第1廻 始まりの輪廻
地獄の底で僕達は向かい合った。
「──空ァァァ!」
「──ウォォォ!」
交じり合う拳と拳。
吹き飛んでいく死体。
まだ子供の僕たちが、殺し合いをする。
ここは、そんな世界。
………………。
…………。
……。
「ママ?」
子供も。
「おい、どこだよここ!」
大人も。
「……え?」
僕も。みんな突然って感じで、ここに居た。
周りと見渡すと、僕の学校の全校生徒くらい居た。だから多分、八百人くらい。
僕は家で宿題をしていたはずなのに、砂漠のような所に居る。テントみたいなのがいっぱいあって、同じ服を着た人達が僕達を囲んでいた。
運動会とかで校長先生が挨拶するような立ち台もある。
夢? そう思うが、手に持つシャーペンの感触が夢じゃないと、僕に伝える。
僕が立ち台を見ていると、丁度そこに人が一人登り立った。
黒いローブを着た人だ。僕たちを囲んでいる人たちの服装によく似ているけど、ちょっとこっちのほうが豪華だった。
「貴様ら、言葉は分かるな? 貴様たちにはこれより、戦争をしてもらう!」
戦争。戦争と言うと、あの戦争だろうか。
「おいおい、どこの番組だよ! ここはどこだ!?」
僕の隣に居た柄の悪いお兄さんが大声を出すと、ちょっと豪華な服を身に付けたリーダーっぽい人が、手を翳した。そして何かを小声で言っている、よく聞き取れないけど、まるで呪文みたいだ。
そう思っていると、リーダーっぽい人の手が光った。その光が、物凄い勢いで飛んできた。
「──っ!?」
お兄さんは頭が無くなっていた。
僕よりもまだ小さい子供が泣き叫んだ。今度は囲んでいる人の手が光って、子供の胸にぽっかり穴が開いていた。
地獄絵図、というのはこの事を言うのだろう。今まで意味を知らなかったけど、今この瞬間理解できた。
僕も泣き叫びたかったけど、それをしてしまうと僕も殺されてしまう。そう思った。
嗅いだ事のない臭いが辺りに漂って、吐き気を催す。
僕は目じりに涙を溜めて、口を手で防いだ。
周りの人たちも同様に押し黙っていた。
こうするしか無かった。
「我々はブラーグ教! 邪神崇拝の王政を掲げ、邪神に魅入られし背教者、シューバル国王を討つ!」
何を言ってるんだかよくわからなかった。だけど、この人たちは王様と戦おうとしている、それだけはわかる。
「貴様たちはブラーグ様の為に戦い、その魂を捧げるのだ! 異を唱える者は邪神に魅入られし者とみ見なし、即刻処分する!」
リーダーっぽい人が立ち台から降りていくと、僕たちを囲んでいる人が近づいてきた。
その内の一人が「付いて来い!」と大声を響き渡らせた。僕たちは歯向かう事も無く、言う通りについていった。五人ずつに分かれて、テントに入っていく。
僕の順番が来て、僕も入る。
いつの間にか流れていた汗がひやりとした。テントの中は丸々階段になっていて、地下に続いていた。
ほの暗い地下を進んでいくと、壁に変な紋様がびっしりと並んでいる。
何度も曲がって、幾つも扉を見た。一歩進むごとに不安が増す。
僕たちを先導していた人が、ついに止まった。目の前にあるのは扉。そこを開いて見せると、中はベッドや机がある質素な部屋だった。
「入れ」
共に歩いていた大人たちが入って、僕もそれに続いて言葉に従おうとすると、止められた。
「貴様はまだだ」
そう言ってまだ歩かされて、やがて行き止まりに辿り着いた。
扉が開けられると、狭い部屋に子供たちが何人も居た。僕と同じくらいの年の子や、年下、中学生くらいの人。
大人は一人も居なかった。
「入れ」
さっきと同じように言われて入ると、厚い扉を閉められた。
皆の顔は暗いが、大声を出して泣く子供は一人も居なかった。
僕もそうだ、本当は泣きたい、でももしそれを聞かれたら、あんな風になるかもしれない。
そう思っているのだろう。
そんな中、静かに泣いている子が居た。膝から血を流している女の子。髪の毛の色がおかしい、桃みたいな色をしている。年は僕と同じくらいだろうに、髪の毛を染めているのだろうか。お兄ちゃんは大人にならないとやったら駄目だと言っていたのに。
僕は特に物を考えず、手に持ったままのシャーペンで服に穴をあけて、ビリビリと破いた。
「巻くね」
そう伝えてから、女の子の足に服だった布を巻きつける。女の子は驚いた顔で僕を見ているだけだった。もしかしたら逆効果なのだろうか。テレビでこうしてるの、見た事あるんだけどな。
でも、僕たちを囲んだあの大人たちは怖い。消毒液や絆創膏はくれないかもしれない。
そんな事を考えていると、急に話しかけれた。
「お前、凄いな」
一瞬、女の子に話しかけられたかと思ったけど、違った。
僕の隣に男の子が居るのだ。
彼も僕と年齢は同じくらいに見える。
「誰も動けなかったのに、お前だけは動いてた」
「たまたまシャーペン持ってただけだよ」
「俺は空、お前は?」
どうやら男の子は漆真空というらしい。
「僕はおーちゃんだよ」
「は? 何だそれ? あだ名か?」
刹那。
ドクン、と。
「あ」
「どうした?」
お腹を何かが通り抜けた。体内と同じ温度の風が突き抜けていく感覚。
そして、未来が聞こえた。
『大人たちは全員死ぬ、ここに居る子供も年齢の高い順に死んでいく』
僕は、未来が聞こえる。誰かの声が教えてくれる。今までも、何度もあった事だ。周囲にはひた隠しにしてきた。僕に語りかけてくるその声を、誰にも言わなかった。
お母さんにも、お父さんにも、兄にも。
そしてこれが聞こえたからと言って、何か行動する事も無かった。
なぜなら今まで、死を伝えられた事が無かったから。