犯人の狙いを紐解いて 前編
今日から異動。…場所は和同町という県北の地域だ。…の予定だったのだが。
「遙申ぁぁぁ。」姉さんが玄関のドアを勢いよく開けて入ってきた。
「姉さん!動いて大丈夫なんですか…?」
「だいじょうぶだよ。ほら,左手も治ってきたし。それより遙申!早姫さんから連絡があって…。」
「咲魂さんから?」
「そ。…遙申異動しなくてもいいって…!」
「え…?もしかして咲魂さんが…?」
詳しく話を聞くと,上層部の中でも上の方のお偉いさん方は,異動や3班との関わりの禁止を知らず,
咲魂さんが報告したところ,…まぁ取り消しになったそうだ。
「とりあえず良かった~。」
…この報告を聞いて,一番安心しているのは姉さんであろう。
出勤の時間になったので,姉さんと離れるのを惜しんで警察署に向かった。
駐車場に青海さんが居た。
「おはようございます。咲魂さんや月輪さんから聞きました。…前のときと言い,今回と言い災難ですね。」
「ほんとですよ…。結局その人たちってどうなったんですかね?」
「あ,なんか謹慎処分ですよ。……1回艦艇警察署で大幅に人事異動をしないといけない気が…。」
確かにそれは言えている。
「あ,あともう1個。9班への所属も上層部の上の方の方々知らなかったそうですよ。」
「え?」
「ですから,異動前に戻ります。」
「え,え?いくらなんでも都合良すぎでは…?」
「どうやら,今回の黒たちが勝手に決めたそうです。…本当は俺らと同じ3班だったそうです。」
「青海さん…騙そうとしてます?さすがにそんなわけ…。」
でも,青海さんの目を見る限り,嘘を吐いてはなさそう。
「俺らも疑いましたよ。」
とりあえず,一緒に上がることに。
荷物を青海さんに預けて,上層部の部屋に向かった。
「失礼します。」
「中月さん,いろいろと災難でしたね…。こうなってしまったのは,我々の責任でもあります。」
と言って,土下座をしてきた。
「ちょちょ…!そこまでしなくていいですから!」
「…と,とりあえずですね,中月さんは3班でゆっくりしていてください。3班の方が落ち着いて活動
できるでしょう。」
「ほんとすみません。」
「いえいえ,こちらも不注意がありましたし,先ほども言ったように災難が重なってましたし。」
姉さんもすぐに回復したし,3班配属になったし…本当なのか疑ってしまう。夢なのかな…。
とそこに姉さんから電話がかかってきた。
『勤務時間中にごめんねー。』
「どうしたんです?」
『昨日の件あったじゃん?』
「ありましたね。」
『私,証言者としてそっちに行ったほうがいいかな?』
「んー…できるなら来てほしいですね…。」
『そっか。今から向かうねー。』
「はーい。」
青海さんから荷物を回収し,再び駐車場に下り,姉さんを待っていた。…あ,先に3班の方々に挨拶
しに行った方が良かったのかな。
とか思っていたら紺色のアルファードが入ってきて,停めた。
「やっほー。」
姉さんが少し跳ねて降りた。仕草が可愛い。
「その調子だと,もう大丈夫そうですね。」
「まぁ軽いケガだったし。」
姉さんは目を細めて言った。
「上で話を聞きます。…あ,取調室でしないんで,楽にしてもらって。」
「え?別に取調室でもいいよ?…心行くまで調べてもいいよー。」
…?
上に上がり,空き部屋に入った。
「だいたいのことは昨日言ったから,そこらへん省いてもいいかな?」
「メモとっているんで大丈夫ですよ。」
「そっかー。…じゃああのデパートに入ったときに感じたことを言うね?……既に入ったときに,
ガソリンのにおいは感じたよ。だから,出ようとは思ったんだけど…佐良さんがね,気付かず入って
行っちゃったから…。」
「追いかけたんですね。」
「あ,でも…佐良さんは悪くないからね。あの子…」
姉さんが言葉を詰まらせた。
「え?」
「佐良さん自身は気付いてないらしいんだけど…,脳疲労が多いらしく五感が鈍ることが多々ある
らしいの。」
「…なんでこうも僕の周りって病気だったり,体調が優れない人が多いんですかね…。」
「さぁ…?話を戻すけど,五感が鈍るってことは嗅覚も鈍るから,においに気付かなかったんだと思う。
あ,それで思い出したけど,小学校に異動がその件で無くなってね,中学校に私を担任,佐良さんを
副担任としておくように言われたんだよね。」
だから最近5時半以降も家にいたのか。
「さて,次にデパートに居た中で挙動不審…というか明らかに犯人だろうなっていう人が数名。」
「複数犯の可能性ですか。」
「そ。トランシーバーみたいなものも持っていたし,ガソリンをダクトに流した後に着火するタイミングを
指示したり,客や従業員の行動を指示したりしていたんじゃないかな。」
「でも,ガソリンを5階まで運ぶんですよね?…どうやって運んだんですかね?」
「ナポリタンクじゃなくても,運ぶ方法はあるよ。水筒に入れるとか,ペットボトルに入れるとか。」
あ,そっか。
「あと,犯人も限られてくるよ。…ダクトは倉庫から5階まで繋がっているって言ったじゃん?倉庫は
人の目を盗みさえすれば入れるんだけど…,5階は鍵がかかっている部屋にダクトがあるからさ。」
「…本当に姉さん犯人じゃないんですよね?」
「あたりまえじゃん。…ほんっと生まれつきこんな能力しかないから疑われやすいんだよね。」
「まぁ,姉さんが犯人って自白しても僕は最後の最後までそうじゃないって信じ続けますけどね。」
姉さんは頬を膨らませて机の上に顔を置いていた。
「にしても…,本当だったら異動だったんでしょ?いくらなんでもタイミング良すぎじゃないかな…。」
「ですよね。仕組んだのも上層部の黒たちなんじゃないかと。」
「…なんでさ,一般市民まで巻き込む必要があるんだろうね。……おかげで知りたくないことをさ,
聞かされちゃったし。」
「何を聞かされたんです…?」
「ん?脳疲労の話だよ。あの子周りに“無理しちゃダメですよ!”って元気づけているのに,当の本人が
無理しているわけだし,…実は脳疲労を逆手に取った演技なんじゃないかってことも聞かされたよ。」
それって…
「南海さん疑われてます…?」
「そういうことになるね。被害者にでもなれば,疑いの目は多少は軽減できちゃうし…。でも絶対
あの子は犯人じゃないって断言できるんだよ。少なくとも発火されたという時間帯まではずっと一緒に
いたし,トランシーバーとかそういう類のものも持っていなかった。…それでもあの子疑われているん
だよ。」
実際に現場を見て,どういう状況だったのかを調べたいけど,たぶんまだ立ち入り禁止だろうなぁ。
「遙申。難しいのは重々承知だけど,佐良さんの身の潔白を証明してあげて。」
「分かりました…。あ,そう言えば鍵のかかった部屋で話が脱線しましたね…。」
「そっか。話を戻すけど,ダクトがあるのは各階なんだけど,5階にあるダクトが手の届きやすい位置
なんだって。でも,そこは電気室みたいな感じで普通の人は勿論入れないし,従業員も特定の人
しか入れない。だから,その辺も調べてみて?」
…ほんっと姉さんが犯人じゃないかってぐらい知り尽くしているよ…。まだ2人とも容疑者から外れた
わけじゃないから,それも視野に入れつつ調べるかぁ。
「あ,そうだ。犯人の目星はついているんだよねぇ…。」
姉さんがにやりと笑った。
「え?誰なんです…?」
「犯人の目星を言う前に,ちょっとだけ。…今回の狙いは,一般の人でも私でもない。
佐良さんだったんだよ。」
今話登場人物
:中月姉弟
・小遙
・遙申
:艦艇警察署 捜査一課3班
・青海影木
・(咲魂早姫)
・(月輪希々)
:艦艇警察署 上層部
・上層部警官
:その他
・(南海佐良)