僕、伽羅です。
軽くお楽しみを。
「母さんおはよう」
「おはよう伽羅」
日曜日の朝、キッチンに立つ母さんは笑顔で僕を見て笑った。
40歳のお母さんは童顔で、全く年齢を感じさせない。
僕の高校の入学式では新入生と間違われた程に。
「いよいよね」
「うん」
母さんは少し憂鬱そうだ。
心配を掛けてはいけないから僕は頑張って笑顔で答えた。
「一杯食べてね、伽羅ちゃんの大好物ばかりよ」
「ありがとう母さん」
テーブルの上には美味しそうな朝食が並んでいる、もちろん全部母さんのお手製。
だけど、少し豪勢過ぎない?
鰻重と牡蠣のアクアパッツァ、更に長芋のサラダまで。
「こんなに食べられないよ」
「やっぱり?」
分かってたなら少し控えてくれても良かったのに。
そういえば、昨日はニンニク料理だったけど、口臭大丈夫かな?
口に手を当てて口臭を確かめたけど、自分じゃ余り分からないや。
「杏奈は?あの子ならこれ位軽いわよね」
「もう起きてくると思うよ」
杏奈は僕より1歳下の妹。
とっても綺麗で、兄の目から見ても正真正銘の美女。
空手で鍛えた身体も大きく、僕より20センチも高くて170センチを軽く超えていた。
「おはよう伽羅、お母さん」
噂をすればだね。
「おはよう」
「杏奈、伽羅は貴女の兄さんなのよ、なんでいつも名前で呼ぶの?」
「良いじゃない、母さんだって名前で呼んでるし」
「私は母親です!」
杏奈の軽口に母さんは呆れている、僕はもう慣れたよ。
「そんな事より、なにこれ?」
「朝ご飯よ」
「作り過ぎ!」
杏奈もテーブルに並んだ料理に驚いている。
これは朝食メニューじゃないよね。
「仕方無いの...」
タメ息の母さん、ひょっとして?
「お婆ちゃんが?」
「ええ、昨日の夕飯もね、食材を送ってきたの」
「やっぱり」
お婆ちゃんは身体の小さな僕を心配して、時々こうして食べ物を送ってくれる。
「作った事にしちゃったら良いのに」
「無理よ、次の日にはお婆様から電話が掛かって来るのよ?
『美味しかった?伽羅に何を作ってあげたの?』って」
成る程、嘘が苦手な母さんは誤魔化せないな。
相手がお婆ちゃんなら。尚の事。
「伽羅、いよいよ今日ね」
杏奈は美味しそうに鰻を頬張りながら聞くのはやっぱり今日の事、気になるよね。
「うん」
「母さん、やっぱり伽羅に見合いは早いって。
まだ高3だよ?」
「私もそう思うんだけど」
杏奈の言葉に母さんも困り顔、実際僕もそう思う。
「仕方無いよ、お婆ちゃんには逆らえないし」
「そうだけどさ」
お婆様と聞いて少し怯んだ様子の杏奈。
怒ったら怖いもんね、普段は優しいんだけど。
「本家の役目があるのよ」
母さんは諦め顔、本家の命令は絶対って、身に染みて分かってるから。
「でも今日1日で2人と見合いっておかしくない?
普通の見合いって1日1組でしょ?」
「...それは」
母さんは口ごもる。
僕も知りたいけど教えてくれない。
「こんな時、頼りになるお父さんが生きてたらな...」
「「おい!」」
バカな事を言う杏奈に僕と母さんの声が被る。
「父さんはちゃんと生きてるよ!」
「そうよ、縁起でもない!」
「冗談よ、冗談」
全く気にしない様子の杏奈にタメ息が出る。
父さんは3年前から海外に単身赴任していて、1度も日本に戻っていない。
「...貴方」
母さんは携帯を取り出して涙ぐむ。
画面にはきっと父さんが映ってるんだろう、寂しいよね、僕も一緒だ。
「全く、あれのどこが良いんだろ?」
呆れ顔の杏奈だけど、
「そっくりじゃないか」
「な!?」
僕の携帯から父さんと杏奈が並んだ写真を彼女に見せる。
3年前、父さんが外国に行く前日に撮った写真だ。
14歳の杏奈は泣き顔を堪えて父さんと笑ってる。
本当は父さんが大好きな癖に。
「伽羅だってお母さんそっくりじゃない!」
「...う」
杏奈の言葉が刺さる。
僕は母さんそっくりだ、並んでいると確実に姉妹と間違われる程に。
「貸して!」
「やだ!」
真っ赤な顔をした杏奈は僕の携帯を奪おうとするが、これは渡せない。
杏奈から素早く身を躱す、なかなか速い動きだけど、空手は僕も頑張ってるからね。
まだ僕の方が速いよ。
「...止めて」
「はい」
お母さんが悲しそうに僕達を止める。
そんな顔をされたら続ける事なんか出来ない。
「お母さん見合い相手って、確か」
バツが悪そうに杏奈は話を変えた。
「青龍さんよ、青龍明日美さん。
あと朱雀優里さんね」
「よく両家とも了解したわね?」
「お婆様の命令には逆らえなかったって事よ、青龍さんと朱雀さんは分家だから」
「それにしてもよ。
2つ共、家より遥かに大金持ちで名家じゃない」
「確かに」
僕もそう思う。
白龍家は昔から続く名家だけど、そんなに権力は無い。
対して青龍家は沢山の会社を経営しているし、朱雀家は優れた医師や学者を大勢輩出している。
いくら白龍家が本家とはいえ、両家と比べたら見劣りは否めない。
「2人とも1つ年上よね?」
「うん」
そう釣書に書いてた。
「でも顔は知らない、と」
「そうだよ」
2人の顔は知らない、写真1枚すら渡されて無い。
「向こうも伽羅の顔を知らないそうね」
「そうなの、お婆様ったら何を考えてるのかしら?」
何の意図があるんだろう?
困惑したまま僕は見合いの会場となる本家に向かうのだった。