19 強襲
事が起こったのは――敵が仕掛けてきたのは、その翌日のことだった。
□
家で眠っている最中、嫌な予感がした。
俺はベッドから飛び上がるようにして起きると、即座に空間転移の魔術を発動して家から脱出し――次の瞬間、家が粉々に吹き飛んだ。
目を見開く。『牢獄世界』時代ならともかく、地上へ来てからはこんな問答無用の攻撃を受けることなどなかった。
どうやら気付かぬ内に平和惚けしていたようだ。背筋が凍ると同時に、意識が研ぎ澄まされていく。家を吹き飛ばした魔術の術者を即座に発見し、強襲を仕掛けた。
「termine mundi, aperire.――『空隙』」
衝撃波が早朝の街中に轟く。
辛うじて残っていた家の柱が吹き飛んだ。
しかし襲撃者はこちらの攻撃を悠々と回避する。
――だがそれは予想済みだ。避けた先の位置で発動済みであった『空隙』の魔術が衝撃波を発生させ、襲撃者に被弾。その身体を軽々と吹き飛ばす。
内心で舌打ちする。
命中はしたが、浅い。
襲撃者が即座に起き上がりこちらに突進してくる。
襲撃者は俺の見知っている顔の男だった。狐のような釣り目が笑みの形を刻む。
「――『即興錬金』」
男は懐から小さな鉄球を取り出すと、それを元に剣を生成する。
物質の生成と転換を得意とする魔術の一種、錬金術だ。
男のそれは、本来ならばあまり戦闘向けとは言えない錬金術に即興性を加えることで戦闘に特化させている。
生成された剣がそのまま上段から振り下ろされる。それと同時に大地が軋み、俺の背後の地面から棘が発生、俺の背を貫かんと迫る。
俺は右手で剣の腹を殴り軌道を逸らし、身体を屈めることで背後から迫る棘の攻撃も回避する。
そのままの体勢で接近、男の懐に入り込み、喉に向かって貫手を放つ。
男は慌てて剣を手放して貫手を避けると、距離を取ろうとして大きく後方へ跳躍した。それを見て、俺は男の着地地点に先んじて『圧空』を設置する。
男が錬金術を発動させた。地面から巨大な岩の腕が生える。
岩の腕は男の身体を空中で捕まえると、俺が『圧空』を置いた位置とは離れた場所にそっと着地させた。
そこでようやく、男が口を開いた。
「やあ、アーク」
「アインか」
アイン・ツヴァイドール。
俺の『牢獄世界』時代の知り合いであり、『深層』の幹部格である。
「痛いなぁ……全く、昔馴染みなんだから、少しは容赦してくれてもいいじゃないか」
「あ? 先に攻撃してきたのはそっちだろうが」
「ふ、そうだね。その通りだ」
青い髪の美青年はこちらに目線を向けると、狐じみた胡散臭い笑みを浮かべた。
「それにしても久しぶりだね、アーク。君が『牢獄世界』を出てこっちに来ていることは知っていたけど――まさか、よりにもよってこんなところで再会するとは思わなかったよ」
「それはこっちの台詞だ」
『深層』の幹部であるこの男がわざわざ地上にまで出張ってくるということは、あの組織が抱くリリーに対する執着が、俺が想定していた以上に強いという事実が伺える。
だがしかし、これはチャンスでもある。
『深層』幹部であるこいつを捕まえれば、まず間違いなく『牢獄世界』へ通じる出入り口を知ることができるだろう。
――だが、捕まえることができるだろうか?
奴の持つ特殊な魔術からして、たとえ倒すことはできるとしても、捕まえることは難しいように思える。
だがまあ、やる前から諦めても仕方ない。やってみるだけやってみるとしようか。
「お前がリリーを狙う刺客か」
「分かりきったことを聞くね、アーク。僕がこの場所に来ている時点で分かっているだろう?」
「termine mundi, aperire.――」
「おっと、危ない危ない」
「――『空隙』。ちっ」
魔術で攻撃するが、危うげなく回避される。
この男とは『牢獄世界』時代から何度も戦ったことがあるだけに、俺の魔術――時空魔術についての情報をそれなりに有しているから厄介である。
負けるつもりは微塵もないが、倒しきるのは少々骨が折れそうだ。
「リリーを狙ってるんだろ? どうして俺の方に来る?」
あるいは、学園にも現在進行形で別の刺客が仕掛けている可能性もある。
だが、学園の方にはナタリアがいるはずだ。
特に魔道具を経由してこちらに連絡がかかってきているわけではないということは、学園側は何事もないのだろう。
――いや、相手が魔道具による通信を妨害している可能性もあるため、油断はできない。
ナタリアが学園にいるのは確かだろうが、魔道具の通信が妨害されており、学園で何かしらの危機が起きている可能性は否定できない。
やはりアインをすぐに倒してから――こいつをこの場に放置するのは危険すぎる。凶悪犯が脱獄したようなものだからだ――すぐに学園に向かうべきだろう。
「君が護衛として傍にいるうちは王女様を攫うことなんて不可能だろう? だから――まずは君の方を倒そうと思ってね」
俺は笑った。
「お前に俺が倒せるとでも?」
会話の応酬を繰り広げながらも体内で魔力を練り上げ、いつでも魔術を発動できるよう準備を整える。
「君が『牢獄世界』を去ってから一年。君とは違って、僕はあの地獄のような場所で戦い続けたんだ」
「それがどうした?」
「だから、腑抜けた今の君に負けるとは思わないってことだよ――ッ!」
アインが石畳を踏みしめると、大地が鳴動する。
それが戦闘開始の合図だった。
即座に『阻空』を発動し、周囲に防壁を展開する。
一拍遅れ、俺の周囲の地面が蠢き、石畳を突き破って鋭い棘が無数に生えた。
第四階梯の土属性魔術『土棘』。アインの十八番とも言うべき魔術だ。
追撃するかのように、術者のアインを中心とした地面一帯に次々と棘が展開されていく。俺は近くの建物の屋根の上に空間転移した。
「さて……どうするか」
アインを見据えつつも、並行して時空魔術を駆使し、この場から逃げ出していく人々を支援する。どうやらアインの方には一般人を巻き込むことを躊躇うつもりはないようだ。
……まあ、『牢獄世界』の人間にそんな倫理観を期待する方が間違っているか。
「『圧空』」
アインのいる地点に重圧を掛ける。アインは回避した。
だがそれは予想通りだ。俺は次々と『圧空』を展開し、アインの動きを徐々に誘導していく。
――今だ。
「termine mundi, aperire.――『空隙』」
空間破壊。膨大な衝撃波がアインのすぐ近くで発動する。
アインは横に飛んで直撃を回避をしようとして――周囲一帯に張り巡らされた圧力の力場によって足を取られて体勢を崩す。そこに衝撃波が直撃した。
咄嗟に身体を庇うために使用したアインの左腕がへし折れる。アインの身体は宙を舞った。
「ッ――lancea saxi!――『岩穿槍』!」
アインは衝撃波に吹き飛ばされながらも呪文を唱える。
上空に、尖塔を思わせるほど巨大な岩の槍が発生。岩槍は俺に直撃する軌道をとって高速で飛来する。
「gladius facis noctem secat.――『断空』」
それに対して、俺は空間切断の魔術『断空』で応じた。
轟――という音が響く。前方の空間がまるでナイフで切られたかのように裂け、アインの『岩穿槍』を含めたあらゆる物体が問答無用で両断される。
一拍遅れて、裂けた空間が修復されると、その余波で衝撃波を撒き散らす。
アインは空中で身体を捻り、なんとか空間切断の直撃こそ避けたものの、文字通りの余波である衝撃波に絡め取られ、ごろごろと地面を転がった。
すかさず、追撃として『空隙』を叩き込む。
「ぐっ、あああああ――ッ! defende!――『岩窟城砦』ッ!」
アインが左足で大地を踏みしめた。
土が盛り上がり、瞬く間に堅牢な岩の防壁が生成される。
遅れて詠唱が完了し、『空隙』が発動。膨大な衝撃波を周囲に撒き散らす。
不可視の爆撃。
衝撃は瞬く間にアインを囲む岩の盾を粉々に粉砕するも、しかしそれによって勢いは弱まり、アインにまでは届かない。
「ちっ、面倒な」
舌打ちを零す。
アインはその間に『岩窟城砦』を幾重にも展開、俺と奴の間に巨大な岩の壁が生成され、守りが固められる。
だが『空隙』が発動。発生した破壊の奔流が、幾重にも展開された『岩窟城砦』を次々と破壊していく。
しかし――その裏側に、アインの姿は存在しなかった。
代わりに存在しているのは、地面に広がる大穴だ。
なるほど……魔術で穴を掘って地面の下に退避したのか。
このまま地下に隠れ続けられたら少々厄介だ。
「目的は――時間稼ぎか?」
そうなると、やはり学園の方が心配だ。
早々に片を付けなければならないという結論に達する。
「gravitate mea procumbe.――『圧空』」
普段使っている短縮詠唱ではなく、詠唱を加えることによって威力と効果範囲を増した『圧空』が、周囲一帯の大地に対して重圧を展開する。
「ぐぅ……ッ」というくぐもった悲鳴が地面の底から聞こえた。
――やはり、地下に逃げ込んでいたか。
声の聞こえた位置から大体の場所を割り出し、その地点に対して即座に『圧空』を重ね掛けする。
空間を軋ませるほどの重圧。
たとえ地面の中に逃げ込もうと――無駄だ。
「さて、これで最後だ」
俺は再び『圧空』を発動させようと詠唱を開始する。
三度も『圧空』を重ね掛けすれば、アインは身動きすら取れなくなるだろう。
そうなったところを掘り出して捕縛する。
骨が折れていようと、内臓が潰れていようと、情報を聞きだせる程度に生きていれば問題はない。
「gravitate mea procumbe.――『圧、ッ!」
「terra, irae meae responde!――」
不味い――この詠唱は……!
俺は即座に『圧空』の魔術を中断し、『阻空』を発動。周囲を覆うように不可視の防壁を展開し――。
「――『阻空』!」
「『大地の赫怒』!」
瞬間。大地が――爆発した。
耳を劈く爆音。無数の礫や石畳が散弾となってこちらに殺到する。
第六階梯の土属性魔術――大地震を発生させる、『大地の赫怒』だ。
甚大な音と衝撃が撒き散らされる。
礫や石畳の破片が、『阻空』によって生み出された防壁に激突しては跳ね返り、地面に落ちていく。
地面を見下ろす。
『大地の赫怒』によって発生した大地の裂け目から、アインがよろよろと這い出てくる。全身は傷だらけで、服はボロボロ、すでに満身創痍の様子だ。
無理もない。
大地にいる状態で『大地の赫怒』――大地を振動させて地震を引き起こす魔術なんてものを使ったら、そうなるのは当然だ。
その左腕や右足はあらぬ方向にへし折れていて、受けたダメージが深刻なことを物語っている。
俺は警戒を保ったまま様子を見ていたが、アインの身体はふらふらと頼りなく揺れて――やがて、がくりと膝から倒れ伏した。
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