ちょっとした休息 前編
4月10日の日曜日。朝目覚めて,下に下りたら姉さんが顎に手をついていた。
「今日ね,3人ぐらいお客さんが来るの。」
「そうなんですか?姉さんの知り合いで?」
「そ。3人とも遙申も知っている人だよ。」
3人とも自分も知っている…。
「もしかして,咲魂さん?」
「せいかーい。まぁ,出勤のこともあるからあと数分したら来るよ。」
「え?今日は3班非番の日ですよ?…あ,姫魂電力の方か。」
警察官の咲魂さんは,姫魂電力のご令嬢でもある。そのため,そちら側の仕事に呼ばれる方もしばしば。
「姫魂電力のことについては何も言っていなかったけどなぁ。」
“ピンポーン…” チャイムが鳴った。
姉さんが言っていたように,咲魂さんがやってきた。
「おはよー。」
「おはようございます。」
「おはようございます。朝早くから大変ですね。」
咲魂さんは苦笑いした。
「出勤時間が早いものですから…。」
「姫魂電力の方ですか?」
「いえ?警察の方ですけど…?」
「え?今日3班は非番ですよ。」
咲魂さんは黙り込んだ。…しばらくしてそっぽを向いた。今日出勤だと思い込んでたっぽい。
「…。」
「早姫さん…。」
咲魂さんは背中を向けた。
「…不覚です…。」
咲魂さんを姉さんと一緒になだめた。
「てっきり,いつもの癖であるものかと…。」赤面しながらそう言った。
「まぁ,仕方ないですね…。休日でも急な出勤になることも多々ありますし…。」
「忘れちゃうぐらい頑張ってたのかな?」
「そんなに頑張った記憶,私には無いです。」
数時間後,自分の携帯電話が鳴り響いた。業務用だった。
「はい中月です。」
『津堂だ。時間大丈夫か?』10班所属の津堂先輩からだった。
「全然大丈夫ですよ。…何かありました?」
『先日中月さん方が捕まえた向原という犯人,前科がかなりあった。』
「そうなんですか?!」
『どうやら,数々の犯罪を犯して警察も手こずったやつらしい。しかも,偽名を使っていたから尚更。
だから,中月さん相当な手柄だぞ。』
少し困惑した。…その向原というデパート火災の犯人は,実質姉さんが推理して導き出したもの
だった。
「あ,あの…。別に自分が見つけ出したってわけじゃないんです…。」
『そうなの?』
「班員の協力は勿論,姉さんや被害者の協力があってこその逮捕ですし…。」
『そっか。まぁ,それだけ伝えようと思ってな。じゃ,ゆっくり休んでてくれー。』
そこで通話は切れた。
「前の火災の事件?」姉さんが興味深そうに聞いてきた。
「あ,はい。」すると姉さんは手で“あ,話さなくてもいいよー”という合図だけした。
「事件に巻き込まれたけど,やっぱ軽傷で済んだのが幸いよね。…まぁ,一番は佐良さんの無事
なんだけど。」
「自分としては,あの場にいた全員が軽傷で済んだのが不幸中の幸いですよ…。下手したら,爆発
して全員爆死の可能性もありましたし…。」
姉さんは軽く頷いた。
とか思っていたら,玄関のチャイムが鳴った。
「はーい。」姉さんがそう言って玄関に向かって行った。
数十秒後,姉さんが南海さんを連れてきた。尚,自分は書記をしていたので,言われるまで全くもって
気付かなかったが。
「はーるーたー。噂をすればってやつだよ~。」
「先日はありがとうございました。」南海さんは恥ずかしそうに一礼する。
「ありがとうも何も,自分は何もしていないに等しいんですけどね…。」すると姉さんはむっとした。
「そういうマイナス思考がダメなんだよー。前向きに捉えてー。」
南海さんの前でそんなことを言うなという戒めだと気付いたのは,後のこと。ただ“はい”としか
言えなかった。
「せっかくの縁なんだから,なんか話し合ったら?」
と姉さんに勧められ,雑談をすることに…。南海さんのことはあまり知らないから,息抜きに情報共有
するのもよかった。ただ1つ言うなら,なんでこうもプライベートで異性と話すことが多いのか…。
でも,会話は凄く弾んだ。南海さんは,以前姉さんから聞いたように中学校の教職員として働いており,
社会科の担当らしい。それに加えて,国語と数学も担当できるらしいが,脳疲労の件もあって,比較的
作業が単純な社会科を勧められたとか。それを聞いた時は,脳疲労のことについては何も知らなかった
そうだけど。
そんな様子を,姉さんが横で楽しそうにみていた。…姉さんは何を考えているんだろう。
「小遙先輩にはいろいろと助けてもらったんです。物を一緒に運んでくれたり,怪我の応急手当をして
くれたり…。応急手当が保健室でするようなことばかりでしたけど。」
「偶然,消毒液と絆創膏とガーゼ持ってたからね。偶然。」
何か起きると予想していたのかってぐらい持っているな…。
「私といると幸運なのか不運なのか分かんないよ…。」姉さんも若干マイナス思考になっていた。が,
すぐにハッとして,「まぁ,早めに処置できたから幸運か。」と言っていた。
ところで,南海さんは自分より3つ年上なのだが,話すときは正対して敬語だった。もっと気楽でも
いいのに…。
「…こうやって中月姉弟と話すのって,けっこう楽しいです…。」もじまじしながらそう言った。
姉さんは,細い目で見つめてきた。なんでこっち見たんだろ…。
「佐良さんが楽しいんだったら良かった~。」
気付くと1時間が経過していた。南海さんは帰宅していった。
「…やわらかーい空気が去っていった…。」
「ほんとほのぼのとした人でしたね。」姉さんはそれに続けて,
「遙申ももちろんやわらかいよ。」自分の機嫌が悪くならないように付け足してくれたのかも…。
「全然気にしてないです~。」
家に再び入り,姉さんは机に顔をおいて溶けていた。…溶けているように見えるぐらい“ふぇー”
と言いながらべったりと顔を机にくっつけていた。
「つい先日まで事件に巻き込まれていたのに,あんなに元気になっているとはね。」
「姉さんもですよ…。」
「私はー,事件に巻き込まれるのにー,慣れているからー。」そんな慣れあってたまるかっ!
今話登場人物
:中月姉弟
・小遙
・遙申
:艦艇警察署 捜査一課3班
・咲魂早姫
:その他
・南海佐良