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第38話 行動の選択


「女将さん!!!!」


 マツオカは、手を突き出し、念じた。

 黒い何かの軌道は城壁から逸れ、猛烈な速度で上空に向かう。


「うぅぅおおお!!」


 突き出した両手を重ねて、さらに念じる。

 上空へ向かった黒いソレは急降下し、うぞうぞとした蜘蛛の大群へ落ちた。

 地面が爆ぜて広範囲に土が舞い、蜘蛛たちの動きが止まった。


「伯爵殿!! 命令を!!」


 S級冒険者、虎の獣人マラハタが叫ぶ。

 ハッと我に返ったように、サイベリアン伯爵の目に力が宿る。


広域魔術上昇具ワイデンマジックブースター飛行フライを強化せよ! 近接戦担当は城壁の下へ!!」


 城壁から飛行フライの魔術で大勢が降りていく。


「魔導砲部隊!! 前線に切れ目なく撃ち続けよ!! 魔空兵は砲撃の隙に裂炎魔石を落とせ!!」


 数十の魔導砲が火を噴き、数百の空挺が宙を飛んだ。

 轟音が響き、空気が煙り、呼号が交錯する。

 マツオカは城壁の上でうずくまった。

 ガンガンと血が脳を揺らす。

 かなり強く念動力を使った。だが今の自分なら、まだインターバルはない。

 

「この街は落とさせない!!」


 キッと顔を上げる。

 見上げた空、かすみのような実体のない蜘蛛が迫ってきていた。

 片手で頭を抱え、もう一方の腕をかざす。

 念動力を行使……しようとする前に、霞の蜘蛛はパン! と四散した。

 振り返ると、見知った中年女性がおたまを振り下ろしている。


「……女将さん?」


 女将さんが、白い歯を見せた。


「そうさ。この街は守る。みんなでね」


 隣には《友人の幸せ亭》の主人も立っている。


「おうよ! 主さまの留守は俺らが守んなきゃなぁ!!」


「行くかい? ロミオ」


「行くさ、ジュリエット」


 二人が城壁から飛び降りた。

 砲弾の爆撃をすり抜けて、おたまを、薪割り用のオノを振るって、蜘蛛の魔獣をなぎ倒していく。

 

 戦端は開かれた。

 激しい頭痛に苛まれながら、マツオカは戦場を見やる。

 止め処無く続く爆撃をすり抜けるように、蜘蛛の群れが城壁に迫る。

 それを兵士が、冒険者が、傭兵たちが討ち取っていく。

 三重の、四重の魔術が放たれ、数多のスキルを駆使する防衛隊の面々。

 特級の危険度を誇るであろう魔獣を危なげなく処理していく。

 

(強い! 強いじゃないか!)


 もちろん余裕があるわけではないが、即席の防衛隊にしては連携が取れている。

 マツオカが見るに、ゴールドランクの傭兵団、《太陽と月》の功績が大きい。

 一応マツオカは、調停機関【DDD】に所属していた過去がある。

 指揮の良し悪しは多少なりとも理解できるつもりだった。

 《太陽と月》の団長カラドアは武辺一辺倒の男だがカリスマ性が強く、副長のマランは戦術のエキスパートらしい。

 40代前半の人族である、百戦錬磨の二人がまとめるからこその一流傭兵団だ。

 都合よく編成される傭兵だけあって、慣れない集団との連携もお手の物らしい。


「マラハタ殿! タイラント・デス・スパイダーを!」


「まかせろぉ!!」


 マランの呼びかけに、虎の獣人であるマラハタが大振りのハルバードを構え、爆撃に耐えて迫ってきた魔獣を相手取る。

 《超級狩り》の剛撃に、巨大な蜘蛛はたたらを踏んだ。

 

「今だ! 放てぇ!!」


 複数の魔法陣から様々な魔術が飛び出す。

 集中砲火を浴びた暴君の死蜘蛛タイラント・デス・スパイダーは、八つ足で他の蜘蛛を潰しながら後退した。

 

攻撃力上昇オフェンスアップ広域ワイド


 《法光》ソウリマンの支援魔術が防衛隊の身体を包む。

 《技能者》ネスラが放つ必中の矢が、素早い魔獣を優先して沈めていく。

 僅かながら被害は出ているものの、徐々に魔獣群は数を減らしていた。


(さっきのアレは危なかったけど……なんとかなりそうだな)


 マツオカが見る限り、このまま魔獣討伐は収束するかと思われた。


「《太陽と月》が一番手柄を取るぞ!! 俺につ――」


 団長カラドアの号令が途切れた。

 ガシャっと倒れたその身体に、頭部は無い。


「カラド――」


 駆け寄る副団長マランの胴体が分かれる。

 英雄が二人死んだ。

 元凶はあの、邪悪の権化だ。

 いつの間にか接近していた邪悪な怪物は、人型の腕を振り回して防衛隊を蹂躙する。

 まるで幼子が駄々をこねるかように、両腕をしならせ戦士たちを紙きれの如く千切っていく。


「貫通矢!!」


 《技能者》が、目にも止まらぬ速さで矢を連射した。

 全てが命中するも邪悪な怪物は意に返した様子もなく、矢を放った主に腕を振り下ろす。

 《技能者》ネスラはすんでで身体を浮かせて避けるも、邪悪な怪物のもう一つの腕が迫る。

 器用に風魔術を駆使して空中を駆け、危機を脱するネスラ。

 しかし、怪物の上半身の口から黒い光が放たれると、避ける事かなわずに、AAA級冒険者《技能者》は蒸発した。

 黒い光はそのまま城壁を焼き、街の一画を消滅させる。

 空挺の幾つかも爆散し、欠片が戦場に降り注いだ。

 

「ぬおおお!! 攻撃力上昇オフェンスアップ! 攻撃力上昇オフェンスアップ 速度上昇スピードアップ! 速度上昇スピードアップ!」


「俺がやる!! 他は雑魚を抑えろぉ!!」


 《超級狩り》マラハタが、《法光》ソウリマンの支援魔術を一身に受けて怪物に向かう。

 再び放たれた黒い光を、マラハタは身体をよじらせて避けた。

 マツオカは気が付く。

 下半身の黒蜘蛛が大口を開けた。


(不味い!!)

 

 マツオカの念動力が、《超級狩り》の身体を上空に浮かす。

 黒い何かはそのまま城壁を砕いた。

 あれは糸か!

 ジュウジュウと周囲を溶かしているのを見るに、酸性が強いようだ。

 《皇都の壁》であるメサルテの城壁は、アダマンタイト鋼も使用されていると聞く。

 それを溶かすほどの強酸。

 恐ろしい怪物だ。このままでは勝てない。


「飛翔連斬!!」


 マラハタがハルバードを枯れ木のように振るい、飛ぶ斬撃を放つ。

 傷つきながらも微動だにしない怪物。

 女将さんとご主人が、蜘蛛の魔獣を弾き飛ばしているのが見える。

 でも、流石にあの怪物は荷が重いだろう。

 城壁の上から女性の怒号が上がる。

 

「眷属たちよ!!」


 エカテリーナだ。

 燕尾服を着た淑女の号令で、街の住人たちが城壁から飛び出した。

 掃除夫が、果実屋が、薬草屋が、料理店の店長が、三等地区の面々が蝙蝠のような翼をはばたかせて、上空を駆ける。

 蜘蛛たちが駆逐されていくが、邪悪な怪物がひとたび腕を振るうと数人が落下していく。

 マツオカが見知った者たちだ。


(せっかくやりたい事ができたんだけどな……)


 その様子を眺めながら、マツオカの頭は冷えていく。

 

(仕方ないか)


 マツオカは正義の味方ではない。

 地球で《DDD団》に勧誘されて災害の多くを防ぎはしたが、正義感からではなく、自分の命と、念動力という特技を無駄にしたくなかったからだ。

 どうせなら死ぬ前に、景気の良い事をしてやろう。

 ならば弱い者を標的にするよりも、巨大な何かを標的にパッと散ってやろうと思っての事だった。

 自分に余裕があればこそ、他人を思いやれるのだ。

 営業職時代に恩を仇で返された事は多々あったし、理不尽な罵倒を浴び、理不尽な悪意を向けられた事もあった。

 誰かの為に何かを進んでする? 馬鹿らしい。

 しかし……。


『やあユウゲンさん。お出かけかい?』


 掃除夫のおじいさん。


『ほら! これ食べな! サービスだから!』


 果実屋のおばさん。


『この間の素材で上質な回復薬ポーションが出来たと、薬師の方が絶賛していましたよ』


 薬草屋の店主。


『どうもユウゲン様。またお立ち寄りください』


 料理店の、魔人族の店長。

 それに、女将さんとご主人。


(あの人たちが死ぬのをただ見てるのは、ちょっと無理かな)


 マツオカは、人並みに人間なのだ。

 冷めた部分もあるが、好意を向けられた相手を見捨てるほど冷え切ってはいない。


 開いた両手を突き出し、念じる。


アレ・・を何とかするほど念動力を使ったら、多分死ぬ)


 深く、深く念じる。


(まあ、怖いけど、……いいか)


 マツオカが突き出した両手を掲げると、数百の大小様々な蜘蛛たちが宙に浮いた。


「な! 何事だ!」


 サイベリアン伯爵の叫びが聞こえる。

 マツオカは聞き流し、浮かせた魔獣たちを邪悪な怪物へ叩きつけた。

 二度、三度と同様に続ける。

 邪悪な怪物は、しならせた両腕を振り回してそれらを叩き落とした。

 マツオカはさらに、目いっぱい念じる。


「うん!!!!」


 念動力の衝撃に突き倒されて大地を削る、邪悪な怪物。

 身体を破裂させるつもりの渾身の一撃だった。

 しかし、邪悪な怪物は起き上がって再び城壁へ向かって来る。


「うわ……マジか……」


 地震を抑えた時と、同等のチカラだった。

 マツオカは念じる。


「ふん!!!!」


 台風を散らせた時と同等のチカラで、大気を動かして怪物の身体をねじる。

 ねじきれないと見ると、怪物を空へ放り上げた。


「いぃあ!!!!」


 噴火を止めた時と同等のチカラで、上空から叩きつける。

 死骸の山が宙を舞い、地面が大きく陥没した。


 怪物は、立ち上がる。


 頭の中の血管が、強く握りつぶされたような感覚が襲う。

 肺の中がかき混ぜられているようだ。

 へその奥が火であぶられているようだ。

 苦しい!


 懐から霊薬を取り出し、あおる。

 これだけ身体を酷使した後だと即座に回復とはいかないようだが、多少楽になった。

 気が付くと、戦場の者たちは固唾を飲んで、邪悪な怪物の異変を見守っている。


(よしよし、みんな手を出すなよー。巻き込まれて死んじゃうからねー)


 マツオカは、さらにさらに、さらに深く念じる。


(さっきまでので鍛えられた気がする。今度は仕留めてやるぞ)


 ここまで強く念じたことはない。

 次で血管が千切れるかもしれない。

 でも、《やらない》は選ばない。

 ふと思う。

 昔の友人たちは、元気だろうか?


 マツオカが念動力を行使しようとしたその時、邪悪な怪物が何かに突き倒された。

 再び粉塵が舞う。



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