23 竜
空間転移で学園の前に辿り着いた俺が見つけたのは――というか目に飛び込んできたのは、荒れ果てた学園の中庭と、その中心で荒れ狂う一匹の竜だった。
それは真紅の鱗を持つ巨大な竜で、多くの人間がイメージするだろう竜の姿そのものだ。
両翼は大きく広がり、動かすたびに暴風が吹き荒れる。
棘の付いた尾はまるで蛇のように蠢き、周囲の物体を薙ぎ払う。
甲高い咆哮が世界を揺らした。
学園の周囲、外壁には防護結界が無数に展開されていたはずだが、それらは軒並み竜によって破壊され尽くされている。
防護結界の効果の中には正規の方法以外での侵入を防ぐ効果も含まれていたため、一度学園の外に転移してきたのだが……。これならわざわざ学園の外に一度転移せずとも、そのまま教室に転移できたか。
その双眸が転移で突然現れた俺の方へ向けられる。
落雷めいた唸り声を上げ、こちらに牙を剥いた。
「……いや、いやいやいや」
流石に驚く。
まさか街中でこんな巨大な竜を見るとは思わなかったからだ。
『深層』の刺客が召喚魔術でも使って呼び寄せたのか……?
分からないが、放っておくわけには行かない。
ただ、『深層』の目的がリリーの誘拐であって殺害ではない以上、この竜も足止めに過ぎないだろう。
ただでさえアイン相手に無駄な時間を食っているのだ。
速攻でこのデカブツを……片付けなければならない。
「……仕方ない、これは使いたくなかったんだが」
竜の尾が校舎の尖塔の一つに激突、音を立てて崩れていく。
時間がない。躊躇っている間にも被害が広がりかねないし、リリーの様子も気になる。
竜がこちらに向かって灼炎を吐き捨てる。
俺はその場で魔術を発動し――。
「『銀の鍵』」
――そして、全てが終わった。
一瞬だった。
竜の吐息が空間ごと切り裂かれ、ノアを避けて左右に広がる。
それだけでない。
悲鳴すら上げる間もなく――目の前の竜が中心から真っ二つに両断され、身体が崩れ落ちた。どす黒い鮮血が中庭に撒き散らされる。
「ぐッ……十秒か」
時間停止の魔術――『銀の鍵』。
時空魔術の中でも最高難度の魔術にして、第十階梯――つまりは最高難度の魔術の一つ。
その効果は、世界そのものの時間を停止させ、その中で術者だけが自由に動くことを可能にするというあまりにも規格外のものだ。
俺はそれを用いて、たった今、世界の時間を十秒ほど停止させ――空間切断の魔術『断空』を目の前の竜に対して複数回叩き込んだ。
「誰だか知らんが……竜なんて厄介なもの持ち出しやがって」
竜――というよりも、強大な魔獣には基本的に魔術の通りが非常に悪い。
これは強力な魔獣になればなるほど、保有する魔力量も膨大になるためである。
高位の魔術師が高い魔術耐性を獲得するように、保有する魔力の量と魔術に対する耐性は比例するのだ。
今回現れた竜は魔獣の中でも最上級の、ひとたび出現すれば軍隊が出動することになるような正真正銘の怪物である。
当然、膨大な魔力と魔術耐性を持っており、生半可な魔術では傷一つ付けられない。
空間魔術の中でも高威力な『断空』ですら、一撃だけではその耐性を貫けなかったほどだ。
そのため、時間停止まで用いて一箇所に三回もの空間切断を用いることで強引に突破したのだが――。
「時間を使いすぎたな」
俺は時空魔術のうち――時空魔術は空間操作と時間操作に大別されるが――、時間操作に類する魔術の使用を制限していた。
これは別に、俺が敵を侮っているだとかそういった理由によるものではない。
俺が時間操作の魔術を封印しているのは、俺がこの時間停止の魔術を用いて、『牢獄世界』の最奥部に最悪の魔女、ユーフォリア・メイスフィールドを常時封印しているためである。
『時の牢獄』――時間停止の檻による封印魔術。
しかし――この封印は、俺が時間操作の魔術を使うたびに徐々に緩んでいくのだ。
今回のような十秒程度ならばさほど問題はないが、しかし十秒でも何度も蓄積すれば相当な時間になる。
俺があの女の封印を解くつもりがない以上、できる限り時間操作の使用は控えなければならない。
「さて、さっさと終わらせるか」
俺は空間転移で教室に転移した。
□
――洗脳魔術で操った教員共によって召喚された竜が、突如現れたノアによって一瞬で倒されたことを察知して、『深層』から送られたその刺客は愕然とした。
あの偽物の竜には、ノアの足止めとしての役割を期待していたのだが……足止めの役割すら碌に果たせぬまま竜は屠られてしまった。
偽物の竜――あれは、洗脳させた教員や眠らせた学生たちの思念を操作し、成立させた集団幻覚に職員室の魔法陣を用いて形を与えたものである。
強大な怪物、人知を超えた災害としての竜――そんなイメージを教員や学生に精神操作で送り込み、それを束ねて幻想という形で出力した、本来の竜とは似て非なる存在。
だが、贋作であるからこそ、本物の竜すら超える性能を秘めた自信作だったのだが――残念ながら、あの『魔女の杖』の敵ではなかったようだ。
歯噛みする。ノアの実力を完全に見誤っていた。
ノアの実力の程は理解していたと思っていたが――まさかあれほどとは。
あの偽物の竜を一瞬で倒せるほどの実力を持っているというのは、流石に想定外だった。
――だが、ここまで来て今更後戻りはできない。
どうにかしてノアを撃退し、リリーを連れ去らなければ……。
時間がない――あれが倒されたということは、もうノアを阻むものは何もないのだ。
すぐに空間転移を用いてこちらに向かってくるはず――やはり、来た。
転移の発動時には移動先の空間が僅かに歪む。
『牢獄世界』に居たとき、ノアの空間転移を見たことがあったために刺客はそれを知っていた。
突如教室に現れたノアに対し、今にもリリーを捕らえようとしていたアリシアに精神支配の魔術を経由して新たな命令を与え、奇襲を促す。
アリシアはリリーに向けていた手を止め、即座に振り返り――。
「――『爆雷撃』」
そして、アリシアが刺客の命令に従い――ノアに向かって雷撃を放った。
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