プロローグ 前編
4月6日の朝5時。寝室から1階に降りた。
「おはようございま~す。早いですね。」
「あ、おはよー。この生活に慣れちゃうと、なんてことないね。前までは早起きが苦手だったのに。」
苦笑いしながらそう語ったのは、小遙姉さん。3月上旬まで姉さんは、僕が起こさないと起きない
体だった。でも今は普通に自分で起きれている。しかも僕より早く。
「姉さんが作る和食…店とかに出せそうなぐらいですよ。栄養も偏っていないですし。」
「ありがと。」姉さんは目を細めて笑った。この表情が最高に可愛い。…たまにヒヤッとするけど。
そんなこんなで出勤時間になった。ちなみに、艦艇警察署の捜査一課の刑事をさせてもらっている。
ここから艦艇警察署までは車で約10分。ちょっと遠めだ。
無事何事もなく着いたので、地下駐車場に停めた。すると、そこには僕の上司であり、班長である
前川伸司班長がいた。
「班長、おはようございます。」
「おう中月か。早いなぁ。」
「若干家が遠めなので早めに…。」
「なるほどなぁ。今のところ事件が無いから、班での取り調べが無いけど新しい班には慣れたかい?」
「そりゃもう。」
班長と一緒に2階の捜査一課の10係まで行った。え?なんで係なのに班長だって?もともと班として
呼んでいた時期の名残があって班って呼んでいるそう。わけわかんない。
そういえば、3月までの班だったら班員が4人だったのだが、ここの班は人数の関係上2人になって
しまった。
8時。事件が起きないので平和だなぁとか思いつつ、売店で飲み物を買おうと歩いていたら、
月輪希々さんに会った。
「…あっ!中月先輩お久しぶりです!」
「お久しぶりです。2階に来るなんて珍しいですね…?」
「今から気分転換に屋上に行くところだったんですよ!中月先輩も一緒にどうです?」
……そう話している月輪さんの姿が、幼い子供がおもちゃをねだるときのような顔だった。班が
変わったことによって、なかなか2階に来れないし、10係も2階の奥の方だから少しは寂しかったの
だろうか?………そもそも寂しいのかどうかは分かんないけど。
「えっと、今から売店に行こうとしていたんですよね。」
「お茶なら私が淹れますけど…?ってか淹れさせてください!ついでに3係に来てくださいよ。」
「え?まぁ…僕は良いんですけど、3係の係長さんが許しますかね…?」
そう言うと月輪さんはちょっと俯いた。
「多分許してくれないと思います…。けど是非来てほしいんです!」
「つ、月輪さん…。」
「正直言って寂しいんですよ。3人が班に揃っているとはいえ、中月先輩がいないと損失感が、
大きいんですよね。」
あ…やっぱり。
「…月輪さん、その気持ちに応えてあげたいのは山々なんですけど、やっぱ僕がいなくても大丈夫
だと思いますし…。頑張ってください…?」
「……………分かりました。中月先輩がそう言うなら…。」
「月輪さんは1人じゃないんですから。青海さんとか咲魂さんとか頼れる人がいるじゃないですか。」
「そうですよね…。私頑張ります…!」そう言って屋上の方へ向かって行った。
……なんでこう言っちゃったんだろ…。行くだけでも行ってあげればよかったのに…。ということで
月輪さんの後を追った。
「月輪さん。」
「中月先輩…?どうしたんですか?」
「屋上に一緒にと誘われたので。…大丈夫ですか?」
「まぁ、大丈夫です…。」
「…そ、そんなに僕と一緒じゃないのですがつらいですか…?」
「そりゃつらいですよ…。初めて担当してもらった先輩ということもあって…。青海さんと咲魂さんも
一緒だと思います。」
「そう思われてちょっと嬉しいです…。」
「あと元暗殺者だった私を差別したり、軽蔑したりすることもなく普通に関わってくれたので。」
そう言って笑った。
「あ、月輪さんこんなところに……って中月先輩もっ?!」
屋上の入り口から青海さんが来た。
「青海さんお久しぶりです。」
「お久しぶりです。…まだ1週間も経っていないのに懐かしく感じちゃいますね…。」
「そうなんですか?」
「そりゃもう、中月先輩は大切な存在ですから。えぇ。…あ、咲魂さんが一番悲しんでますよ。最近
7時直前ぐらいに来るんですよね。中月先輩と一緒にいたときは普通に6時ぐらいに来ていたのに。」
「それはけっこう重症じゃないですか…?」
「だと思います。ですから中月先輩、咲魂さんに会ってあげてください。…あ、もちろん俺らにも
ですよ?」そう言って笑っていた。…あれ、青海さん最年長だよね…。
「…さてここに長いこといたら怒られそうなのでそろそろ戻りますね。…あ、売店で買わなきゃ…。」
「売店で買うぐらいだったら私が淹れますよ。ということで1階に行きましょ。」
1階に降り、給湯室でお茶を淹れてもらった。
「ありがとうございます。…熱っ?!」
「あ、ポットに入っている湯の温度が90℃ですね…。そりゃ熱いわけです。」
「ふぅ…、やっぱり美味しいですね…。」
「美味しいなら良かったです!」
月輪さんの笑顔がいつもよりも眩しかった。…やっぱ定期的に3係に行ったほうがよさそうだな。
「以前と同様、月輪さんにお茶とか淹れてもらうのを頼んでもいいですかね?」
「是非淹れさせてください!」めっちゃ笑顔。
何事もなく1日が終わった。1つ気がかりになることがあると言えば、咲魂さんの姿を見ていないと
いうことだ。たぶん警察署内にはいたんだろうけど、人間関係の断捨離を行ったのだろうか。
「遙申が頼りにされてて~ねぇね嬉しいよ~。」
「いきなりどうしたんですか…。」
「よーするに嬉しいってこと!」
「それは分かるんですけど…“ねぇね”って言うもんですから…。」
「小さい頃よく“ねぇね~”って呼んでくれてたでしょ?久しぶりに呼んでもらいたいって思ったの。」
「もうそうやって呼ぶのが恥ずかしい年ごろです…。」
「まぁ良いんだけど。とりあえず、遙申が頼りにされてて私は誇りに思うよ。」
「なんか照れます…。」
姉さんは目を細めて見つめていた。…すると、
「影木さんと希々さんに会ったって聞いたけど、早姫さんには会ってない?」
「ですね…。僕としては人間関係の断捨離を行ったとみていますが…。」
姉さんが表情を変えて言った。
「早姫さんが人間関係の断捨離を行うわけがないよ。逆に人間関係は大事にする人だから。
考えられるとしたら…結構ショックだったんじゃない?希々さんや影木さんよりも…。
だから、遙申は早姫さんにできるだけ寄り添ってあげて。もちろん希々さんや影木さんにもだよ。」
今話登場人物
:中月姉弟
・小遙
・遙申
:艦艇警察署 捜査一課3係
・青海影木
・月輪希々
・(咲魂早姫)
:艦艇警察署 捜査一課10係
・前川伸司