まるで勝利ですね。Ⅰ
水の塊が私に向かって飛んでくる。雨?そんな優しいものじゃない。雨は一粒で私を死に至らしめたり出来ないのだから。
「次は四つ!」
三つの塊を躱しきった直後に四つの塊が追加で私を襲ってくる。
左から来た一つを剣で斬りつけて処理する。
間髪入れずに右から二つ目が来る。遠心力を利用して、これもまた処理。三つ目は上から。
剣では間に合わないと判断して地面を右足で蹴って勢いよく前進する。私がいた位置に叩きつけられた塊が爆ぜる。後ろから飛沫を感じつつ、四つ目の砲撃を待ち構える。
「今のところは後退でしたね。はい。四つ目っ!!」
ツバサがそう言うと、視界の及ばない下から水の塊が現れて破裂し、分散した小さな塊が私の溝落ちにクリーンヒットした。私は上に3メートル程度、吹っ飛ばされた。
「がはっ!!!」
手加減はしてくれている。でなければ、私の臓物は風船のように破裂していたはずだ。咄嗟に私は剣を地面に突き刺し、力を剣先に集中させて落下する衝撃を緩和させた。そして何とか足で着地出来た。
容赦なくツバサが突っ込んでくる。水で形作られた1.5mくらいの細い長い棒を両手に一本ずつ携えて私の目の前にまで。私は接近を許さないように剣を引っこ抜く力を利用して上に振り上げて距離を作る。
当然躱される。そこに左の拳をツバサの顔面に打ち込む。躊躇いはない。だって。
それすら届かないのだから。ツバサの左手に握られた水の棒が崩壊する。圧縮されていた水が破裂し拡散して私の拳の速度を遅らせる。
ローキックを左脇腹に受けて案の定、私はまた吹っ飛ばされる。
「休憩しますか?」
私を見下ろしながらツバサが言った。
「誰がっ・・・!」
目眩を跳ね除けて起き上がる。
「そうですか。ではもう一度四発。」
今度は水の塊が一斉に射出される。対処しきれないと理解して私は真正面から待ち構える。絶望的な状況。それに打ち勝ちたいという想いを剣に込める。黒いオーラの増幅が剣の呼応を私に伝えてくれる。
「おらぁっ!!」
両手で握り全身全霊の想いを解き放つ。そして、私は縦に思い切り振り抜いた。黒いオーラの刃がツバサを目掛けて直進する。
打算はあった。オーラに触れるとき、水は形を失って破裂する。その後に雲散して消える。凝固したオーラは防ぎきれない。
・・・私も水の塊は防ぎきれない。
「決死の覚悟の一撃。自分が傷つくことなんて厭わない。とても格好は良いですが、それはダメです。死にたいのですか。」
ツバサは棒を両方とも捨てて手を力強く握った後、開く。すると、ドミノのように水の壁が何重にも貼られていく。それを刃が裂いていくが、刃を無数の壁が干渉していき、残り五枚のところで消えてしまった。
私は水の砲撃を受ける。痛みは四つ。どうやら休憩が必要なようだ。
投げた剣がツバサに届くのを見たかったけれど、どうにも私の意識は保ってくれなそうだ。
「目、覚めましたか。」
ツバサの膝の上で目覚める。
「あれ、なんで頭から血出てんの?」
ぎゅう、と右頬を抓られる。
「いだだだだだっ!?」
どうやら、最後に投げた剣の刃先が刺さったようだ。こんなことは初めてだった。大学の冬休みを特訓に捧げること一ヵ月。私の実力は明らかに向上していた。
「そうか、ついにやったんだね。」
「いや、もう。失格ですよ。命と同等の剣ごとぶん投げるなんて。やり直しです。はぁ。」
呆れ顔でツバサが溜息をつく。
「もっと褒めてくれても良くない?たったの一ヵ月でここまで出来たんだから。バイトの救援も友達からの誘いも断って。」
「ええ。恐ろしいくらいに上出来ですよ。奇襲も結果的には成功してますし。でも、ですよ。」
神妙な面持ちのツバサが続ける。
「命は捨ててはいけません。姫の戦い方は脆い。それじゃ、いつか死にます。」
「それは・・・うん。そうだね。」
「いや、それよりも驚いたことがあります。」
「な、何?」
「友達。いたんですね。」
「・・・いるよ!?」
そんなやり取りがツバサとの間にあったので、急遽、訓練は取りやめになった。「友人との時間は大切です。」と彼女は言った。
あのとき、私はいるとは言ったものの、私の数少ない友人(というか大学ではそいつにしか個人的に連絡をとらない。大学生なんて薄っぺらい関係が多いのだからサークルとかに入らなければそんなものだ。同じ授業を受けていて会話をする人は何人かいるけど。名前は知らない・・・そうだよね?大学ってそんな感じだよね?違うかな。違くないはず。そうだね、違くないね。)に改まって一度断った予定について、今日はやはり行けますと連絡するのも気持ち的には憚られた。
しかし、タイミング良く友人から「大学っていつからだっけ?一週間後?」というメッセージが送られてきたので、「明後日じゃね?」と返信し、追加で「そういえば。明日暇になったんだよね。」と送ってみた。
そうすると、「行くわ。」というメッセージがすぐに送られてきた。私は何を躊躇っていたのだろうと思った。
明日の予定をツバサに告げると、大層嬉しそうにした。そして、こう言った。
「本当にいたんですね。良かった。」
「だから、なんでいないと思ってたのかな?いるからね?普通に。」
「あっ、いや、そうですよね。普通はそういうものですよね。では、明日は何処かに行きますよ、私は。」
「何言ってるの?」
「え?」
「妹も遊びに来てるって。連絡しといたよ。」
「ええ〜!?」