犯人の狙いを紐解いて 後編
秋ノ宮駅近くのデパートで火災が発生し,姉さんもその被害に巻き込まれみたいだ。
しかも,その火災は意図的に起こされたものらしく,当初は姉さんを狙ったものかと思っていたが…。
「犯人の狙いは…南海さん?」
「ガソリンを使ったのも,佐良さんを狙うためだろうね。普通の人なら,においで危険を感じるけど,
佐良さんはあの時それができなかった。」
それが脳疲労の影響…。
「しかも真犯人は佐良さんを犯人に仕立て上げたいようだね?」
「…それって真犯人,警察の誰かになりません?」
でも姉さんは“むー,違うよー。”と言った。
「まず大前提として,佐良さんが脳疲労ということを知っていなきゃいけないの。聞いた話によると,
脳疲労のことは本人には伝えていない他,知っているのは身内の方と教職員だけだって。」
南海さん,姉妹揃って教師だったなぁ。
「まず妹さん。…佐良さんから聞いているけど,妹さんは佐良さんのことを尊敬しているから,殺害
しようとする理由がないでしょ?ほかの家族も同様かな。これといって目立った能力があるわけじゃない
けど,何事にも頑張ろうとする姿を見ていると安心するらしいから。」
「溺愛されていたんですね。じゃあ教員の誰か…?」
「それもないよ。教え方は普通に上手いし,先輩の先生方が認めるほどなんだから。」
「そうですか。…あれ,犯人候補消えてません?」
「まだこの候補以外にもいるよ。…脳疲労と判断したのは?」
「普通は医師ですよね…。え?」
「気付いた?犯人は医師だよ。」
え…?まだ理解が追い付かなかった。確かに消去法でいくと医師になるけど…。
「まぁ,まだ判断した医師の名前が分からないから,A先生とでもしとこうか。佐良さん曰く,数年前に
病院に行ったことがあるらしいんだ。左手が痛むらしいから診てもらったらしいんだけど,打撲だと
判断されたんだって。」
「はいはい。…もしかして,本当は骨折だった?」
「せいかーい。まぁ痛みが強くなってきたら,他のところで診てもらうなりなんなりして,骨折だと
判断するよね?…で,打撲って嘘の通告をした病院を訴えたのが始まりっぽいね。」
「訴えられたことを恨んで?」
姉さんは頷いた。
「脳疲労のことを家族の方が本人に伝えないようにしちゃったのがね。」
「とりあえず,その病院調べてみますか。」
「本人に聞くのが手っ取り早いかな。」
ということで,3班の人と,姉さんとで行くことにした。
「小遙さん,けっこう張り切ってますね。」
「あ…,さすがに犯行ができないって証言しているのに,あくまでも佐良さんが犯人という話で
進めようとしていたからね…。まぁ実際無実かどうかは分からないけど,証言したいし。」
「犯人だという証拠が1つでもあるなら,深く掘り下げていきますけど,無いのに掘り下げるのは
ちょっと…ね。」
月輪さんがそう言った。同じような案件が前職にもあったのかな。
藍丸総合病院に着いた。南海さんはここの2階に居ると受付で聞き,向かった。
「あ,中月先輩。さすがに大人数で行くと迷惑がかかるので,2,3人で行きませんか?」
「ですね。…姉さんは確定で。」
「ふぁい。」
意外とすんなり受け入れてくれた。…やっぱ救ってあげたいんだな。
議論した結果,姉さんと咲魂さんが行くことに。
「佐良さん起きているかなー。」
「…南海さんって中学の時仲のよろしかった?」
「そーそー。」
ちょっとした思い出話をしながら,佐良さんの病室へと向かった。
「あ,小遙先輩!…と,えーっとぉ…。顔は見たことあるですけど…。」
「艦艇警察署捜査一課3班の咲魂です。中学時代,生徒会に居たんですけど…。」
「…あ!早姫先輩ですか…!」
良かった,早姫さんのことはちゃんと覚えているっぽい。
その後,聴きだしていた。
「打撲って言ったのは,南木病院の向原先生ですね。…どうしたんですか?」
まず,デパートの火災を引き起こした犯人が佐良さんだと疑われていることを伝えた。すると…。
「そうですか。……犯人私でいいと思います。」
「え?ダメだよ…?」
「だって,私が犯人候補に挙がるってことは,それほどの証拠があるってことですよね…?」
「実は無いんです。どうやら,南海さんが脳疲労…」
「ちょっと待って。」
会話を止め,いったん咲魂さんと病室の外に出た。
「あのね,佐良さんには家族の考えで,脳疲労のことは伝えていないんだって。」
「あら…。どう言いましょうか…。」
「ちょっと家族の方に確認するから,佐良さんの話し相手になってあげて?」
「え?はい…?…はい。」
小遙さんから,南海さんの話し相手を任されたので,会話を嗜むことに…。
「小遙さんとの出会いって,中学の時ですよね?」
「はい,階段で…。」
提出物を大量に運んでいた南海さん。その様子を見た小遙さんが手伝ったことから,仲が深まって
いったそうです。…提出物を運んだ際,授業が始まる直前だったので,小遙さん南海さんとともに,
授業に遅刻してしまったそうです。私自身,小遙さんと同じクラスだったので,遅刻した際は何事かと
思って心配していました。
「そこから,部活で一緒になって,仲がどんどん良くなっていきました~。」
話し方がほんわかとしていて,笑顔が素敵な方です。小遙さんがこの方の無実を証明したくなるのも
よく分かります。
と,そこに小遙さんが帰ってきました。
私が戻ってくると,咲魂さんは一礼した。
「許可取れたんでどうぞ~。」
「あ,了解です。…改めまして,一部では,南海さんが脳疲労のことを逆手にとった演技なのでは
ないかという見解が出ていまして。」
佐良さんは首を傾げた。
「脳疲労?」
「佐良さん,しょっちゅう私が呼んでもぼーっとしてるときがあるでしょ?あれも脳疲労の影響だとか
なんとか。」
「え…私今までずっと気付かずに先輩に迷惑かけていたんですか…。」
「迷惑だなんて思ってないよ~。」
「そ,そうですか…。…もし本当に迷惑でしたら言ってくださいね…。」
「…本題に戻りますが,小遙さんの見解だと火災の犯人は打撲だと嘘の診断を下した向原さんだと。」
佐良さんは目を閉じて,口元に手を当てていた。考えをまとめようとしている時の仕草だった。
…遙申もこんな癖あるなぁ。もしかして…佐良さん譲り?
姉さんたちから情報を聞き,南木病院へ向かうことに。
「南木病院は巷じゃ有名な病院だそうです。10名以上の名医師が勤務しているらしいです。」
月輪さんが,艦艇警察署から支給されているタブレット端末を見ながらそう言う。その向原先生も
名医師の1人なのだろうか。…だとしても,嘘の診断を下しても得することなんてないと思うな~。
南木病院に着いた。…受付でいろいろと事情を話した後,向原先生の話を聞くことに。
「警察の方が一体どうされたんです?」
青海さんは,南海さんの写真を見せた。
「この方…ご存じですよね?」
「えーっと…,顔は見たことあるんですけどねぇ…。名前が…。」
「南海佐良さんです。数年前にここの病院を訪れたそうです。」
向原先生は,名前と写真を見て,なんとなーく分かったっぽいものの,まだ少し記憶の中から南海さんを
捜し出しているようだった。
「この方がどうされたんですか?」
「覚えておられるかは分かりませんが,数年前に先生はこの方を診察したことがあるんです。」
そういった瞬間,向原先生は豹変した。
「知りませんよ!もう帰ってください!!」
と怒鳴られ,無理やり部屋から追い出そうとした。
「やっぱり…?」
「確かに以前,嘘の診断を言ったのは事実です!でもデパートの火災はやっていません!」
…場が静まり返った。…たった今,向原先生は致命的な自白をしてしまった。
「向原先生,何もデパート火災のことについては言っていません。しかも,南海さんが狙われていたと
いうことも言ってないです。なんなら警察では南海さんが犯人という見解が出ているんです。
…数年前の嘘と,デパートの火災…。普通なら繋がらないはずですが?」
向原先生は絶望したようにがくっと膝を突いた。
任意同行により,取り調べを行ったところ,すべてを語ってくれた。そして,火災は姉さんの
予想通り南海さんを狙ったものだった。また,向原先生と仲のいい人たちが,共犯だった。しかもその
中にはデパートの電気室に入れる資格がある人もいたから,今回の大胆な計画は実行できたわけだ。
後日,南海さんのところに伺った。病院を退院し,職場復帰ができているみたいだ。
「そうだったんですか…。」
南海さんは苦笑いしながら話を聞いていた。
「どうやら,事件を起こす数週間前から南海さんの行動を伺っていたそうです。」
「なんで気付かなかったんだろ…。」
「姉さんが脳疲労の影響だって。」
「あぁ…。なんかいろいろと迷惑をおかけしました…。」
と南海さんは謝罪した。そんな南海さんをなだめて,警察署に戻った。
……数年後,再び南海さんと最悪の形で関わるとは,この時は思いもしなかった。
今話登場人物
:中月姉弟
・小遙
・遙申
:艦艇警察署 捜査一課3班
・青海影木
・咲魂早姫
・月輪希々
:その他
・南海佐良
・向原(俊彦)