのだ。

 

 実際のところ、除霊は数日から時として数ヶ月もの時間をかけて行われることがある。

 特に人間に取り憑いている霊──俗に憑依霊と呼ばれている霊を(はら)う場合は、無理に祓うと取り憑かれている人間に深刻なダメージを与えることがあり、時間をかけて慎重に行われるのが常である。

 それから比べれば、自縛霊を祓うのはそれほど難度が高いという訳ではないが、だからといって10分もかからずに祓ってしまった沙羅の手腕は尋常ではない。

 

(ちゃ、ちゃんとお仕事してくれたのかしら……?)

 

 奈緒深がついそんなことを思ってしまったのも、無理からぬことであった。

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