スマホは皆が持っているⅡ
それからというもの、今まで見たことのない化け物が現れるようになった。私の頭がおかしくなったのか、現在進行形でおかしくなり続けているのか。襲いかかるそれらを斬り伏せる日々。
勿論、最初は怖かったよ?もう慣れてしまったけれど。
赤い自販機が見えてきた。好きなエナジードリンクが売っているが、朝に飲んだのでスルー。飲み過ぎは良くない。次を右に曲がれば、家までもうちょっと。冷蔵庫のお茶で我慢しよう。
家は安アパートだが、案外悪くない。私にとっては心落ち着ける安息地である。人が多くいる場所や賑やかな場所にあいつらは出てこない。出てきたことがない。
私と私の周りの人間は化け物に一度も傷つけられていないのは幸いだ。そんなことが起こる前に倒しているからだ。
さっきだってそう。私のルーティンに組み込まれたかのようにいつも通り、奴等を退けた。
だから。だからこそ。まさに今帰宅しようとしている私の目の前に現れたこいつすらも私の壊れた日常の一部に取り込まれる可哀想な存在だと思った。本日二匹目の来客に苛立ちを覚えた私の餌食に自らがなるのだから。
「また。またまた、またなの?ううんと、ごめんね。君に悪気はないのかも知れない。でもね、あと50メートルの先に家がある私にとっては。とっても迷惑。」
------------!!!!
ヒルのような口をした真っ黒のそいつが吠える。けたたましい高音。轟く金切り声は反響しても私以外には誰にも届かない。思わず私は耳を押さえた。そうしたら、間髪入れずに禍々しい脚をスプリングさせて勢いよく飛びかかってきた。捕食する気だろうか。
「あ、怒った?一丁前に咆哮なんてしてさ。よく見たら可愛いじゃん。」
念じる。私の求めに応じて0.3秒後にはその手に握られた大剣が奴を捉える。
縦に真っ二つになる。そこまでは良かった。
ーーーーあ?
不意に脇腹に痛みが走った。視線を下に向けてみる。
「うあああああっ!?」
不覚だった。ヒルがもう一匹いたようだ。血が凄い勢いで吸われていく。剥がそうとしても牙が深く刺さって抜くことが出来ずにいた。更に力を加えてみたが、ジンジンと痛みが薄れていくどころか、強く鮮明に伝わってくる。
身体から力が抜けてくる。抗おうとする精神さえも。私がヒルに美味しそうに吸われている。気を失いたくなる惨状だけれども、痛みがそうはさせてくれない。
・・・無理だ。私は直ぐに諦めた。拾った命を足掻くことなく放棄することにした。追い打ちの如く無数のヒルが血の匂いに誘き寄せられたように集まってきたからだ。
ーーーーーーーーーああ。終わった。以前にも増して呆気ないものだ。一度は失ったのだからこれ以上の贅沢は望めないか。
寒気と痛みは増す一方。段々と二度目の終わりが近付いてくる。誰がこんな死因を信じるだろうか。説明がつかない。
「後悔しました?」
突然、声が聞こえた。憎たらしくも私の低い声とは対照的にとても綺麗な高い声だった。驚くことに聞き覚えがある。でも思い出せない。
「だ、れ・・・?」
「顕著でしたね。慣れは慢心を生み出して注意力を散漫にします。それでもあなたの場合、力に溺れているような素振りはないのが珍しいし、それが救いです。」
誰だという私の問いには答えてくれなかった。
「今度から必ず周りを見渡して下さい。あなたは大量のヒルに食い殺されるところでした。悍ましい光景です。このタイプの『綻び(ほころび)』に一騎討ちなんてまずあり得ません。1匹見たら・・・何とやらです。今回のあなたの死はあなたの慢心が招いた結果です。事故じゃありません。」
「今度なんてないよ。」
『ありますよ。何のために剣を与えたのか。よく考えて下さい。普通の人生なんて、もう歩めませんよ。』
眩い光が私の視界を奪った。聞き覚えのある声は最後に私に言った。
『あなたを死に至らしめた障壁を。乗り越えて下さい。そのためにあなたは生きているのです。』