20 第二の自己
「ぐっ、まさかここまで力の差があるとは――流石は『魔女の杖』、アーク・メイスフィールドといったところかな」
「その名前は捨てた。今の俺の名前はノア・メイスフィールドだ」
慎重に倒れるアインの方へ近付いて行く。アインは満身創痍だが、油断は禁物だ。
しかし……改めて見回すと、周囲は酷い惨状である。
地面の石畳は乱雑に捲れ上がり、『土棘』によって至るところから太い棘が発生しているし、周囲の家屋も戦闘の余波によっていくつも倒壊している。俺の家に至っては原型を留めていない。
戦闘と平行して魔術を使って住人が逃げる手助けをしていたため、人的被害こそ発生していないだろうが、それでもこれは流石に酷い。
ラヴィニアが頭を抱える光景が目に浮かんで俺は笑った。いや笑いごとではないが。
「で、まだやるか? そろそろ学園に行かなきゃ不味いから、お前に構ってる暇なんてないんだが」
というかもう最初の授業は始まっている時刻だ。
学園の方にもナタリアが教師として潜入しているため大丈夫だとは思う……が、先程の戦闘時、アインの奴の動きは途中から時間稼ぎを目的としていたように思えた。学園で何かが起こっているのかもしれない。
かといって、こいつをこのまま放置しておくのもそれはそれで危険だ。何を仕出かすか分かったものじゃない。
「く、くく――初めて聞いたときは本当に驚いたよ。まさか君が学園に通ってるだなんてね」
「ああ、俺も驚いてるよ」
本当に。
まさか俺が学園に通うことになるとは、『牢獄世界』にいた頃にも、地上に戻ってきた後にも、夢にも思わなかった。
「『牢獄世界』で誰よりも恐れられていた君が、平和な世界で暮らしてきた学園の子たちに馴染めるのかな?」
「知るか、馴染めようが馴染めまいがどうでもいい」
アインは倒れ伏したままぺらぺらと口を回す。
「――断言しよう。君の居場所は『牢獄世界』にしかないと」
「…………」
「だから、戻ってこないかい?」
「断る」
「そうか、残念だ」
アインは本当に残念そうな表情を浮かべた。
何が悲しくてあんなクソみたいな場所に戻らなくてはならないのか。
「そんなことよりも、お前はどうやって地上に来た? 『深層』にしか知られていない出入り口があるんだろう? さっさと言え」
「そんなことって言い様は酷いなぁ。こっちだって真剣に勧誘してるのに」
「いいからさっさと吐け」
魔力を練り上げる。いつでも魔術を発動できる状態にした上で、アインの元に近付く。
突如アインが残った左足をばねのように使って起き上がり、右手に隠し持っていた短剣で切りかかって来る。回避。そのまま短剣を持っていた腕をへし折り、アインの身体を地面に叩きつける。
「ぐっ……」
「俺はあんまり気が長いほうじゃないのはお前だって知っているだろう?」
「ぐ、くく……残念だけど、教えるつもりはないよ」
ふと気付く。
俺がへし折った右手、そこから毀れ落ちているのは血ではなく――土だった。
「ちっ……」
「あ、気付いた?」
「最初からそうだとは思っていたが……やっぱり土人形か」
「正解」
ぼろぼろとアインの身体が崩れ、土になっていく。
土人形――それは魔術や錬金術によって生み出される使い魔の一種だ。魔術によって操られるそれは主には荷物運びなどの雑用から、果ては戦闘など、多岐にわたる用途で活躍する。
ただ、アインの造る土人形は通常のものとは少し――というか、大きく異なっている。
本来の土人形が文字通り魔術で動く土の人形であるのに対して、アインの土人形は目の前のこれのように、外見も能力も、製作者であるアイン・ツヴァイドールと区別が一切付かないのだ。
こうして破壊される段階になってようやく、普通の人間との区別ができるようになる。
土人形が自壊していく。人の身体のように見える物体が、手足などの末端から徐々に土へと変貌していくその光景はおぞましい。
アインは常にこの土人形を端末として使っており、本人はずっと『深層』の奥深くに引き篭もっている。これでは情報を聞き出そうにも、端末である土人形を破棄されてしまうだけで情報を聞き出すことなどできはしない。
当然、痛覚などが術者当人と共有されているわけでもないため、拷問も無意味だ。
「時間の無駄だったな」
『第二の自己』――自己と同一の能力を持つ土人形を生み出すその魔術は、アインの固有魔術である。
「アーク――いや、今はノアだったかな? 今回の勧誘は失敗したけれど、僕は君を『牢獄世界』に戻すことを諦めないよ」
「残念ながら無理だな、とっとと諦めろ。そもそもお前みたいな優男に勧誘されたって嬉しくもなんともないしな。次は美少女になって出直してこい」
固有魔術。
それは、俺たち誰しもが生まれながらにして有する、魂が持つ性質を基底として一から製作される特殊な魔術の総称だ。
これら固有魔術は、人それぞれ異なる魂の性質を根底として術式を編んでいるため、基本的に製作者以外には決して使うことができない。加えて、魂の性質に従って術式を構築する以上、当然、その自由度は低くならざるを得ない。
――魔力が魂から生成されるように、魂やその性質は、魔術と密接に関連している。魂の性質は魔術の得手不得手に大きな影響を与えるのだ。
だが一方で固有魔術は、普遍的に使用できるように改良された一般的な魔術と比べて、魂の性質に従うため、術者に完璧に適した術式となる。
そのため、より強力無比な魔術や、一般的な魔術では再現が難しいような独自性のある魔術となるのだ。
実際、アインの固有魔術『第二の自己』も、強力かつ、極めて独自性の強い魔術である。
アイン・ツヴァイドール――その魂の性は複製。
故に、アインの造る土人形は本人と全く同一の性能を持った土人形となる。
「ふ……それじゃあ、今日のところは諦めることにするよ」
すでに顔以外のほとんどが土に戻ってしまっている状態で、しかしアインの土人形は喋り続けた。
俺は嘆息した。
固有魔術『第二の自己』――本当に面倒な魔術だ。
「俺をそんなに勧誘したいなら代わりに重要な情報の一つは寄越せ。たとえば、『深層』の持つ結界の入り口の位置とかな」
「そうか……ならば耳寄りな情報を一つ」
ついに頭まで土に変わり果てたアインの土人形は、言った。
「僕の役割は君の足止めだよ――学園にいるはずの王女様、無事だといいね?」
「まあ、知ってた」
お前がぺらぺらと喋ってる時点でそうだとは思っていた。
俺は土人形の残骸を蹴り飛ばすと、空間転移を発動、学園へ急いだ。
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