奇妙なブローチ
カラン―
「いらっしゃい」
どしゃぶりの雨の中、新しい客がやってきた。
ここは都会の片隅でやっているアンティーク喫茶『しっぽ』
コーヒーと雨のにおいが充満した店内で私は、一人読書にふけっていたところである。
主人である私は、スコティッシュフォールドの母とシャム猫の父のハーフの獣人である。
生まれた時から親の顔は知らない。
だから、自らをスコティッシュ・シャムと名乗っている。
夜はバーを、昼間は喫茶店兼アンティーク品の鑑定を行っている。
アンティーク品の収集は孤児院の神父が元々やっていたことだったが、
気づくと自分自身も興味を持っておりなんとなく価値がわかるようになったのが鑑定士としてのきっかけだ。
仕事を始めたばかりの時は、周りに知り合いもおらずうまくやっていけるか不安だったが
今では、おかげさまでなんとか生活できる程度にはお客に来てもらえている。
なんでか変わり者のたまり場になりつつあるが…
今日もまためんどくさそうな客が来たなと頭を抱えた。
赤いドレスを着た女性だ。
この平民街では見るからに珍しい高そうな服と帽子をかぶっている。
街の上層の貴族だろうか。
そんなことを思っていると女性は口を開いた。
「こちらはしっぽ亭であってますでしょうか」
「そうですけど、こんな雨の日に傘もささずどうしたんですか?」
私は怪訝な顔をする。
「見てほしいものがあるんです」
女性の顔は真剣だ。
私は軽い溜息をついて、茶器の準備を始めた。
「少し待ってください。ここは喫茶店です。長い話になりそうですし、一息つきましょう。コーヒー、紅茶どちらになさいますか。」
「そういう場合ではないのです。今すぐ鑑定してほしいものがあるのです」
「まぁまぁそういわずに。鑑定ってのはそれなりに時間がかかります。見るだけでなくて、その商品の思い出に値段が付くんです」
「思い出に?」
「えぇ。たとえば新品のダイヤとジャングルの奥深くで冒険家が見つけたダイヤ。どちらも同じ価値のものだとしたらどちらが欲しいですか?」
「後者…かしら…」
「そう。アンティークってのはその商品の価値だけじゃない。武勇伝とでも言いましょうか。思い出も価値になるんです。だからゆっくり話を聞かないと。それにあなたは少しあったまったほうがいい。」
ドレスが濡れている様子にやっと気づいたようだ。女性ははっとした顔をしている。
少し恥ずかしそうな顔をしながら女は一息ついた。
「…わかりました。それでは、紅茶をいただけますか。」
「お口に合うかは分かりませんが少々お待ちください。それとこれ。」
私は近くにあったできるだけキレイそうなタオルを見繕うとそれを女に渡した。
「ありがとうございます。」
後ろを向いて、お湯を沸かす準備をする。
「それで依頼品はなんなんですか?」
「母の形見のブローチです」
女性の懐から出てきたのは濃い緑色に輝く年代物のブローチだ。
「これを今すぐにお金に換えたいのです」
「なるほどね。軽く見た感じこちらはベルサイユ時代のものですね。貴重なものをお持ちだ。」
「ええ。母もその母からもらったと聞きました。」
「一族に脈々と受け継がれる遺品ってわけですか。訳は聞きませんけど、大事な物なのでは?」
私は一瞬、女性を窘める。
「そうですね。でも、母も今回ばかりは許してくれると思うのです。」
女性はうつむきながら答えた。
お湯が沸いたフツフツとした音が部屋に響く。
「少し持ってみても?」
「ええ。どうぞ」
片手でブローチを持ってみる。
ずっしりと重い。色褪せているが、金だろうか銀だろうか。
この辺はあとでルーペを準備しないと分からない。
よく見ると蝶番がついており、上のボタンを押すと中が開くようだ。
私は中を覗き込んだ。
その時、外から水をはじく複数の革靴の音が響いた。
「失礼!少し隠れさせてください」
女性は一言、放ったと思うとバーの下へ滑り込んでいった。
あぁ…やっぱりめんどくさいことになった…。
私は改めてため息をついた。